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(これがエメラードじゃなかったら)
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変だ。
「おかしい」
「やはり人数が足りないか」
「そうじゃなくて」
「ふむ?」
「俺が席についてて、なんであんたが立ってるの」
「給仕の気分を味わっている」
全く他意のない顔で言うのだ。スクはテーブルに頬杖をついて、格子の向こうに立つ男を見上げた。
「ああこら、それはよくない。マナー違反だ」
「別にどうでも……」
「だめだ。姿勢が美しくない」
「はあ」
「君はせっかく無駄のない体をしているんだ」
「……それ、えっちな意味で?」
だったらいいのに。
「そうではない。いや、魅力的という意味ではそうだが」
「なるほど」
そんな真顔で言われても、あまり嬉しくない。
「貴族は食生活が悪いのか運動不足なのか、意外に姿勢の悪いのが一定数いてな」
「はあ」
「背を伸ばしてみてくれないか。……うん、やはり素晴らしい」
「……まっすぐ座ってるだけだけど」
「それが素晴らしいんだ。そのまま、背を伸ばしてカップを持って」
「はあ」
従ったのは、どうせ暇だからである。エメラードの遊びに付き合う暇はいくらでもあるのだ。
「違う。持ち手に指を通してはいけない」
「は?」
「こう……つまむようにして。……うん、それでいい」
「……待って、この形は指を入れて安定させるためのものだろ」
「そうかもしれないが、マナーとは違う」
「マナーって……」
「マナーだ」
「うん……」
「ああ、もう少し椅子を引いて」
何の役にも立ちそうにないマナー講義を受け、スクはうとうと半分眠りながら茶を飲んだ。
「やはり菓子が必要だな……小さな子の教育にはそれが一番いい」
だから子供じゃないし、小さな子ではもっとない。
だいたい小さな子に毎回勃てているとしたら問題ではないか?
(……でもないか)
スクには理解できないが、残念ながら小さな子の需要はそこそこある。世界で最も一般的な変態趣味だ。神は人を変態に作り給うたのだ。
(だから人は死ぬんだろう)
スクは適当なことを考えて気をそらしている。だいたい神なんて信じてもいない。エメラードはどうだろうか。あるいは王は?
「ふ……っ!」
「……息をしたほうがいい」
エメラードが当たり前のことを囁く。気づかいのこもったその声は、単純にスクを心配している。
(それは、だって)
困ったことが起こりつつあるのだ、とても。
スクは必死に声を噛み殺す。息が苦しくなり、溺れてしまうようだった。
「吐いて」
苦しいから、強引に息を吸う。吸う。苦しくなる、エメラードの言葉が理解できずに首を振る。
「吐きなさい」
なにを。
苦しい。
「っぁあ!」
耐えかねてぱかりと口を開けると、体を引き絞るように声が出た。とん、と踵に衝撃がある。声と同時に足を跳ね上げていたようだった。
無意識の自分の動きに困惑して、エメラードの服を片手で掴んだ。
「うっ……あ、あ、」
「つらいのか?」
エメラードも困惑している。スクは首を振った。
「ちが……な、んでもな」
ふつふつと煮立てられた熱が、うっかりすると一線を超えて弾ける。エメラードのてのひらが頭を支えている。もう片手は背に。抱きしめられて、足の間に熱がある。
「それはなあ、エメラード」
王が言った。
王が。
その存在さえ忘れていたことに、スクは衝撃を受けた。時の流れさえ把握できない。ただただ必死に、身のうちに熱に翻弄されていた。
「快くなっているのだ。なに、人の体などそんなものだ。たとえにっくき敵であろうと、意に沿わぬことであろうと、押せば押されるものなのだ」
そうではない。
たぶんそうではない。スクは思う。
(これがエメラードじゃなかったら)
ひやりとする。
これがエメラードだから、熱がたまる。肌が応える。擦れば出るだけの生理現象を超えて、ほんの小さなかけらまでが疼くのだ。
なんという、恐ろしいことだろう。
「それをおまえが、あれに教えておればなあ」
びくりとエメラードが震えた。
「なに、わかるぞ、あれはずいぶん若かった。人生も現実も知らぬ娘だ。教育が足りなかったのだな。きちんと教えればよかったのだ。たとえ最初はどうあれ、肌を重ねるうち難からぬ相手になるだろうとな」
「……」
「もったいないことだ! 娘は悦びを失い、おまえは名誉を失った。それもこれも、ただ教育の失敗がために!」
「お恥ずかしい、限り、で、あります」
エメラードが答える。
温度のない声だった。
一番近くで聞いたはずのスクでさえ、何の感情も読み取れなかった。王はつまらなそうに鼻を鳴らし、部屋を出ていった。
「おかしい」
「やはり人数が足りないか」
「そうじゃなくて」
「ふむ?」
「俺が席についてて、なんであんたが立ってるの」
「給仕の気分を味わっている」
全く他意のない顔で言うのだ。スクはテーブルに頬杖をついて、格子の向こうに立つ男を見上げた。
「ああこら、それはよくない。マナー違反だ」
「別にどうでも……」
「だめだ。姿勢が美しくない」
「はあ」
「君はせっかく無駄のない体をしているんだ」
「……それ、えっちな意味で?」
だったらいいのに。
「そうではない。いや、魅力的という意味ではそうだが」
「なるほど」
そんな真顔で言われても、あまり嬉しくない。
「貴族は食生活が悪いのか運動不足なのか、意外に姿勢の悪いのが一定数いてな」
「はあ」
「背を伸ばしてみてくれないか。……うん、やはり素晴らしい」
「……まっすぐ座ってるだけだけど」
「それが素晴らしいんだ。そのまま、背を伸ばしてカップを持って」
「はあ」
従ったのは、どうせ暇だからである。エメラードの遊びに付き合う暇はいくらでもあるのだ。
「違う。持ち手に指を通してはいけない」
「は?」
「こう……つまむようにして。……うん、それでいい」
「……待って、この形は指を入れて安定させるためのものだろ」
「そうかもしれないが、マナーとは違う」
「マナーって……」
「マナーだ」
「うん……」
「ああ、もう少し椅子を引いて」
何の役にも立ちそうにないマナー講義を受け、スクはうとうと半分眠りながら茶を飲んだ。
「やはり菓子が必要だな……小さな子の教育にはそれが一番いい」
だから子供じゃないし、小さな子ではもっとない。
だいたい小さな子に毎回勃てているとしたら問題ではないか?
(……でもないか)
スクには理解できないが、残念ながら小さな子の需要はそこそこある。世界で最も一般的な変態趣味だ。神は人を変態に作り給うたのだ。
(だから人は死ぬんだろう)
スクは適当なことを考えて気をそらしている。だいたい神なんて信じてもいない。エメラードはどうだろうか。あるいは王は?
「ふ……っ!」
「……息をしたほうがいい」
エメラードが当たり前のことを囁く。気づかいのこもったその声は、単純にスクを心配している。
(それは、だって)
困ったことが起こりつつあるのだ、とても。
スクは必死に声を噛み殺す。息が苦しくなり、溺れてしまうようだった。
「吐いて」
苦しいから、強引に息を吸う。吸う。苦しくなる、エメラードの言葉が理解できずに首を振る。
「吐きなさい」
なにを。
苦しい。
「っぁあ!」
耐えかねてぱかりと口を開けると、体を引き絞るように声が出た。とん、と踵に衝撃がある。声と同時に足を跳ね上げていたようだった。
無意識の自分の動きに困惑して、エメラードの服を片手で掴んだ。
「うっ……あ、あ、」
「つらいのか?」
エメラードも困惑している。スクは首を振った。
「ちが……な、んでもな」
ふつふつと煮立てられた熱が、うっかりすると一線を超えて弾ける。エメラードのてのひらが頭を支えている。もう片手は背に。抱きしめられて、足の間に熱がある。
「それはなあ、エメラード」
王が言った。
王が。
その存在さえ忘れていたことに、スクは衝撃を受けた。時の流れさえ把握できない。ただただ必死に、身のうちに熱に翻弄されていた。
「快くなっているのだ。なに、人の体などそんなものだ。たとえにっくき敵であろうと、意に沿わぬことであろうと、押せば押されるものなのだ」
そうではない。
たぶんそうではない。スクは思う。
(これがエメラードじゃなかったら)
ひやりとする。
これがエメラードだから、熱がたまる。肌が応える。擦れば出るだけの生理現象を超えて、ほんの小さなかけらまでが疼くのだ。
なんという、恐ろしいことだろう。
「それをおまえが、あれに教えておればなあ」
びくりとエメラードが震えた。
「なに、わかるぞ、あれはずいぶん若かった。人生も現実も知らぬ娘だ。教育が足りなかったのだな。きちんと教えればよかったのだ。たとえ最初はどうあれ、肌を重ねるうち難からぬ相手になるだろうとな」
「……」
「もったいないことだ! 娘は悦びを失い、おまえは名誉を失った。それもこれも、ただ教育の失敗がために!」
「お恥ずかしい、限り、で、あります」
エメラードが答える。
温度のない声だった。
一番近くで聞いたはずのスクでさえ、何の感情も読み取れなかった。王はつまらなそうに鼻を鳴らし、部屋を出ていった。
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