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接触に飢えすぎている。
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(いよいよ変な状況だ)
ううむ、とスクは毛布にくるまって考えている。「最近いい顔をするようになった」といういかにも色狂いらしい褒め言葉とともに、王がくれたのだ。クッションより更に肌触りのいい毛布だ。
何より被れば自分だけの空間ができる。
囚人にとっては実に贅沢な代物なのだ。
(で、考えてるのがこれ、と)
牢の中は孤独で、そして孤独になれない。見張られていながら誰も共にいてくれない。そんな状況であるから、こんなことになるのだ。
一人でいたい。
同時に、誰かと触れ合いたい。
(いや充分触れ合ってる方だよ。囚人らしからぬ馴れ合いっぷりだよ)
とはいえエメラードは看守としての節度を守り、普段はスクに触れることはない。毎日毎日顔を合わせて下らない話をしてつまらないゲームをするというのに、触れることはないのだ。
だからだろう。
セックス自体は別に嬉しくもなんともないのだが、触れられると気持ちがよかった。妙に胸が満たされた。
「うぐぅ」
「……どうかしたのか?」
「なんでもない」
エメラードの言葉に即座に返した。毛布をかぶったままなので、くぐもった声になっていただろう。
「ならいいが。……調子が悪いなら言うように」
「言う」
言ってどうなるかはわからないが、心配くらいはしてくれるだろう。なんといってもエメラードだ。
そう思える妙な信頼がある。とてつもなく育ちのいい、どうしようもない男なのだった。
「夜は、眠れているのか?」
言わなくても心配してきた。さすがだ。
「……そりゃあ、夜は寝てるよ。他にやることがない」
「そうか」
「あんたは」
まあ寝ているのだろうと思いながら聞いた。
帰って寝る以外に何ができるのかという、遅くまで彼は務めている。だからこそ看守のくせに囚人と同じ境遇だと思えるのだ。ひどい労働である。
「きちんと睡眠はとっている。寝付きはいい方だ」
「それは……意外」
「そうか?」
「なんかぐじぐじ悩んで眠れなくなってそう」
エメラードが苦笑した気配があった。
「私はそんなふうに見えているか」
「見えてる」
どう考えても見えている。たかだか命令で男を犯すのに苦悩するような、そんなどうしようもない男だと思っている。
「……考えても仕方がないことは、考えないようにしている」
「それがいいよ。……とてもできてるようには見えないけど」
「できているぞ、わりと」
「うっそ」
「嘘ではない。先の戦の前日も、ぐっすり寝ている」
「えぇ……」
それは意外も意外である。自分の見る目が不安になり、スクは毛布から顔を上げた。エメラードはいつも通りの真面目な顔をしていて、これは嘘ではなさそうだ。
(というか)
お育ちのいいお姿をしていらっしゃる。
スクは今更ながらに気づいた。今まで情けないところばかり見ていたので、気づかなかったのだ。
(まあ、くたびれてるけど)
それでも庶民とは違うのだ、庶民とは。
(髪が細い)
などというところを見ていると、エメラードが首を傾げた。
「なんだ。やはり調子が悪いのか」
「毎日、髪洗ってるの?」
「は? さすがにそこまで暇ではない」
「あ、そうなんだ。きれいなのに」
きっとさらさらしている。
スクの髪に触れるより、自分の髪に触れるた方がきっと気持ちいいだろう。スクはなんとなく、己の毛布を揉む揉むした。どんな感じだろうか。
(うーん、だめだ)
接触に飢えすぎている。
捕らえられるまで雑多な戦場にいたので、触れ合いなど鬱陶しいものだった。狭苦しいなかで嫌でも触れ合うし、清潔さも、倫理観もない。肩を叩き合うことは「我々は派閥だ」というサインであり、まともに戦場で死ぬためには必要なことであった。
(まだ生きてるけど)
そこからいきなり一人になったので、それは寂しい。
うん、不思議はない。
「君の……ちがう、おまえの方があまり汚れていない」
「そんなことはないだろうけど。まあ、戦場よりは清潔だね」
呼び方の努力については追求しないことにした。君とか呼ばれても、スクだって少々気持ちが悪い。エメラードはもう少し看守らしくなっていい。
「今より……?」
「そうだよ。毎日、きれいな布で体を拭くとかできない。……あれすごい贅沢。助かる」
「そう、であれば、いいが」
濡れた布を持ってきてくれるのはエメラードだ。どこまで彼の考えなのか、仕事を任されただけなのかわからないが、助かっているものは助かっている。
意地の悪い看守なら、そんな温情は与えてくれないだろう。
「でも匂うんじゃない?」
体は毎日拭いている。スク史上ではそこそこ清潔だ。
しかしエメラードはいいところの子であるから、臭く感じていてもおかしくない。
「いや、むしろ……」
「むしろ?」
「……悪くない匂いがする。土の」
「土かあ」
笑った。なるほど。お貴族様に比べれば、それは土臭い庶民である。
「戦では土をかぶったよ。結構便利で、隠れやすくなるし少しは防御になる。タダだし」
「動きづらいのではないか」
「鎧よりは楽なはずだよ。重いんじゃない、あれ?」
するとエメラードは眉をよせ、しばらく考えてから「重い」と言った。
「あっはは、やっぱり」
「だが、大事なことだ。敵を威圧せねばならない。陛下の騎士がみっともない格好で戦に出るなど、あってはならない」
「ふうん」
なかなか面倒なことだ。
と、エメロードが笑った。
「それに、防御にはなる」
「なるだろうねえ」
ただし動きは鈍くなる。戦場に現れる騎士は馬上にあることだけが問題なので、まずは馬を狙う。
馬から落とせば、ただのでくの坊だ。高貴な方々に恨みがある者も多いので、たいていはめったうちにされている。
(味方にやられてたこともあったなあ)
あれは笑った。
笑い事でもないからこそ、大いに笑った。戦場などそういうものだ。
「戦に出るまでに体力奪われてない、あれ?」
「いや、そこまで体力のないものは……まあ稀に、いるが」
「いるんだ」
「そのための鎧とも言えるだろう。着ているうちにそれなりに体力がつく」
「ふっ、それはすごいね」
「ああ、すごい効果だろう」
そのようにエメロードは鎧を賛美して、ふと、目を細めた。
「それにおまえの初撃を防いだのは、あれのおかげだろう」
「……いや、あれはあんたの反応だ」
スクは苦笑した。
根本的には、スクは疲労困憊していた。鎧の隙間を狙ったいつもの攻撃に、速さが足りなかったのだろう。エメラードは見事に避けてみせた。
狙いをはずした刃が、鎧に跳ね返されたのだ。
「それにあんたは冷静だった」
「ああ」
「……そうだ、冷静だった。うん、確かによく寝てる感じがした」
「そうだろう。……緊張していなかったわけではないが、戦で武勲をあげられるというのは、私には幸いなことだった」
戦の前に眠れる男には二種類ある。
自分が生き残ると信じる楽天的な男か、あるいは。
(死ぬ気だった?)
それとも死んでも構わないと思ったのだろうか。
「じゃあ、生き残れて、よかったね」
スクはそう言って、彼の反応を伺った。エメラードはわずかに視線を落としてから「そうだな」と笑う。
「いいことだった」
「……あんまり嬉しそうじゃないね」
「さほどの武勲はあげられなかった。我が家の不祥事をなかったことにできるほどは」
「なかったことにはしてくれないよ、どうせ」
「……」
「あの王様、あんたが出世すればするほど、昔の話を持ち出してくるんじゃないかなあ?」
邪推であるが、外れていないだろうと思う。素直に喜んでエメラードを讃える、そんなさまが想像できないのだ。
エメラードはわずかに笑った。
わかっているとでも言いたげな顔だ。
「陛下はそのような方ではない」
だが、聞かされたのはそんな言葉である。
ううむ、とスクは毛布にくるまって考えている。「最近いい顔をするようになった」といういかにも色狂いらしい褒め言葉とともに、王がくれたのだ。クッションより更に肌触りのいい毛布だ。
何より被れば自分だけの空間ができる。
囚人にとっては実に贅沢な代物なのだ。
(で、考えてるのがこれ、と)
牢の中は孤独で、そして孤独になれない。見張られていながら誰も共にいてくれない。そんな状況であるから、こんなことになるのだ。
一人でいたい。
同時に、誰かと触れ合いたい。
(いや充分触れ合ってる方だよ。囚人らしからぬ馴れ合いっぷりだよ)
とはいえエメラードは看守としての節度を守り、普段はスクに触れることはない。毎日毎日顔を合わせて下らない話をしてつまらないゲームをするというのに、触れることはないのだ。
だからだろう。
セックス自体は別に嬉しくもなんともないのだが、触れられると気持ちがよかった。妙に胸が満たされた。
「うぐぅ」
「……どうかしたのか?」
「なんでもない」
エメラードの言葉に即座に返した。毛布をかぶったままなので、くぐもった声になっていただろう。
「ならいいが。……調子が悪いなら言うように」
「言う」
言ってどうなるかはわからないが、心配くらいはしてくれるだろう。なんといってもエメラードだ。
そう思える妙な信頼がある。とてつもなく育ちのいい、どうしようもない男なのだった。
「夜は、眠れているのか?」
言わなくても心配してきた。さすがだ。
「……そりゃあ、夜は寝てるよ。他にやることがない」
「そうか」
「あんたは」
まあ寝ているのだろうと思いながら聞いた。
帰って寝る以外に何ができるのかという、遅くまで彼は務めている。だからこそ看守のくせに囚人と同じ境遇だと思えるのだ。ひどい労働である。
「きちんと睡眠はとっている。寝付きはいい方だ」
「それは……意外」
「そうか?」
「なんかぐじぐじ悩んで眠れなくなってそう」
エメラードが苦笑した気配があった。
「私はそんなふうに見えているか」
「見えてる」
どう考えても見えている。たかだか命令で男を犯すのに苦悩するような、そんなどうしようもない男だと思っている。
「……考えても仕方がないことは、考えないようにしている」
「それがいいよ。……とてもできてるようには見えないけど」
「できているぞ、わりと」
「うっそ」
「嘘ではない。先の戦の前日も、ぐっすり寝ている」
「えぇ……」
それは意外も意外である。自分の見る目が不安になり、スクは毛布から顔を上げた。エメラードはいつも通りの真面目な顔をしていて、これは嘘ではなさそうだ。
(というか)
お育ちのいいお姿をしていらっしゃる。
スクは今更ながらに気づいた。今まで情けないところばかり見ていたので、気づかなかったのだ。
(まあ、くたびれてるけど)
それでも庶民とは違うのだ、庶民とは。
(髪が細い)
などというところを見ていると、エメラードが首を傾げた。
「なんだ。やはり調子が悪いのか」
「毎日、髪洗ってるの?」
「は? さすがにそこまで暇ではない」
「あ、そうなんだ。きれいなのに」
きっとさらさらしている。
スクの髪に触れるより、自分の髪に触れるた方がきっと気持ちいいだろう。スクはなんとなく、己の毛布を揉む揉むした。どんな感じだろうか。
(うーん、だめだ)
接触に飢えすぎている。
捕らえられるまで雑多な戦場にいたので、触れ合いなど鬱陶しいものだった。狭苦しいなかで嫌でも触れ合うし、清潔さも、倫理観もない。肩を叩き合うことは「我々は派閥だ」というサインであり、まともに戦場で死ぬためには必要なことであった。
(まだ生きてるけど)
そこからいきなり一人になったので、それは寂しい。
うん、不思議はない。
「君の……ちがう、おまえの方があまり汚れていない」
「そんなことはないだろうけど。まあ、戦場よりは清潔だね」
呼び方の努力については追求しないことにした。君とか呼ばれても、スクだって少々気持ちが悪い。エメラードはもう少し看守らしくなっていい。
「今より……?」
「そうだよ。毎日、きれいな布で体を拭くとかできない。……あれすごい贅沢。助かる」
「そう、であれば、いいが」
濡れた布を持ってきてくれるのはエメラードだ。どこまで彼の考えなのか、仕事を任されただけなのかわからないが、助かっているものは助かっている。
意地の悪い看守なら、そんな温情は与えてくれないだろう。
「でも匂うんじゃない?」
体は毎日拭いている。スク史上ではそこそこ清潔だ。
しかしエメラードはいいところの子であるから、臭く感じていてもおかしくない。
「いや、むしろ……」
「むしろ?」
「……悪くない匂いがする。土の」
「土かあ」
笑った。なるほど。お貴族様に比べれば、それは土臭い庶民である。
「戦では土をかぶったよ。結構便利で、隠れやすくなるし少しは防御になる。タダだし」
「動きづらいのではないか」
「鎧よりは楽なはずだよ。重いんじゃない、あれ?」
するとエメラードは眉をよせ、しばらく考えてから「重い」と言った。
「あっはは、やっぱり」
「だが、大事なことだ。敵を威圧せねばならない。陛下の騎士がみっともない格好で戦に出るなど、あってはならない」
「ふうん」
なかなか面倒なことだ。
と、エメロードが笑った。
「それに、防御にはなる」
「なるだろうねえ」
ただし動きは鈍くなる。戦場に現れる騎士は馬上にあることだけが問題なので、まずは馬を狙う。
馬から落とせば、ただのでくの坊だ。高貴な方々に恨みがある者も多いので、たいていはめったうちにされている。
(味方にやられてたこともあったなあ)
あれは笑った。
笑い事でもないからこそ、大いに笑った。戦場などそういうものだ。
「戦に出るまでに体力奪われてない、あれ?」
「いや、そこまで体力のないものは……まあ稀に、いるが」
「いるんだ」
「そのための鎧とも言えるだろう。着ているうちにそれなりに体力がつく」
「ふっ、それはすごいね」
「ああ、すごい効果だろう」
そのようにエメロードは鎧を賛美して、ふと、目を細めた。
「それにおまえの初撃を防いだのは、あれのおかげだろう」
「……いや、あれはあんたの反応だ」
スクは苦笑した。
根本的には、スクは疲労困憊していた。鎧の隙間を狙ったいつもの攻撃に、速さが足りなかったのだろう。エメラードは見事に避けてみせた。
狙いをはずした刃が、鎧に跳ね返されたのだ。
「それにあんたは冷静だった」
「ああ」
「……そうだ、冷静だった。うん、確かによく寝てる感じがした」
「そうだろう。……緊張していなかったわけではないが、戦で武勲をあげられるというのは、私には幸いなことだった」
戦の前に眠れる男には二種類ある。
自分が生き残ると信じる楽天的な男か、あるいは。
(死ぬ気だった?)
それとも死んでも構わないと思ったのだろうか。
「じゃあ、生き残れて、よかったね」
スクはそう言って、彼の反応を伺った。エメラードはわずかに視線を落としてから「そうだな」と笑う。
「いいことだった」
「……あんまり嬉しそうじゃないね」
「さほどの武勲はあげられなかった。我が家の不祥事をなかったことにできるほどは」
「なかったことにはしてくれないよ、どうせ」
「……」
「あの王様、あんたが出世すればするほど、昔の話を持ち出してくるんじゃないかなあ?」
邪推であるが、外れていないだろうと思う。素直に喜んでエメラードを讃える、そんなさまが想像できないのだ。
エメラードはわずかに笑った。
わかっているとでも言いたげな顔だ。
「陛下はそのような方ではない」
だが、聞かされたのはそんな言葉である。
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