かわいそうな看守は囚人を犯さなければならない。

紫藤なゆ

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(なんでか生きてるんだけど)

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 牢獄の小窓からわずかな西日が入る。
「今日も終わりかあ」
 つまらない。
 スクは口を尖らせ、格子に体重をかけてため息をついた。闇が押し寄せてしまえばもはや、カードの絵柄を読み取ることもできなくなる。
「……ようやく夕刻だ」
「ひどいなァ。負けてるからって」
「負けてはいない」
「負けてるよ。さっさと諦めて降りな」
「いいや、まだだ……」
 格子の向こう側、騎士姿を緩めもしないエメラードは、自分のカードを凝視している。希望がないでもない手札なのだろう。しかし思いきれるほど良くもない。
(バレバレなんだよねえ)
 この男、賭け事なんかしたことがないに違いない。
(当たり前か)
 生真面目な看守はあからさまに育ちがいい。
 戦場でスクを捕らえた剣技だって、その速さを除けば型通りのものだ。たぶん、スクが本調子であれば負けはしなかった。
(そんなこと言っても仕方ないけど)
 戦だ。競技ではない。
 計略にやられて自軍はボロボロ、行く先も逃げ場もないありさまの中、さっそうと現れた騎士団の先鋒がこの男だった。エメラード。輝かしい自らの名を叫び、飛び込んできた。
 悪くない景色だった。
 まあ、死ぬ前に見るものとしては。
(なんでか生きてるんだけど)
 そしてスクは敵の捕虜として安穏とカードに興じている。死にたいわけではないのでそれはいいことだ。どちらかというと、看守などやらされているこの男の方が不本意だろう。
「……コールだ」
「ああうん……」
 まあそうだろうな。
 レイズされたら降りる気だったが、これはもう確実にあのあたり。であれば負けはないはずだ。
 最後の場札が開かれたが、状況を崩すカードではない。
「レイズ」
 スクの宣言に、mエメラードは泣きそうな顔をした。
「……かわいいなあ」
「なんだと?」
「いかにも降りたそうな顔。かわいそうに、あんたの今日のおかずは全滅だ」
「……ばかなことを」
「降りる?」
「降り…………」
 葛藤だ。
 生真面目な男はまたひどく悩み始めた。もはやスクのことなど気にもせず、ただカードにだけ意識を向けている。ばかだ。
 敵を見ずにいったいどう勝つつもりなのだろう。
「ふ」
 おかしい。
 スクが笑っても気づかない。
 育ちのいい男というのは、こうも可愛いものなのだろうか。幼い頃から大人に揉まれ、戦場に出ていたスクからすれば、どうやって生きてこられたのか不思議だ。
 うきうきとした気分で格子から手を伸ばした。
「ン」
 届かない。
 そのふわふわした髪の先に、触れられそうで触れられない。
「コール」
「あ」
「……何をしている」
 看守の顔に戻ったエメラードが眉を寄せる。スクは肩をすくめ、カードを地面に落とした。エメラードはそちらを見もせず、奥へ行け、と手を振る。
 スクは肩をすくめて格子から離れた。
 距離をとってようやく、エメラードは床に落ちたカードを確認する。そしてため息をついた。



「悪いね、こっちは囚人だってのに」
「負けは負けだ」
 エメラードは育ちのいいやつなので、看守だからといって横暴はしない。
(いやまあ、できないんだろうけど)
 スクは虜囚であるが、王に丁重なもてなしを約束されている。なんだってこんなことになったのか、変なものだと思いはするが、王に忠誠を誓うエメラードは言いつけに逆らわない。
 ゆえに、虜囚らしからぬきちんとした食事が出される。
「その、卵のと、そっちの、肉」
「……」
 スクが指定した戦利品が、看守の皿から虜囚の皿に移動する。エメラードはなんともいえない顔をしている。
「野菜はいい。いらない」
「……子供か」
「あんたが食べなよ。お貴族様はそういうのが好きなんだろ」
「どこで聞いた話だ」
「噂だよ。違うの?」
 貴族の食卓にはわさわさと草が生えているらしい。そう聞いていたのだが、間違いだったのだろうか。スクは興味深く、格子越しにエメラードの顔を覗き込む。
「まあ……茶色い食卓では笑われるな」
「面白いのか?」
「いや。品がないからだ」
「へえ」
 よくわからない。
「肉ばかりでは醜い体になる」
「ふうん?」
 スクは肉ばかり食べるが、自分が醜い体だとは思っていない。騎士のように「立派な」体はしていないが、きちんと戦いのために使える体だ。
「おまえも、今はそうなる。ろくに動いてないだろう」
「まあ、そうだねえ」
 なにしろ牢の中は狭い。
 鍛錬といったら格子を掴んで体を持ち上げるくらいだ。そういうトレーニングは力はつくが、あまり戦場で役立つものでもない気がする。
(歩いてない、走ってない、運動してない……何もしてない。何も……あ)
 していないことはなかった。
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