有魂機人ツクモス The Comrades

霜月立冬

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第二十九話 製造工程

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 黒い、巨大な半球状の地下空間ジオフロントが広がってる。その深淵と錯覚する大空洞の中に、半球状の黒い山がそびえ立っていた。その山の麓に、人影が二つ有った。

 紺色の作務衣姿の老人と、黒い半袖シャツ&スラックスの中学生。

 老人――耀介ヨウスケは黒い山の至近に立っていた。中学生――耀平ヨウヘイは、山から少し離れた場所、黒いマッサージチェア(ツクモス操縦席)の隣に立っていた。それぞれ向かい合い、互いを見詰めていた。
 このとき、耀介は耀平の格好、特に手元を注視していた。

 耀平の両手には、何も無かった。これに対して、耀介の右手には直径十五センチほどの黒い球が握られている。それらの事実を確認したところで、耀介は耀平に向かって声を上げた。

「耀平。そこのワゴンを持ってきてくれないか?」

 ワゴン。簡潔に言えば「物を乗せて運ぶ台」である。耀平の視界には、それと思しきものが映っていない――いや、たった今、映った。

 ツクモス操縦席を挟んで、耀平の立ち位置の反対側に金属製のテーブルワゴンが置いてあった。
 ワゴンのテーブルは上下二段に分かれていて、それぞれ物が乗っかっている。

 上部のテーブルには、瓶詰ジャムと、ゴム風船が複数個並んでいた。
 下段のテーブルには三十センチ四方の円筒形の機械が有った。

 円筒形の機械。その外観は卓上除湿器とよく似ている。上底面は年輪のような穴が開いて、奥に吸気口と思しき格子状の穴が確認できる。しかしながら、全く同じという訳でもない。
 円筒の側面から、一本のホースが伸びている。先端部には注射針のような細い金属管が付いていた。
 一体、何の為に? その形状から使用目的を言い当てることは難しい。耀平も、初見の際は頭上に「?」を浮かべながら、しきりに首を捻っていた。
 しかし、それも今は昔の話。その機械を見れば、自ずと正体が閃いた。

 これ――「名取エンジン製造装置」だ。

 耀平の脳内に、小学生時代の記憶が閃いた。その中で、今より少し若い耀介が一人で名取エンジンを造っていた。
 当時の出来事が、目の前で起ころうとしている。その事実を直感して、耀平の胸は高鳴った。それに伴って、耀平の口の端がニンマリ吊り上がった。

「分かった」

 耀平はニコニコと満面の笑みを浮かべながらワゴンの取っ手を握った。それを押して、耀介の許へと近付いた。
 すると、耀介の方からも近付いてきた。その様子を目の当たりにして、耀平は立ち止まった。
 祖父と孫。それぞれが再接近した瞬間、耀介の右手が動いた。

「耀平。ちょっと、これを持っていてくれ」

 耀介は、耀平に向かって右手の黒球――名取エンジンの卵を差し出した。その行為を目の当たりにして、耀平は直ぐ様両手を突き出した。

「頼んだ」
「うん」

 耀介は、耀平の両掌に卵を乗せた。耀平は、それを大事そうに抱えた。続け様に二歩後退して、耀介とワゴンから距離を取った。
 このとき、耀平は耀介の様子をジッと見ていた。

 耀平の視界に映った作務衣姿の老人は、ワゴンの前で屈み込んでいた。

 耀介は、ホース付き炊飯器――名取エンジン製造装置を取り出した。それを両手で持ち上げて、上のテーブルに置いた。
 その直後、耀平の方を向いて声を上げた。

「耀平。ちょっと、球を掲げてくれないか?」

 耀平は、黒球が乗った両手を掲げた。すると、耀介は黒球をジッと見詰めた。

「…………」

 耀介の眉間に皺が寄った。耀介の口は「へ」の字に曲がっていた。その様子は、耀平の目に「とても真剣なもの」として映っていた。

 耀介爺ちゃんは――「卵の声」を聴いているんだ。

 卵の声。それは便宜上の呼称である。実際には直感というべきものだ。耀介自身も「何となく」と曖昧な回答しかできない。間違えることも有った。その残念な事実は、耀平もよく知っていた。
 だからこそ、耀平は耀介の邪魔をしないよう無言で固まっていた。

 静寂の間が、凡そ三分ほど続いた。それを破ったのは――耀介だった。

「よしっ、マーマレードだな」

 耀介は、ジャム群の中からマーマレードジャムを取り出した。それを名取エンジン製造装置の傍らに置いた。続け様に、製造装置のホースを左手にとって、その先に付いた針を右手で握った。
 このとき、耀介の右手にはゴム風船が握られていた。それを針に被せて、その全体を覆った。

「後は――ジャムだな」

 耀介は、風船付きの針をテーブルの上に置いた。続け様にジャムを左手にとって、右手で蓋を開けた。
 このとき、耀介の右手にはスプーンが握られていた。それを瓶の中に入れて、中身を掻き出した。
 耀介は、ジャムが乗ったスプーンを風船付きの針のところまで持ってきた。左手で針を掴み、その先端部分にジャムを塗った。

 今、耀介の左手には、ジャムが塗られた風船、及びホース付きの針が握られている。それを掲げながら、耀介は耀平に向かって声を上げた。

「耀平。こっちに来てくれ」

 耀平は、黒球を恭しく掲げながら、耀平の許まで近付いた。彼我の距離が五十センチほどに迫ったところで、耀介が声を上げた。

「ストップ。そのまま動くなよ?」

 耀介の指示を受けて、耀平はその場で固まった。その直後、耀介は左手に握った針を掲げた。

「さあ、初めての御飯だ」

 初めての御飯。一体、誰の御飯というのか? その対象は、実は耀介の直ぐ目の前に有った。

 耀介は、針の先端部分を黒球の表面に押し当てた。その瞬間、黒球の表面に穴が開いた。

 黒球に穿たれた小さな小さな穴。その中に針の先端部分がスッポリ嵌った。その様子は、耀平の視界にシッカリ収まっていた。

「食べたっ」

 耀平の声は弾んでいた。目を大きく開いて、食い入るように黒球の様子を見守っている。その「キラキラ」と擬音が見えるほど輝く視界の中で、黒球の中に針がドンドン吸い込まれていった。

 針の先端、風船が被せられた部分は、完全に黒球の中に納まった。その状況を直感した瞬間、耀介が動いた。

 耀介は、右手に黒球、左手に製造機を持った。続け様に、それらを持ち上げて、床の上に置いた。
 床から洩れる淡い光が、黒球と円筒の機械を照らしている。それぞれが一本のホースで繋がっている。その様子は、耀平の位置からも確認できた。

 これから――あれが始まるのか。

 あれ。耀平の想像は、耀介が具現化した。
 耀介はホースの様子、接続状態を確認した。問題無しと判断したところで、続け様に製造機の電源を入れた。

 製造機が振動し始めた。それに合わせて、黒球の大きさが徐々に増していた。

 巨大化する黒球。その様子は、耀平の視界にもバッチリ映っている。それを直感した瞬間、耀平の脳内に現況の現象の理由が閃いていた。

 中の風船が膨らんでるんだ。

 耀平が「名取エンジン製造機」と称した機械は、実は只の送風機であった。風船を介して、生まれたての卵に空気を送り込んでいる。
 その際にできた空洞は「人が入る場所」であった。現在行っている工程は名取エンジンの製造兼、ツクモスのコックピットブロックの製造なのだ。

 黒球は、徐々に大きさを増し、直系二メートルになった。それはツクモスのコックピットブロックの大きさだ。
 このとき、送風機は未だ動いていた。黒球の中に空気は送り込まれ続けている。
しかし、巨大化はそこで止まった。

 直径二メートル。それが卵の成長限界。そのように設定されている。
 一体、誰の仕業なのか? その答えが、耀介の口から洩れた。

「父さんのお陰で、俺達は楽をさせて貰っているよな」

 耀介の父さん。即ち、名取耀蔵ナトリ・ヨウゾウである。全ては耀蔵の仕業だ。耀蔵が名取エンジンの製造方法を編み出したのだ。
 一体、どのようにして編み出したのか? その一連の出来事に付いて、耀介は生前の耀蔵から聞いていた。

 凡そ百十年前のこと。五歳の耀蔵は、家の庭に生えていた黒い棒を見付けた。それが、全ての始まりだった。
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