かわいそうな看守は囚人を犯さなければならない。

紫藤なゆ

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「まあ、何事も経験だ」

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「……ねえ」
 あれから思い出すたび尻が疼くので、できるだけ考えないようにしたい。
「なんだ」
「暇」
 スクは格子から腕を出してもたれかかった。先日までの牢の格子より、ずいぶんしっかりしている。軋みもしなかった。
 鍵穴も頑丈そうだ。実際の難度は見た目だけではわからないが、金はかかってそうに見える。
「では続きを」
「……そういう気分じゃない」
 指南書を取り出してきたので、スクは顔をしかめて言った。そっち方面のことを考えたくないから新たな何かが欲しいのだ。
「では、この書を読もうか」
「何、それ?」
「童話集」
「……赤くない?」
 そして文字がおどろおどろしく書かれているような気がする。
「小さな子供に読むのは避けるようにと注釈がある」
「童話」
「悪い子を叱るものではないか? ふむ……」
 エメラードは書を開き、目次を読み上げた。
「巨人に食われる、鬼にさらわれる、地底の穴に落とされる」
「ひどい」
「なかなか……うん……そうだな……これは、やめておこう。知った話ばかりだが、知っているより血なまぐさい……」
 大人用の童話らしかった。エメラードは首を振り、別の書を手に取ろうとした。
「あんたの話は?」
「……私の? 何か聞きたいのか」
「初恋の話とか」
「……」
 エメラードは顔をしかめた。
 言いたくなさそうだが、かといって、そこまで強い拒絶も感じなかった。押せばいけそうだ。
「あんたみたいな堅物が好きになるのって、どんな人?」
「堅物ではないが」
「堅物だよ」
「……普通だ。幼馴染の」
「ああ、近所の子?」
「隣領のご令嬢だ」
「そうなるかー……」
 庶民の感覚で考えてはいけなかった。だが惚れた腫れた自体など、階級が違っても似たようなものであるはずだ。
「どういう感じで惚れたの」
「惚れ……好ましいと思った」
「はいはい」
「茶会の席だ」
「ちゃかい」
 スクは再び文化の格差にくらくらしたが、要は一緒にお茶を飲んだのだ。
「……同じ食卓につくと仲良くなるっていうからね」
「そうなのか」
「そうらしいよ。時間がなくても食事時だけ押さえとけば落としやすいって」
「落とす……」
 エメラードが額を押さえて息を吐いた。彼も彼でスクの言葉に文化の格差を感じているようだ。
「ってか、それいくつくらいの?」
「初めて会ったのは五歳だ」
 思ったより早かった。
「五歳でお茶とか飲むんだ……」
「いくつでも茶は飲むだろう」
 そうなのか。子供なんて水を飲んでいるものかと思っていた。自分で稼げないうちに、無駄遣いを覚えてしまって大丈夫なのだろうか。
(なんて偉い人は考えないな。うん)
 まあいい。聞きたいのはそんなことではなく、エメラードの甘酸っぱい思い出だ。
「お茶を飲んで……えーっと、おままごとでも?」
「おままごと?」
「いや、茶会って何すんの?」
「茶を飲むものだ」
「まあ……そうかな……」
「子供の頃から社交の場に慣れていかねばならない。似た年頃の子女と、幼いうちから将来の友人として交流する」
「将来の友人」
「婚約者という場合もあるが」
「えっ、じゃあその子も?」
 最初から決められた恋人というのは、どんな気持ちのするものなのだろう。貴族のそういった、どろどろした、お高貴な話はよく劇になったり、詩人が歌い歩いたりしている。
「いや、違う。彼女は侯爵家の令嬢で、私とは身分が釣り合わない。……それだけにあの年で見事なマナーを身に着けていた」
「五歳のマナーって」
 エメラードは笑った。
「そうだな、椅子に座り、背を伸ばして茶を飲む程度だ。それに甘い菓子に飛びつかない」
「それはすごい」
「ああ、すごいだろう。大人たちは褒めていたし、私も驚いた。姿も美しかった。しばらく彼女の姿が目に焼き付いていた」
「へえ」
 スクにはよくわからない感覚だが、エメラードが少し恥ずかしげに笑ったのが良かった。見たことのなかった顔だ。
「私もあのようになりたいと……ああ、そうだ。陛下から茶を賜っている」
「茶?」
「いい茶葉だ。持って来よう」
 エメラードは立ち上がって部屋を出ていった。
「別にいらな」
「まあ、何事も経験だ」
 囚人に言う台詞だろうかと思いつつ、スクはエメラードを見送る。暇だから話しかけたというのに、よけい暇になってしまった。
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