かわいそうな看守は囚人を犯さなければならない。

紫藤なゆ

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「どんな花がいい」

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 長い。
 なかなか戻ってこない。
「おーい」
 声をあげてみたりなどしたが、届いているかもわからない。
「脱獄しますよー」
 と、言っても戻ってこなかったので、恐らく聞こえていないか、馬鹿なことを言っていると無視されたかのどちらかだ。
 何の参考にもならない。
 こうなったら本当に脱獄するしかない。スクは部屋に何かないかと見回したが、あるのはベッドくらいだ。食事はエメラードと一緒に食べ、食器は回収される。あれでなかなか目ざとい男で、フォーク一本はおろか、魚の骨すら手に入らない。
(いや魚の骨くらいは、なんとかなるだろ)
 がんばれば。
 頑張ってこなかった今までが問題である。次に魚が出たら骨を口に入れて隠しておこうか。
 ともかく今現在、何もなくてはいくら手癖が悪くても鍵を開けることはできない。鍵穴に入りもしない爪でカチカチやっていると、エメラードが戻ってきた。
「すまない。もう少し待ってくれ」
「えー」
「もう少しだ。脱獄する必要はない」
 聞こえていて無視されていた説が正しかった。スクはため息をつき、仕方がないので格子にぶらぶらもたれながら待つ。
 こうなると動かない格子が恨めしい。
 えいえいと揺さぶっても、軋みひとつ立てない。よほど良いつくりで、そして新しいのだ。
(優秀な格子職人とか……いるのかな……)
 スクにはわからない世界である。
 とりとめなく考えつつ、ゆらゆら揺れて待っていたのだが、揺れる動きが卑猥に思えてきてやめる。
 もう寝ようかな、でもベッドも揺れるんだよね、床で寝ようかな、などと考えているとようやくエメラードが戻ってきた。
「……ん?」
 扉の前に気配があるが、もたもたしている。
「なにしてんの」
「すまない、扉が……む……よし」
 開いた。
 現れたエメラードは片手を扉にかけ、片手でカップを乗せたプレートを持っている。それがぶるぶる震えている。
「ちょ……っ、あぶな」
「大丈夫だ」
 全然大丈夫そうではないが、テーィーカップはカチカチ音をたてながらスクの前までやってきた。
「ほら」
 にこりと笑う。
 なにが「ほら」なのだろう。しかしカップが無事であることは確かなので、スクは頷いた。
「テーブルも茶菓子もないのは残念だが……」
「あったら問題だよ」
「はは。まあ、飲むといい。少し下がりなさい」
「……」
「下がって」
 不満な表情をしてみたが、エメラードは譲らない。相変わらずカップはカチカチ音をたてているので、仕方なくスクは距離を取った。
 格子の間を通ってカップが床に置かれる。
「……今更じゃない?」
 性器を突っ込むほど近く触れ合っておいて、わずかな接触を警戒する必要があるのだろうか。
「茶がこぼれてはいけない」
「まあ」
 それはそうかもしれない。スクがエメラードの腕に触れれば、きっと最後の均衡が崩れ、カップは落下する。
 薄いが絨毯の上に落ちれば、割れはしないかもしれない。
 絨毯はスクから見て格子の内側だけにある。
「じゃあ、飲むけど……」
 せっかくこうしてエメラードが用意してくれたのだ。もちろん飲む。複雑な気分だが、なんでも無駄にしてはいけない。
(水に味をつける意味はよくわかんないけど)
「やはりテーブルは欲しいな……」
 エメラードの優雅な呟きを聞きつつ、カップに口をつけてぐいと飲んだ。
「は」
「は?」
「待て。なぜ一口で……」
「え?」
 何がだめなのかわからない。首をかしげると、ううむ、とエメラードは難しい顔をした。
「喉が乾いていたのか?」
「いや、そうでも」
 乾いてなくはなかったが、飲んで初めて気づく程度だ。
「そう……なのか……」
「だめなの?」
「茶というのは、会話を楽しみながら飲むものだと思っていた」
「はあ」
「もう一杯いるか?」
「いいよ。また時間かかるんだろ」
「そうか……次からはポットも用意しよう」
「水でいいよ」
「それでは体が温まらない。ただでさえ運動不足で、衰えているだろう」
「まあ」
 そうだけど。
「でも絨毯があるから、寒くはないよ」
 薄いが、床に直接座るよりはずっといい。ベッドだって温かい。
 スクは自分の足元、格子までの絨毯を見た。エメラードがいるのは、冷たい床の上、あるいは硬い椅子の上だった。



 変だ。
「ふむ。まあよい。だいぶ上達したではないか」
 王は実につまらなそうに言った。つまらないなら面白くしそうなものだが、それで話を終え、出ていこうとしている。
(何を考えてる……?)
 ただエメラードが上手にスクを抱くさまを見て、何も楽しくなどないだろう。
「おおそうだ、こう殺風景では雰囲気も出まい。花のひとつも用意してはどうだ」
 絶対に変だ。何か企んでいる。
 スクはそう思ったが、王が何を企もうともスクにはどうもできない。
 王が部屋からいなくなると、エメラードが力を抜いたのがわかった。重みがかかってくる。人に見られながらのセックスは、やはり緊張するものであるらしい。
「花……」
 と思えば、もう命令を実行すべく考えていた。忠臣である。
「花、か……」
「用意するの」
「……命令ならば」
 思考にこもったその指先は、ぼんやりスクの頭を撫でた。形を確かめるように開かれたてのひらだ。
 包まれるのは心地がいい。
「はあ」
 息をもらすとエメラードが呆れられたと思ったらしい、苦笑した。
「どんな花がいい」
「どんなって」
 花の名など知らない。
 いや、名だけなら知ってはいる。誰かに聞いた花の名を、しかし、それがどの花なのかはわからなかった。
「私もあまり、詳しくはないが……」
 考え事の隙に、思わずというように腰を揺すってきた。
「ン。……お貴族様は、花にも詳しいんじゃないの」
「まあ、知っているべきではあるな。女性に贈る花は大事だ」
「へえ……」
 そんな話をしながら、女ですらないスクを抱いている。まったく気の毒なことだ。
 スクはというと、気持ちがいいのでお得な気分がしてきた。色々と面倒くさいことは考えたくない。
「だが私は、早いうちから陛下の騎士として……女性に気を向けている場合では、なくなったから」
「ああ……」
 すっかり余分は捨ててしまい、家のためのものになったのだろう。おかげでろくに女を知らないだろう雄が、スクの中で膨らんでいる。
 さすがに慣れた動きで、いいところを擦ってくる。もともと優しい男だ。自分本意な動きをすることはなく、大人しすぎるくらいだが、なぜか、繰り返すうちに快楽の波に流される。
 これが女性に向けられたなら、それはいい夫となっただろう。
「……花屋を呼ぼう。色は? 赤は嫌だろう」
「それは嫌だ」
 即座に答えるとエメラードは笑った。
「では、黄色か、白か」
 スクは優しく揺らされながら、この部屋に似合う色について考えた。上手くいかない。揺らされていると、もっと奥を擦ってほしくなってしまう。
「桃色というのも、あるな……あとは……紫、橙」
「……んっ」
 気持ちいい。
 とてもいい。
 たまらなくなるのは彼を受け入れている場所だが、そこに集まる熱は、エメラードが触れた場所からじっくり生まれているようだった。
 ことこと煮詰められるみたいに、エメラードの手のひらは優しく、熱い。
「それとも希望の形が……」
 エメラードの言葉が曖昧に途切れる。
 互いに息を乱して、ひとしきり入れたり抜いたりした。柔らかくなった場所に、硬くなったものがねちりと入る。ぬるぬるとわずかに捻りながら引く。
「ふぁ」
 それに引っ張られて、スクの中も捻られていく。できあがった襞を、ずくりと硬い先端で押された。
「ぅううっ」
 たまらない。
「も、むり……」
 うん、とエメラードが頷いた。それで花の話は続けられなかった。
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