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「ルシアと申します」
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つまりスクはエメラードに情を持ってしまった。そういうことだろう。
(いやだな)
とても嫌な感じがする。
(王様は……)
スクの気持ちを知ってどうするか、想像もつかない。否、想像もしたくない。ろくでもないことが起こるのは間違いない。
(……もう遅い)
気づかれている。
(むしろ、そう……予定通りなのかも)
エメラードのような男を嫌いになれる者はいない。そして彼とスクは王に虐げられる立場であり、閉鎖的な空間にふたりでいる。
ある種の共感が起こるのは当然のことだった。
(けど、この先は?)
どう楽しむつもりなのだろう。
憎からず思う、セックスをするふたりがいて、どうするのが王のお好みなのか。ねちねちと虐めるだけで満足してくれるのか?
そんなことはない。
きっとない。
あの王が虐げたいのはスクではない、エメラードだ。エメラードが最大限に傷つくことをしたいはずだ。
(……そこまで?)
エメラードの姉は王を裏切ったかもしれないが、彼自身は忠臣だ。王が言われている通りの知恵者ならば、エメラードは役立つと知っているはずだ。
そんな、十年も前のことを、今更。
スクにはわからない。
一年先のことさえわからない。自分が生きているか死んでいるか、世界が今と同じ形をしているかもわからない。
「ねえ」
スクは揺れる不安を押し隠して、のんびりと彼に声をかけた。
「なんだ?」
エメラードは帳面に何かを書きながら、のんきそうに答えた。どうも虐めてやりたくなったが、我慢する。
「あんたの姉さんって、どんな人だったの」
ペンを持つ手が止まった。
「……姉上か」
わずかに首を傾げ、考えるようにする。
「美人?」
まずわかりやすいところから聞いた。
「はは、まあ、そうだな。そう言われていた。身内なので私にはよくわからなかったが」
「ふうん。あんたに似てるなら美人だろうね」
「む? そうか。私は女顔に見えるか」
「うーん……どっちかっていうと」
女と間違うほどではないが、きれいだ。庶民からするとという意味で、貴族としてどうかはわからない。
「年頃になる前から婚約の申し出は多かった。父上もどれを受けるか、じっくり考えているようだったな」
「……ふうん」
そこから先は王の出てくる話だろう。
スクは先を急かさず、格子に腕を突っ込んでぶらんともたれかかった。話すなら話せ。話したくないなら無理には聞かない。
聞いたところで何ができるわけでもないのだ。
「だが、それが……いや……そのために……」
エメラードが話を続けたが、言葉に迷っている。
「そのせいで王様に目をつけられたって?」
「……名誉なことであるが、結果を考えると、よくなかった」
「なるほど」
王への文句をどうにか切り替え、不幸のきっかけにしたようだ。あいも変わらず彼は忠臣である。
どこまでそうでいられるのだろう。
そのまま死ぬのなら、それはそれで幸福なのだろうか。
「いや、違うかもしれない」
「ううん?」
「私のせいかもしれないな。姉は私に不安を語ってきた。私は、王のためにあることは、国のためにあることだと言った」
「……あんた、子供だったんじゃ?」
「ああ、子供だったんだ」
そんなことを言う子供に出会ったことがないので、スクは想像がつかずに首を振った。なんというか、お貴族様ってすごいな。
けどまあ、言われた方の気持ちはわかる。
姉上はそういうことではなく、自分自身の幸福を励まして欲しかったのだろう。
「今日よりお仕えさせていただきます、ルシアと申します」
「……えぇ?」
スクはにこにことしている彼女と、その後ろにいるエメラードを見た。
ルシアと名乗った彼女は細身で、きちんとしているが動きやすい衣装を身に着けている。たおやかな仕草は、間違っても戦いには向きそうにない。
「陛下が、君にも毎日の湯浴みと手入れを。あとはマナーを身に着けさせたいと」
エメラードの言葉にスクは眉を寄せた。
「……なんで?」
「その方が君が美しくなるだろう」
「……」
「嫌なのか? 清潔な方がいいと思うが」
「それはいいけど」
スクは、未だ立ったまま微笑んでいるルシアを見た。どう考えてもスクとは相容れない人種である。
「君は元はいいんだ。あとはマナーと身を整えれば、立派な……」
「立派な?」
「……」
立派な王の男娼になれるのだろうか。なりたくない。そんな気持ちはすぐに伝わったようで、エメラードは救いを求めるように視線を逃した。
「そうですわ。スク様、今でさえ陛下の覚えのめでたいこと。磨きをかければ、陛下の特別なお相手になることもできます」
「え、え、えーっと、ルシア? あんたは、」
「女性にあんたはどうだろうか」
エメラードの言葉は無視したが、とりあえず詰めた一歩は引いた。
なんということか、ルシアはすでに牢の中にいる。男と、元兵士と出られない部屋にいるのだから、怯えさせてはかわいそうだ。スクだってそのくらいの思いやりはある。
「この城の侍女なのか?」
「はい。ラズウェルという、遠い国より嫁いだ姫についてまいりました」
なめらかにルシアが言った。さらりとわずかに黒髪が揺れ、瞳がまたたいた。
スクは頭を殴られたような衝撃に遭う。
「……ラズ、ウェル?」
「はい。ラズウェルです。残念ながら姫はお体が悪く、お隠れになられましたが、国が滅び、行き場のない私は後宮で働かせて頂いております」
にこやかに言い切ると、胸に手をあて、美しく頭を下げた。
「スク様に、陛下の寵愛深い方にお仕えできることは喜びです」
「……」
「どうかこれより、ご不自由のなきよう……」
「……」
「……スク様?」
気づけばルシアの話は終わったようだった。スクを讃え、仕えられる喜びを、自分にできることを精一杯する。そのようなことを語っていた。
スクは乾いた口をどうにか開いた。
「……けど、ここは牢だし、どうかな。世話の時だけ来てくれるってこと……?」
「いいえ、おそばにお仕えし、夜だけ下がらせていただきます」
ルシアは軽く目を伏せながら言った。実によくできた従者の姿に見える。
「……それって」
だが、あまりいい職場でないことは確かだ。
(なんで……王様の嫌がらせ?)
彼女も王に虐げられているのだろうか。
そうであればいい。そうでなかったとしたら、
(いやだな)
とても嫌な感じがする。
(王様は……)
スクの気持ちを知ってどうするか、想像もつかない。否、想像もしたくない。ろくでもないことが起こるのは間違いない。
(……もう遅い)
気づかれている。
(むしろ、そう……予定通りなのかも)
エメラードのような男を嫌いになれる者はいない。そして彼とスクは王に虐げられる立場であり、閉鎖的な空間にふたりでいる。
ある種の共感が起こるのは当然のことだった。
(けど、この先は?)
どう楽しむつもりなのだろう。
憎からず思う、セックスをするふたりがいて、どうするのが王のお好みなのか。ねちねちと虐めるだけで満足してくれるのか?
そんなことはない。
きっとない。
あの王が虐げたいのはスクではない、エメラードだ。エメラードが最大限に傷つくことをしたいはずだ。
(……そこまで?)
エメラードの姉は王を裏切ったかもしれないが、彼自身は忠臣だ。王が言われている通りの知恵者ならば、エメラードは役立つと知っているはずだ。
そんな、十年も前のことを、今更。
スクにはわからない。
一年先のことさえわからない。自分が生きているか死んでいるか、世界が今と同じ形をしているかもわからない。
「ねえ」
スクは揺れる不安を押し隠して、のんびりと彼に声をかけた。
「なんだ?」
エメラードは帳面に何かを書きながら、のんきそうに答えた。どうも虐めてやりたくなったが、我慢する。
「あんたの姉さんって、どんな人だったの」
ペンを持つ手が止まった。
「……姉上か」
わずかに首を傾げ、考えるようにする。
「美人?」
まずわかりやすいところから聞いた。
「はは、まあ、そうだな。そう言われていた。身内なので私にはよくわからなかったが」
「ふうん。あんたに似てるなら美人だろうね」
「む? そうか。私は女顔に見えるか」
「うーん……どっちかっていうと」
女と間違うほどではないが、きれいだ。庶民からするとという意味で、貴族としてどうかはわからない。
「年頃になる前から婚約の申し出は多かった。父上もどれを受けるか、じっくり考えているようだったな」
「……ふうん」
そこから先は王の出てくる話だろう。
スクは先を急かさず、格子に腕を突っ込んでぶらんともたれかかった。話すなら話せ。話したくないなら無理には聞かない。
聞いたところで何ができるわけでもないのだ。
「だが、それが……いや……そのために……」
エメラードが話を続けたが、言葉に迷っている。
「そのせいで王様に目をつけられたって?」
「……名誉なことであるが、結果を考えると、よくなかった」
「なるほど」
王への文句をどうにか切り替え、不幸のきっかけにしたようだ。あいも変わらず彼は忠臣である。
どこまでそうでいられるのだろう。
そのまま死ぬのなら、それはそれで幸福なのだろうか。
「いや、違うかもしれない」
「ううん?」
「私のせいかもしれないな。姉は私に不安を語ってきた。私は、王のためにあることは、国のためにあることだと言った」
「……あんた、子供だったんじゃ?」
「ああ、子供だったんだ」
そんなことを言う子供に出会ったことがないので、スクは想像がつかずに首を振った。なんというか、お貴族様ってすごいな。
けどまあ、言われた方の気持ちはわかる。
姉上はそういうことではなく、自分自身の幸福を励まして欲しかったのだろう。
「今日よりお仕えさせていただきます、ルシアと申します」
「……えぇ?」
スクはにこにことしている彼女と、その後ろにいるエメラードを見た。
ルシアと名乗った彼女は細身で、きちんとしているが動きやすい衣装を身に着けている。たおやかな仕草は、間違っても戦いには向きそうにない。
「陛下が、君にも毎日の湯浴みと手入れを。あとはマナーを身に着けさせたいと」
エメラードの言葉にスクは眉を寄せた。
「……なんで?」
「その方が君が美しくなるだろう」
「……」
「嫌なのか? 清潔な方がいいと思うが」
「それはいいけど」
スクは、未だ立ったまま微笑んでいるルシアを見た。どう考えてもスクとは相容れない人種である。
「君は元はいいんだ。あとはマナーと身を整えれば、立派な……」
「立派な?」
「……」
立派な王の男娼になれるのだろうか。なりたくない。そんな気持ちはすぐに伝わったようで、エメラードは救いを求めるように視線を逃した。
「そうですわ。スク様、今でさえ陛下の覚えのめでたいこと。磨きをかければ、陛下の特別なお相手になることもできます」
「え、え、えーっと、ルシア? あんたは、」
「女性にあんたはどうだろうか」
エメラードの言葉は無視したが、とりあえず詰めた一歩は引いた。
なんということか、ルシアはすでに牢の中にいる。男と、元兵士と出られない部屋にいるのだから、怯えさせてはかわいそうだ。スクだってそのくらいの思いやりはある。
「この城の侍女なのか?」
「はい。ラズウェルという、遠い国より嫁いだ姫についてまいりました」
なめらかにルシアが言った。さらりとわずかに黒髪が揺れ、瞳がまたたいた。
スクは頭を殴られたような衝撃に遭う。
「……ラズ、ウェル?」
「はい。ラズウェルです。残念ながら姫はお体が悪く、お隠れになられましたが、国が滅び、行き場のない私は後宮で働かせて頂いております」
にこやかに言い切ると、胸に手をあて、美しく頭を下げた。
「スク様に、陛下の寵愛深い方にお仕えできることは喜びです」
「……」
「どうかこれより、ご不自由のなきよう……」
「……」
「……スク様?」
気づけばルシアの話は終わったようだった。スクを讃え、仕えられる喜びを、自分にできることを精一杯する。そのようなことを語っていた。
スクは乾いた口をどうにか開いた。
「……けど、ここは牢だし、どうかな。世話の時だけ来てくれるってこと……?」
「いいえ、おそばにお仕えし、夜だけ下がらせていただきます」
ルシアは軽く目を伏せながら言った。実によくできた従者の姿に見える。
「……それって」
だが、あまりいい職場でないことは確かだ。
(なんで……王様の嫌がらせ?)
彼女も王に虐げられているのだろうか。
そうであればいい。そうでなかったとしたら、
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