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待ち人

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 案内されたのは、きつい消毒の匂いがする部屋だった。

 俺を含めた三人の男が横一列に、首に縄をかけられた状態で台座の上に立たされている。
 薄い覆面をかぶせられているから互いの顔は分からないようになっていが、隣にいる男の緊張した息遣いぐらいなら感じることができる。

 しばらくそのまま待機していると、鏡の向こうからかすかに人の気配が感じられた。
 おそらく向こうの部屋に『代行者』が入室したのだろう。
 俺たち三人の間に緊張が走る。その数秒後、隣の男の床が抜け落ちた。

 突然のことに驚きの声を上げることもなく、男は首が数秒で動かなくなった。
 鏡の向こうでは、執行者と呼ばれる人が引き金を引いているらしい。
 かつての死刑では、複数人がボタンを押すことで、極刑を下す罪悪感を弱めていたらしいのだが……
 今の時代はその逆で、ボタンを押すと三人のうちの誰かが死ぬようになっている。
 三分の一で死ぬ恐怖を、俺たちは何度も味わうことになる。
 悪意に満ちたシステムだと思うのだが、今の俺にはあらがうことすら許されていない。

 隣の奴が吊るされても、まだ油断はできない。
 三人で出て行った奴らが、一人も帰らなかったこともあるからだ。
 つまり執行者は、殺そうと思えば俺たち全員を殺すことだってできることになる。

 男が吊られてから三十分間、息をのむような緊張が続いた。
 俺も、もう一人の男も、祈るように待ち続けている。
 今日を生き延びれば、次に自分の番がくるまでは生き続けられる。
 何度も死の恐怖を味わうなら死んだほうがマシだ。と言って、その日に本当に死んだ仲間もいた。
 だが俺はそうは思わない。

 最近は、看守に頼んで買ってもらった本を読むのが毎日の楽しみになっている。
 読んだ本のレビューやまとめを紙に書き、それを看守に渡して、匿名でウェブに投稿してもらっている。
 検閲の結果弾かれることもあるが、それでも意を汲んで協力してくれた看守たちには感謝が絶えない。
 たまに投稿した結果を聞くこともあるのだが、どうやらおおむね好評とのことだ、ありがたいことに。
 他人から認められるというただそれだけのことで、これほどまでにうれしいとは。
 罪を犯す前の俺は知らなかった。
 もし知っていたのなら、俺はあんなことをしなかったし……できることならやり直したいと願っている。

 三十分が経過した。
 動かなくなった男が床に降ろされて、ロボットに瞳孔や脈拍を測られどこかに運ばれていく。
 今日は、何とか生き延びた。
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