かわいそうな看守は囚人を犯さなければならない。

紫藤なゆ

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「それの乱れる顔が見たいと言っているのだ!」

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「エメラード、右へずれよ。それの顔が見えぬ」
「は。……申し訳、ありませ……」
 青白い顔をしたエメラードは、スクの上から少しずれた。スクはその顔をじっと見上げている。
 色狂いの王の顔よりは、ずっと珍しいものに思えたからだ。
「これ、休んでいいとは言っておらんぞ」
 呆れたような王の声にエメラードがびくりと揺れた。スクにとってただの色狂いの王でも、エメラードにとっては敬愛する主らしい。
 従わなければという以上の熱意を感じる。
 と同時に、この行為への嫌悪が見えるのだ。スクの目の前にあるのはまさに葛藤だ。まさかこんなことで死にそうなほど悩む男がいるとは、スクの想像を超えている。
(育ちがよすぎるって大変だ)
「……っく」
 はたして彼の中にはどんな苦痛が詰まっているのだろう。
 あきらかに慣れない動きで内蔵をかき回されて、スクは単純に痛いし苦しい。しかしエメラードの方がひどい顔をしている。
 なかなかの喜劇だ。
「……もっと腰を動かせ、それ。……なんとも怠惰な男よ」
 王は安全な位置からもどかしそうに命じたが、諦めたようにため息をついた。スクからすればいかにも大げさで、エメラードに圧力をかける声だ。
 あるいは王もまた、この男の葛藤を楽しんでいるのかもしれない。王にも理解できないことだろう。
 王の名代として、たかだか虜囚を犯すくらい。
 十かそこらの子供でも、もっと上手くやる。少なくともスクの育ってきた中ではそうだった。
(どう育ったらこうなるんだろ)
 スクは男の苦悩を見上げている。
 エメラードは何も見たくないのか、目を伏せている。あるいは牢の床を見ているのかもしれない。そこには何もない。
「……こっち見ろよ」
 スクが思わずつぶやくと、驚愕した瞳が向けられた。すぐに逸らされる。スクはわざわざ首の角度を変えて、その視界に入った。
 さあ見ろ、よく見ろ。
 敵を見ずに何ができるのだ。
「ええい、つまらぬ。もっとよく見せよ。嘆きでも悦楽でもよい。それの乱れる顔が見たいと言っているのだ!」
 王が声を荒げて言う。がつんと音がして、何かを投げつけたのかもしれない。
 エメラードがびくりと震え、動揺したてのひらがスクの目を隠した。叱る理由を与えているようなものだ。それは。
「顔を見せよと言ったのだぞ、エメラード。余の声を聞いているのか?」
 しかしやはりその裏側に喜びを感じた。あきらかに王は、不慣れな男を叱りつけて楽しんでいるのだ。



 堅物にもほどがあろうと白けた声で言うと、王は牢を出ていった。残されたエメラードは相変わらずスクの上にいる。
「あんたさぁ」
 なんならばまだ彼のものが中にあるので、早く出ていって欲しい。
 が、それよりも、スクはエメラードをからかうことを優先させた。なんのことはない、スクにも王の気持ちがわかる。
 からかいたくなる男だ。
 どんないいお育ちをすれば、こんなものが、こんな世界に落とされるのだろう。
「もっと上手くできないの?」
 言うと苦悩の男の額に、また深いしわが刻まれた。
(あ、怒った)
 王でない相手には怒れるらしい。
「……黙れ」
 しかしすぐさまその怒りは散って、途方に暮れた顔をした。腰を引こうとして、止まる。あまりに窮屈なので動けないようだ。
「乾きすぎてるんだよ」
 スクはため息をつく。ただでさえ水気が少ない上、もたもたとしているからだ。さっさと動いて、出して、終わらせるべきだったのだ。
「次は油でも用意しておくんだね」
 そうすればぬるぬる滑るから、まあ、激しく犯しているように見えるだろう。べつに乾いていようと強引に動けばいいのだが、この男はそれをしないだろう。スクとしてもそれは助かる。尻穴を痛めると動けなくなる。
「…………なぜ」
 呻くようにエメラードが言った。
「うん?」
 スクは指を舐めながら問い返した。
 待っても状況はよくならないのだから、自分がなんとかするしかない。
「なぜ平気なんだ」
 聞かれて首を傾げた。
「なぜ平気じゃないんだ?」
 するとエメラードは顔をしかめ、石のように止まった。スクは濡らした指を足の間に持っていき、ぎちぎちになったそこをほぐしにかかる。
 実に間抜けで、それなりに辛い作業なのだが、エメラードが傷ついた顔をするので、スクはやはり愉快だった。あの王とは話が合うかもしれない。
 いじめたくなる顔だ。
(夢を食べて育ったのかなあ)
 どんな甘やかな、絵空事みたいな夢なのだろう。
「なんで平気じゃないの」
 もう一度聞くと、エメラードは首を振った。うずうずと悪い気持ちが湧いてきて、スクは笑う。
「あんたが犯されてるわけじゃないだろうに」
 不思議だ。
 勝手に傷ついている。こんなに傷つきやすくて、どうやって生きていくつもりなのだろう。
「……そうだ、おまえが、酷い目に遭っているんだ」
「ん、まあ、そうかな……」
 ねちねち、密着しすぎた粘膜を、少しずつ引き離す。これだけ理解し得ないだろう相手と、肌はまるでひとつのもののように重なっている。丁寧に、少しずつ、指で引き離さなければ破れてしまう。
「たとえ敗者だからと……」
 エメラードは声を低めて呟き、語尾は消えた。
「まあ、敗者だから、命があるだけ儲けものだよ」
「……命があることを恨むほどの屈辱も、世にはある」
「あるかもね」
「人は、動物ではない」
「そうだけどさ」
「誇りが、あるからこそ……生きられるのではないか……」
「誇りねえ」
 彼がそう言うのなら、彼にとってはそうなのだろう。スクにとっては、そんなもので腹は膨れない。
 正直なところ、王を楽しませていれば飯が食えるというのなら、それはそれで別にいいのだ。戦場に出ていたのはそれが一番スクの得意な、スクに向いた仕事であっただけである。
「それより押し込むのやめてくれないかな。どっちかっていうと、引っこ抜いて」
「は」
「あ、それとも、続きがしたい?」
「ばかな……っ!」
「ぃっ……てぇ」
 急に思い切り引き抜かれて粘膜が悲鳴をあげた。熱に近い痛み。瞬間的な鋭さが過ぎると、ずきずき重く変わった。
「…………すまない」
 顔をしかめながらエメラードが言う。
 たぶんそっちも痛いのだろう。しかし情けなく股間を押さえるような真似はせず、さっと服を整え、背を伸ばしているのが笑えた。
 いったい、この場に保つべき体裁があるのか?
 スクにはないから、尻を撫でながら丸まった。
「あー……ヒリヒリする」
「すまなかった。何か……薬を……頼んでおく……」
 エメラードはふらふらと立ち上がり、それでもスクに背を見せずに下がって牢から出た。
 そのさまは怯えているようにも見える。
 あべこべである。
(や、そもそもの話……おかしいよな)
 エメラードが文句を言わないのが不思議だ。
 勝者であるはずのエメラードは、スクの牢番をずっとやっている。いっそ働いているだけエメラードの方が大変そうだ。勝者の仕事ではない。
 なぜおとなしく王の言うことを聞いているのか不思議だ。
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