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「陛下はこの国の至宝だ」
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「あの王様に恩でもあんの?」
カードを手の中で弄びながら聞いた。今日はエメラードの調子がよく、まず間違いなく彼の勝ちである。
ブラフをかける気にもならないような手札だった。どうしようもない。あまりにつまらない手札が続くので、降りるのさえ退屈だ。エメラードの手札を一応探り、参加費を払って降り、そんなことが続いている。
こうなったらしょうがない、勝負は捨てて調子のいい男から話を聞き出してやろう。
「……恩などという問題ではない」
「はあ」
「陛下はこの国の至宝だ」
「ふうん。まあ、そうかもね」
後宮に戦利品を溢れさせている色狂いの王だが、戦上手で知られている。実際、スクのいた軍もその知略に負けたのだ。
あの王がすべてを考えているとは思わないが、少なくとも彼にその知恵を授けるものがいて、それを採用する頭があるのだ。
戦に勝てる王だ。
この国を富ませているのは間違いなく王であり、である限り、国民にとって優秀な王なのだ。
「けど、あんたは正しく評価されてないだろ」
エメラードの剣技は育ちがよすぎるが、それでも強い。そもそも前線に出ていく貴族などそうはいないだろう。しかし貴族が戦う姿勢を見せねば、その存在に価値はない。
必要な存在であるはずだ。
牢番にさせておくのはもったいない。
「……仕方あるまい。陛下がおまえをお召しになりたいと仰せになったのだ……」
「別にあんたがいなくても、三人くらい雇っておけばいい気がするけど」
スクが女であれば後宮に押し込まれて終わりだ。しかし捕らえた敵兵を愛でようとするのなら、牢は必要だろう。そこまではわかる。
その牢番がエメラードである必要はない。
確かにエメラードはスクを捕らえた。しかし戦で強いのと、牢番として優秀なのが同義だとは思えない。
戦で使える男を、ただの牢番にしておく。
実に馬鹿馬鹿しいことだ。
(楽しいんだろうなあ)
たとえスクが脱走したとしても、あの王まで刃が届く可能性はほぼ皆無だ。王は遊んでいるのだ。
「いや、私にお任せになったのだ」
「あんたと俺の違いって何だと思う?」
「……」
「同じだけの時間を浪費して、同じ場所にいる。あんたはもらった給料を使う暇もない」
「……それが仕事だ。陛下の御為に」
それからエメラードはスクを厳しい目で見た。
「何を言われようと、私の忠義が揺らぐことはない」
「ふうん」
別にいいんだけど。
エメラードを説得したところで、育ちのいい男が脱出の手助けになるかは怪しい。スクだってただの雑兵であって、暗殺者でも諜報員でもないのだ。
脱走なんて無謀をしなくても、少なくとも明日の飯は保証されている。
(あの王の気まぐれ次第だろうけどな)
さて、前向きに生きる方法を模索しよう。
「とりあえずさ、もうちょっと上手にならない?」
「騙されんぞ。今日は私の勝ちだろう」
「いや、セックス」
「……」
エメラードは何も言わず、うんざりした顔でカードを置いた。
「正義の女神がふうっと悪人どもに息を吹きかけると、彼らは燃え上がり、夜通し炎とともに踊り続けた」
「どんだけ脂肪の塊だったの」
「……しかしその炎によって民は凍死を免れたので、アニ山の頂上には教会が建てられ、人々は女神と、始まりの悪鬼へ感謝を示したのだった」
「なんともいえないけど、正義の女神の融通がきかなすぎるよね」
「……次も読むのか」
エメラードは呆れた顔をし、指先でページをとんとんと叩く。
「まあ、暇なら」
「文句ばかりではないか」
「そもそも、なんでこの本?」
スクが頼んだわけではない。退屈だろうと、エメラードが持ち込んだ本だ。
ちなみに最初はそのまま差し入れられたが、スクは目の前でその本を破り、紙を固めて牢の鍵を開けた。本当に開くとは思わなかった。お粗末すぎる。
もしかするとあの王は、スクが脱走し、エメラードを罰することを楽しみにしているのかもしれない。
「子供に道徳を教える本だ」
「……へー」
子供と思われているとは知らなかった。
成長期に栄養不足であったスクは、たしかに今も小柄だ。お仲間の中ではそこまで目立ちはしなかったが、育ちのいいエメラードと比べられては、それは小さい。
「俺はあんたにセックスを教えたいけどね」
「……次はマナーの本にしよう」
「牢の中で?」
「会話もマナーだ。品よい言葉を使いなさい」
「セックスは何ていうの?」
「……口に出してはいけないものだ」
「なんかすごいな。呪いみたいだ」
スクはひとしきり感心したあとで、格子からぶらんと腕を出し、もたれかかった。机で本を開いているエメラードに、近づきそうで近づけない。
(マナーねえ……)
言葉を封じられては、すっかり何もできない立場だ。
「ん? あ、そうか」
言葉の他にもあった。
「……なんだ」
「コレだ、コレ」
スクは握った手に指を挿し込む仕草をしてみせた。エメラードが顔をしかめて立ち上がり、ぺちんとスクの手を叩く。
「やめなさい。……ああ」
それからどうやら後悔している。
彼は囚人には触れないようにしているのだ。こちらは猛獣みたいなもので、何をするかわからない。
スクは笑って、もう一度やってみせた。
「ねえ、これ」
「やめなさいと言っている。人には品性が……必要だ……獣ではないのだから」
「そうかな」
「そうだ」
この男、品性を持って人と殺し合っていたらしい。そういえば「我が名はエメラード」などと名乗りながら現れたのだった。
なるほど。
が、スクが言いたいのはとにかく。
「でもあんたには、上手なコレの指南書が必要だよ」
カードを手の中で弄びながら聞いた。今日はエメラードの調子がよく、まず間違いなく彼の勝ちである。
ブラフをかける気にもならないような手札だった。どうしようもない。あまりにつまらない手札が続くので、降りるのさえ退屈だ。エメラードの手札を一応探り、参加費を払って降り、そんなことが続いている。
こうなったらしょうがない、勝負は捨てて調子のいい男から話を聞き出してやろう。
「……恩などという問題ではない」
「はあ」
「陛下はこの国の至宝だ」
「ふうん。まあ、そうかもね」
後宮に戦利品を溢れさせている色狂いの王だが、戦上手で知られている。実際、スクのいた軍もその知略に負けたのだ。
あの王がすべてを考えているとは思わないが、少なくとも彼にその知恵を授けるものがいて、それを採用する頭があるのだ。
戦に勝てる王だ。
この国を富ませているのは間違いなく王であり、である限り、国民にとって優秀な王なのだ。
「けど、あんたは正しく評価されてないだろ」
エメラードの剣技は育ちがよすぎるが、それでも強い。そもそも前線に出ていく貴族などそうはいないだろう。しかし貴族が戦う姿勢を見せねば、その存在に価値はない。
必要な存在であるはずだ。
牢番にさせておくのはもったいない。
「……仕方あるまい。陛下がおまえをお召しになりたいと仰せになったのだ……」
「別にあんたがいなくても、三人くらい雇っておけばいい気がするけど」
スクが女であれば後宮に押し込まれて終わりだ。しかし捕らえた敵兵を愛でようとするのなら、牢は必要だろう。そこまではわかる。
その牢番がエメラードである必要はない。
確かにエメラードはスクを捕らえた。しかし戦で強いのと、牢番として優秀なのが同義だとは思えない。
戦で使える男を、ただの牢番にしておく。
実に馬鹿馬鹿しいことだ。
(楽しいんだろうなあ)
たとえスクが脱走したとしても、あの王まで刃が届く可能性はほぼ皆無だ。王は遊んでいるのだ。
「いや、私にお任せになったのだ」
「あんたと俺の違いって何だと思う?」
「……」
「同じだけの時間を浪費して、同じ場所にいる。あんたはもらった給料を使う暇もない」
「……それが仕事だ。陛下の御為に」
それからエメラードはスクを厳しい目で見た。
「何を言われようと、私の忠義が揺らぐことはない」
「ふうん」
別にいいんだけど。
エメラードを説得したところで、育ちのいい男が脱出の手助けになるかは怪しい。スクだってただの雑兵であって、暗殺者でも諜報員でもないのだ。
脱走なんて無謀をしなくても、少なくとも明日の飯は保証されている。
(あの王の気まぐれ次第だろうけどな)
さて、前向きに生きる方法を模索しよう。
「とりあえずさ、もうちょっと上手にならない?」
「騙されんぞ。今日は私の勝ちだろう」
「いや、セックス」
「……」
エメラードは何も言わず、うんざりした顔でカードを置いた。
「正義の女神がふうっと悪人どもに息を吹きかけると、彼らは燃え上がり、夜通し炎とともに踊り続けた」
「どんだけ脂肪の塊だったの」
「……しかしその炎によって民は凍死を免れたので、アニ山の頂上には教会が建てられ、人々は女神と、始まりの悪鬼へ感謝を示したのだった」
「なんともいえないけど、正義の女神の融通がきかなすぎるよね」
「……次も読むのか」
エメラードは呆れた顔をし、指先でページをとんとんと叩く。
「まあ、暇なら」
「文句ばかりではないか」
「そもそも、なんでこの本?」
スクが頼んだわけではない。退屈だろうと、エメラードが持ち込んだ本だ。
ちなみに最初はそのまま差し入れられたが、スクは目の前でその本を破り、紙を固めて牢の鍵を開けた。本当に開くとは思わなかった。お粗末すぎる。
もしかするとあの王は、スクが脱走し、エメラードを罰することを楽しみにしているのかもしれない。
「子供に道徳を教える本だ」
「……へー」
子供と思われているとは知らなかった。
成長期に栄養不足であったスクは、たしかに今も小柄だ。お仲間の中ではそこまで目立ちはしなかったが、育ちのいいエメラードと比べられては、それは小さい。
「俺はあんたにセックスを教えたいけどね」
「……次はマナーの本にしよう」
「牢の中で?」
「会話もマナーだ。品よい言葉を使いなさい」
「セックスは何ていうの?」
「……口に出してはいけないものだ」
「なんかすごいな。呪いみたいだ」
スクはひとしきり感心したあとで、格子からぶらんと腕を出し、もたれかかった。机で本を開いているエメラードに、近づきそうで近づけない。
(マナーねえ……)
言葉を封じられては、すっかり何もできない立場だ。
「ん? あ、そうか」
言葉の他にもあった。
「……なんだ」
「コレだ、コレ」
スクは握った手に指を挿し込む仕草をしてみせた。エメラードが顔をしかめて立ち上がり、ぺちんとスクの手を叩く。
「やめなさい。……ああ」
それからどうやら後悔している。
彼は囚人には触れないようにしているのだ。こちらは猛獣みたいなもので、何をするかわからない。
スクは笑って、もう一度やってみせた。
「ねえ、これ」
「やめなさいと言っている。人には品性が……必要だ……獣ではないのだから」
「そうかな」
「そうだ」
この男、品性を持って人と殺し合っていたらしい。そういえば「我が名はエメラード」などと名乗りながら現れたのだった。
なるほど。
が、スクが言いたいのはとにかく。
「でもあんたには、上手なコレの指南書が必要だよ」
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