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「移動……?」

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「移動……?」
「ああ、どことは言えないが、環境は良くなると思う。王はおまえを……いや、君……あなた、か……?」
「いや俺はなんでもいいけどさ。ふうん?」
 気に入られるようなことをした覚えはないが、かといって機嫌を損ねることもした覚えはない。牢に汚らしくおいておくよりは、一応の体裁を整えることにしたのかもしれない。
「どのような扱いになるかは聞いていないが、今よりはましだろう」
「……そうかなあ」
 残念ながら今の暮らしは最上級の囚人のものである。これより下の暮らしなどいくらでもあるのだ。
「ああ。少なくともベッドと絨毯があると」
「へえ」
「そう聞いている。シーツは赤がいいとおっしゃった」
「うわあ……」
「……」
 スクが素直に嫌な顔をすると、エメラードは半笑いで視線を上げた。彼も王の趣味を全肯定しているわけではないようだ。
「……うん、贅沢はだめだよね」
 寝床があるだけでとんでもなく贅沢なことだ。その色がダイナミックな色をしていても、気にすることではない。
「うむ……」
「ああでも、移動したら……そっか」
 住処が牢でなくなるのならば、この看守ともお別れだろうか。あの王のことなのでまた何かしてくる気もするが、今ほどべったりということはないのかもしれない。
「まあ、いいことだよね」
 エメラードはもっと別の仕事をするべきだ。
(なんだけど)
 はあ、とスクは息を吐いた。
「ちょっとさみしいな」
「……ここがそんなに気に入っていたのか?」
 信じがたいという目を向けられた。
「そんなわけないだろ。そうじゃなくて、あんたと毎日顔を合わせるのも終わりかと思うと……」



 終わりにはならなかった。
「ナニコレ」
「牢だ」
「……こんな立派な牢、あるんだ」
「というより、陛下が格子をつけさせたようだ。君のために」
「それは……感動的だね……」
 高い位置にある窓から見える空は、以前よりも近い気がする。高度は上がっているのだろう。そして牢とは言い難い、そう広くはないがきちんとした部屋だ。
 ただ格子があり、その向こうに牢番用の机と椅子がある。
「待って。……それ、前と同じやつ……?」
「ああ。同じものを使うようにと」
「なんで」
 するとエメラードは困ったように、わずかに首を傾げて苦笑した。
「陛下のお考えはわからないが、君は黒い悪魔と恐れられた敵だった。やはり扉を守る兵だけでは危険ということではないか」
「そうじゃなくて。俺の扱いをよくするなら、あんたの扱いもよくすればいいのに」
「それは違う話だろう。私は陛下の騎士にすぎない。……君は牢とはいえ、こうして、きちんと城に部屋を賜ったのだ。私より上位であると言えなくもないだろう」
「いや、もう……なんか……めんどくさいんだね」
「権力というのはそういうものだ。こちらのことはあまり気にしないでくれ」
「うん? うーん……まあ……またあんたといられるなら、それは嬉しいよ。あんたみたいなできた看守はそういないだろうから、暮らしやすい」
 そうだろうか。
 自分で言って少し違うような気もした。いや、違わない。エメラードのような看守がそうそういてたまるものか。
 変な男だ。
 おかしなくらいに優しい。
 こちら側はすっかりと変わった。スクは趣味の悪いベッドに腰を降ろし、息をついた。ふかふかだ。長い牢暮らしで疲れた体が沈み込む。
 エメラードは硬い椅子に腰掛けたままだ。
(やっぱりどうかと思う)
 自分なら、やっていられるかという気分だ。
「……ほんとに趣味が悪い」
 あの色ボケ王を思い出しながらつぶやくと、エメラードが苦笑した。
「その、なんだ、思ったよりは地味な色だと思う。そこまで派手ではない。ように思う」
「地味に見えるのは暗いからだよ」
 部屋は整っているが、ここも牢獄には違いない。高い、小さな窓がひとつしかないので、陽が入ってこないのだ。
 白い壁が頑張っているが、それでも明るさが足りない。
「……つまり、この部屋に合った色だ。陛下の趣味を疑うことはなかった」
「はあ」
 エメラードがそう言うのなら否定はするまい。スクは赤いベッドの上に転がり、天井を見上げた。高い天井だ。
 掴まるところのない壁、出られるかもわからない高い窓。
「ここって、元は誰かいたの?」
 スクのために格子をつけたと言ったが、そうでなくても幽閉用の部屋に思える。
「元は……いや……なに……」
「え、何、言いかけたら言いなよ」
 するとエメラードは眉を下げて困った顔をした。
「言うのは構わないが、ただの噂だ。夜眠れなくなるかもしれない」
「……血みどろの?」
 エメラードは微笑んだ。
「あまり想像しないほうがいい」
「うわ」
 これはなかなかの攻撃だ。想像するなと言われると、とんでもなく最悪なことを考えてしまうのが人間である。
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