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最終話 我愛你
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灰褐色の痩せた肢体に、ポッコリ突き出たお腹。奇異な体形をした中華戦士、NTMNX01乾坤圏。
乾坤圏の腹の内側には、白いパイロットスーツの小柄な女子がくっ付いている。
胎児ではない。中学三年生の女子だ。
その少女、劉雨淋が張り付く壁面には、外の光景が映し出されている。そこには白と緑の輪が有った。
シロツメクサを編み込んだ花冠。
雨淋は右手を伸ばして、画面に映る花冠に触れている。まるで、愛しい我が子を撫でる親のような手付きで。
雨淋にとって、シロツメクサの花冠は特別な意味が有った。大切な思い出を象徴するアイテムである。命の次の次、そのまた次くらいに大事なものだ。
しかし、今の雨淋の意識は、そこには無い。より以上に気になることが、雨淋の脳内に響き渡っていた。
((ドウシヨウ? アレ、ドウシヨウ?))
中世的な女性の声。雨淋にとって、全く聞いたことがない声だ。それなのに、奇妙な既視感を覚えている。
誰の声なんだろう?
雨淋は辺りに視線を巡らせた。
しかし、声の発信源と思しきものは見当たらない。その事実は、雨淋も先刻承知のこと。
そもそも、謎の声は耳で聞いていない。雨淋の脳内に直接響き渡っている。
幻聴――なのかな?
雨淋は「声」を無視しようとした。自分とはかかわりがないものと思っていた。思い込もうとした。
ところが、「声」の方は雨淋をバッチリ認識していた。
((ユーリン))
「えっ!?」
中世的な女性の声が、雨淋の名前を呼んだ。それに驚いて、雨淋は声を上げた。思わず辺りをキョロキョロ見回した。
その最中、再び脳内に「声」が響き渡った。
((ドウシタライイ?))
「どうしたらって――」
姿が見えない相手からの質問。相手の正体も分からなければ、質問の内容も分からない。むしろ、雨淋の方が聞きたいことだらけである。
「うう~っ」
雨淋は唸り声を上げて、頭を抱え掛けた。その瞬間、乾坤圏の聴覚センサーが外部の音声を拾った。
「ユーリンっ!」
雨淋の耳に、中学生男子の声が飛び込んだ。その声は、雨淋にとっては余りに聞き慣れたものだ。
それを直感した瞬間、雨淋の視線は正面モニターに吸い寄せられた。
そこには、声の主と思しき黒衣の少年が映っていた。
その少年、名取耀平は右手に花冠を握っていた。それを掲げながら声を上げた。
「これっ、あげるっ!」
耀平は、乾坤圏の目(視覚センサー)に向かってシロツメクサの花冠を突き出した。その瞬間、雨淋の視線は花冠に釘付けになった。
凄く綺麗に編んである。きっと、よ~へくんが編んだんだ。
花冠を見詰めるほどに、雨淋の胸が熱くなってくる。その熱をもたらした主因が、雨淋の口から零れ出た。
「よ~へくん」
雨淋は耀平の名前を呼んだ。しかし、耀平はコックピットの外にいる。雨淋の声は届かない。誰の耳にも届かない。雨淋の声に応える者はいない。そのはずなのだ。
ところが、雨淋の声に反応する者がいた。
((ヨ~ヘ、『アゲル』ッテ、イッテルヨ))
あげる。その言葉は、耀平が言ったものだ。例の「声」は。耀平の言葉を聞いている。その事実を直感した瞬間、雨淋の脳内に声の正体が閃いた。
「もしかして――乾坤圏なの?」
((ウン))
雨淋の言葉に、謎の声――乾坤圏は肯定した。その瞬間、雨淋の目が大きく開いた。
これが――乾坤圏の声なんだ。
雨淋にとって、初めて聞く「ツクモスの声」。その事実は、雨淋にとって衝撃だった。信じ難くもあった。その正体を知って尚、雨淋しいの心中には疑念が募っている。
ツクモスの声を信じる為には、それなりの考える時間が必要だ。事実を受け止める時間も必要だ。
しかし、そんなものは与えて貰えなかった。
((ユーリン、ホシイ? アレ、ホシイ?))
乾坤圏は、矢継ぎ早に質問する。雨淋としては「こっちの方が聞きたいことだらけなんだけど」と言いたい。乾坤圏の言葉を聞くほどに、文句の一つも言いたくなる。
しかし、今は後回し。質問よりも、文句よりも、もっと優先すべき言葉が有った。それが、雨淋の口から飛び出した。
「欲しいっ!」
雨淋は即答した。その直後、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。
((ワカッタ。デモ――))
乾坤圏も即答した。しかし、その言葉には続きが有った。
((タタカワナイト。カタナイト))
乾坤圏は戦闘続行を望んだ。その想いは、一字一句違わず雨淋に伝わった。
その瞬間、雨淋の目が吊り上がった。口は「へ」の字に曲がった。その曲がった口から、怒声が飛び出した。
「それは、もう良いからっ!」
乾坤圏のコックピットブロックに、雨淋の大声が響き渡った。その勢いに気圧されたか、乾坤圏は直ぐに返事をしなかった。
十数秒経ったところで、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。
((モウイイノ?))
「良いのっ!」
乾坤圏の声は、どこか遠慮がち。その口調には懐疑的な響きが籠っている。それを察知して、雨淋はキツイ口調で答えた。ところが、
((ホントウニ?))
乾坤圏はしつこかった。その言葉を聞く雨淋の眉間に深い皺が刻まれていく。
「本当にっ!」
雨淋は、表情通りのキツイ口調で、より大きな声で答え続けた。
((ホントウノホントウ?))
「本当の本当っ」
((デモ――))
「何っ?」
暫く不毛な問答が続いた。その最中、乾坤圏が「しつこく尋ねる理由」を告げた。
((モクテキタッセイデキナイ。トッテモ、イヤ))
乾坤圏は、自身に与えられた役目に拘っていた。その想いは、実は雨淋の中にも有った。それこそ、自分の存在意義と言えるほど大事なものである。
しかし、それにこだわる理由は、既に無い。
試合は終わった。
今の雨淋には戦う理由は無い。戦闘を続行しても結果は覆らない。無意味である。それが分かっているからこそ、乾坤圏の想いは受け入れ難い。
「んんんんんっ」
雨淋は歯噛みしながら唸り声を上げた。
暫く唸った後、雨淋は唐突に右手を掲げた。その人差し指を「ビシッ」という擬音が見えるほど真っ直ぐ伸ばす。その行為の後、火星にまで届きそうな大きな怒声を上げた。
「私にとっては『あっち』の方が大事なのっ!」
雨淋の人差し指の先にはシロツメクサの花冠が有った。その映像は、当然乾坤圏にも見えている。
((アレカ――……))
乾坤圏は考えた。時間にしてコンマ数秒。しかし、乾坤圏にとっては熟考だ。その果てに、結論が出た。
((ウン。タシカニ))
乾坤圏は肯定した。その言葉は、直ぐ様本体に反映された。
巨大なクロアゲハ(乾坤圏)がユックリ降下し始めた。
乾坤圏の進路を阻むものは何も無い。程無くして、乾坤圏はムラマサを担いだまま地上に舞い降りた。
着地と同時に、乾坤圏の黒翼は空気に溶けるように消えた。その為、乾坤圏の体は重力の影響を存分に受ける羽目になった。それに抗う普遍的な方法は、脚で立つことだろう。
しかし、今の乾坤圏には脚が無い。途中から斬り飛ばされている。その為、膝や太腿で着地する羽目になった。実に不安定。支えが必要だ。
そんな都合の良い支えが、乾坤圏の背後にいた。
乾坤圏が着地した際、ムラマサも着地している。
ムラマサの両足は健在だ。二つの足でシッカリ地面を踏みしめている。実に安定している。支えになりうる。
乾坤圏は、ムラマサの両脚にもたれ掛かった。その行為は、当然ムラマサも感知している。
((おい、こら))
ムラマサは不満の意を表した。すると、乾坤圏から声が上がった。
((シカタナイダロ))
遠目に見ると、仲睦まじい光景。しかしながら、互いに対する印象は、正直宜しくない。
((アトデ、セナカ、アラワナイト))
((こいつ、蹴り飛ばしてやりたい))
乾坤圏とムラマサの罵り合い。その口喧嘩は、実は雨淋と耀平にも伝わっている。しかし、二人は全力で無視していた。
乾坤圏が着地した直後、耀平は乾坤圏から飛び降りていた。着地するや否や、振り返って乾坤圏の腹に接近。そこで大声を張り上げた。
「ユーリン、開けてっ!」
耀平と同時に、雨淋も叫んだ。
「乾坤圏、よ~へくんを中に入れてっ!」
耀平達の要求に、乾坤圏は即応した。
乾坤圏の腹に、直径一メートルの穴が開いた。それを直感するや否や、耀平は中に向かって飛び込んだ。
すると、中で白いパイロトスーツの女子が待ち構えていた。
「よ~へくんっ!」
「!?」
雨淋は耀平の名前を呼びながら抱き付いた。その瞬間、耀平の心臓が激しく跳ねた。その振動に衝き動かされるように、耀平の両手が伸びていく。そのまま雨淋の小さな体を抱き締めようとした。しかし、できなかった。
耀平が雨淋を抱き締める直前、雨淋は弾けるように体を離していた。
「!?」
耀平は、直ぐ様両腕を引っ込めた。
このとき、耀平は「抱き締めようとしたことを咎められる」と直感した。「ごめん」という言葉が喉下まで込み上げている。
しかし、実際に謝ったのは雨淋の方だった。
「對不起(ごめんなさい)」
雨淋は、耀平に向かって深々と頭を下げた。その行為は、耀平の視界にバッチリ映っている。
耀平は、左手で頭を掻きながら苦笑した。
う~ん、こんなとき何て言えば良いのかな?
耀平は、考えながら視線を泳がせた。すると、耀平の視界に白いマッサージチェア(乾坤圏の操縦席)が飛び込んだ。
それを目にした瞬間、耀平に天啓が下りた。
「ユーリン、座っても良い?」
「え?」
耀平の言葉を聞いて、雨淋が頭を上げた。その直後、雨淋の視界に耀平の姿が映った。
耀平は、左手を掲げて操縦席を指差している。その様子を見て、雨淋は耀平の意図を直感した。
「良いよ」
雨淋は、アッサリ許可した。すると、耀平は躊躇い無く乾坤圏の席に腰を下ろした。
耀平の尻が、操縦席に嵌まった。
耀平は瘦身だ。それでも、乾坤圏の操縦席は小さ過ぎる。耀平の尻が締め付けられている。その為、耀平の太腿まで隙間無く閉じられてしまった。
耀平の固い太腿が、一層硬度を増した。
耀平は左手を掲げて、カチカチ太腿をペチペチ叩いた。その奇行を維持しながら、雨淋に向かって声を上げた。
「どうぞ」
耀平は、雨淋に「太腿に座れ」と要求した。それに対して、雨淋はというと、
「うん」
素直に応じた。
雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら、耀平の太腿に腰を下ろした。耀平の硬い太腿の上に、雨淋の柔らかな臀部が乗る。
二人の身長、及び座高には、それなりに差が有った。今の二人は、宛ら父と娘である。しかしながら、当人達の心情は絶対に親子ではない。
「よ~へくんっ」
雨淋は、嬉しそうな笑みを浮かべながら、耀平の名前を呼んだ。
耀平に用事が有る訳ではなかった。ただ、呼びたかっただけ。殆ど独り言である。
しかし、耀平は即応した。
「これ――」
耀平は右手を掲げた。そこにはシロツメクサの花冠が握られている。そのまま雨淋の頭上に持ってきて、
「あげる」
雨淋の頭に掛けた。
白いパイロットスーツの少女の頭に、白いティアラが乗った。その柔らかな感触は、雨淋の胸を熱くした。
「謝々(ありがとう)」
雨淋の声は震えていた。それを聞く耀平の胸も熱い。顔も火照っている。その変調は、耀平には少し恥ずかしい。
「一寸、形が崩れちゃったけど」
「ううん、很好。とっても素敵」
耀平は、照れ隠しで言い訳を口にした。それに対して、雨淋はフルフル首を振る。
その瞬間、二人の顔にハニカミの笑みが浮かだ。
「「えへへ」」
耀平と雨淋は、暫く笑い合っていた。
その最中、唐突に雨淋が口を噤んだ。耀平は、暫く一人で笑った後、雨淋に続いて口を噤んだ。
「「…………」」
静寂が二人を包む。それを破ったのは雨淋だった。
「よ~へくん」
「お、おす」
「我愛你(愛してる)」
「!」
唐突な愛の告白。耀平にとっては全くの予想外。困惑したし、反応にも困った。
しかし、今の雨淋に「容赦」の二文字は無い。
「よ~へくんは?」
雨淋は、耀平の気持ちを確認した。この質問に対する回答は、ずっと前から輝平の心中に有った。
「俺は――」
耀平は、脳内で様々な愛の言葉を想起した。耀平の心中には、ハッキリ伝えたい思いも有る。
しかし、恋愛に関しては、耀平に雨淋ほどの勇気は無かった。その為、最も婉曲的と思うものを選択した。
「月が綺麗ですね」
「昼間だよ?」
耀平の回答に、雨淋は即応で容赦無く突っ込んだ。それを受けて、耀平は黙った。その直後、耀平の脳内に中世的な男性の声が響き渡った。
((耀平))
「ん?」
((俺が代わりに言ってやろうか?))
ムラマサがお節介を焼く。しかし、その行為に意味は無く、徒に耀平のプライドを傷付けるだけ。
「いや、俺が言う」
耀平はムラマサのお節介を遠慮した。その際告げた言葉は、雨淋の耳にも入っている。
「よ~へくん?」
雨淋の首が傾いだ。その反応は、耀平の視界にバッチリ映っている。
「あ――こほん」
耀平は態とらしい咳払いをした。しかしながら、ムラマサとの会話に対する疑念を誤魔化せたとは思っていない。
耀平は続け様に声を上げた。
「ユーリン」
「うん」
「俺も、ウォーアイニー」
耀平は、雨淋と同じ言葉を告げた。その意味は、当然雨淋に完璧に理解されている。
とっても恥ずかしい。耀平の顔が火照った。しかし、恥ずかしいのは耀平だけではない。雨淋の顔も真っ赤になっている。
「「えへへ」」
耀平と雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら笑い合った。その最中、今度は耀平が口を噤んだ。それを直感して、雨淋も黙った。
今回の沈黙の時間は短い。コンマ数秒。耀平は直ぐ様声を上げた。
「ムラマサ」
((ん?))
「やってみれば、意外にできるもんだな」
耀平の脳内に、乾坤圏との死闘が閃いていた。それを征したり、治めたりできたのは、二人のコンビネーションが有ったればこそ。その想いはムラマサも同じ。
((そうだな))
ムラマサの返答を聞いて、耀平の口許にシニカルな笑みが浮かんだ。その吊り上がった口が僅かに開いて、自信に満ちた言葉が飛び出した。
「余裕だったな」
((だろ))
ムラマサは力強く同意した。その一連の会話は、雨淋には聞こえていない。
「よ~へくん?」
雨淋は、耀平の顔を不思議そうに見詰めた。その視線を浴びながら、耀平は声を上げた。
「俺達、良いコンビだよな?」
耀平の質問に対して、雨淋とムラマサが同時に声を上げた。
「そうだね」
((そうだな))
二人の返事が、耀平の耳と脳内に響き渡る。その瞬間、耀平の顔に微妙な苦笑が浮かんだ。
有魂機人ツクモス The Comrades 了。
乾坤圏の腹の内側には、白いパイロットスーツの小柄な女子がくっ付いている。
胎児ではない。中学三年生の女子だ。
その少女、劉雨淋が張り付く壁面には、外の光景が映し出されている。そこには白と緑の輪が有った。
シロツメクサを編み込んだ花冠。
雨淋は右手を伸ばして、画面に映る花冠に触れている。まるで、愛しい我が子を撫でる親のような手付きで。
雨淋にとって、シロツメクサの花冠は特別な意味が有った。大切な思い出を象徴するアイテムである。命の次の次、そのまた次くらいに大事なものだ。
しかし、今の雨淋の意識は、そこには無い。より以上に気になることが、雨淋の脳内に響き渡っていた。
((ドウシヨウ? アレ、ドウシヨウ?))
中世的な女性の声。雨淋にとって、全く聞いたことがない声だ。それなのに、奇妙な既視感を覚えている。
誰の声なんだろう?
雨淋は辺りに視線を巡らせた。
しかし、声の発信源と思しきものは見当たらない。その事実は、雨淋も先刻承知のこと。
そもそも、謎の声は耳で聞いていない。雨淋の脳内に直接響き渡っている。
幻聴――なのかな?
雨淋は「声」を無視しようとした。自分とはかかわりがないものと思っていた。思い込もうとした。
ところが、「声」の方は雨淋をバッチリ認識していた。
((ユーリン))
「えっ!?」
中世的な女性の声が、雨淋の名前を呼んだ。それに驚いて、雨淋は声を上げた。思わず辺りをキョロキョロ見回した。
その最中、再び脳内に「声」が響き渡った。
((ドウシタライイ?))
「どうしたらって――」
姿が見えない相手からの質問。相手の正体も分からなければ、質問の内容も分からない。むしろ、雨淋の方が聞きたいことだらけである。
「うう~っ」
雨淋は唸り声を上げて、頭を抱え掛けた。その瞬間、乾坤圏の聴覚センサーが外部の音声を拾った。
「ユーリンっ!」
雨淋の耳に、中学生男子の声が飛び込んだ。その声は、雨淋にとっては余りに聞き慣れたものだ。
それを直感した瞬間、雨淋の視線は正面モニターに吸い寄せられた。
そこには、声の主と思しき黒衣の少年が映っていた。
その少年、名取耀平は右手に花冠を握っていた。それを掲げながら声を上げた。
「これっ、あげるっ!」
耀平は、乾坤圏の目(視覚センサー)に向かってシロツメクサの花冠を突き出した。その瞬間、雨淋の視線は花冠に釘付けになった。
凄く綺麗に編んである。きっと、よ~へくんが編んだんだ。
花冠を見詰めるほどに、雨淋の胸が熱くなってくる。その熱をもたらした主因が、雨淋の口から零れ出た。
「よ~へくん」
雨淋は耀平の名前を呼んだ。しかし、耀平はコックピットの外にいる。雨淋の声は届かない。誰の耳にも届かない。雨淋の声に応える者はいない。そのはずなのだ。
ところが、雨淋の声に反応する者がいた。
((ヨ~ヘ、『アゲル』ッテ、イッテルヨ))
あげる。その言葉は、耀平が言ったものだ。例の「声」は。耀平の言葉を聞いている。その事実を直感した瞬間、雨淋の脳内に声の正体が閃いた。
「もしかして――乾坤圏なの?」
((ウン))
雨淋の言葉に、謎の声――乾坤圏は肯定した。その瞬間、雨淋の目が大きく開いた。
これが――乾坤圏の声なんだ。
雨淋にとって、初めて聞く「ツクモスの声」。その事実は、雨淋にとって衝撃だった。信じ難くもあった。その正体を知って尚、雨淋しいの心中には疑念が募っている。
ツクモスの声を信じる為には、それなりの考える時間が必要だ。事実を受け止める時間も必要だ。
しかし、そんなものは与えて貰えなかった。
((ユーリン、ホシイ? アレ、ホシイ?))
乾坤圏は、矢継ぎ早に質問する。雨淋としては「こっちの方が聞きたいことだらけなんだけど」と言いたい。乾坤圏の言葉を聞くほどに、文句の一つも言いたくなる。
しかし、今は後回し。質問よりも、文句よりも、もっと優先すべき言葉が有った。それが、雨淋の口から飛び出した。
「欲しいっ!」
雨淋は即答した。その直後、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。
((ワカッタ。デモ――))
乾坤圏も即答した。しかし、その言葉には続きが有った。
((タタカワナイト。カタナイト))
乾坤圏は戦闘続行を望んだ。その想いは、一字一句違わず雨淋に伝わった。
その瞬間、雨淋の目が吊り上がった。口は「へ」の字に曲がった。その曲がった口から、怒声が飛び出した。
「それは、もう良いからっ!」
乾坤圏のコックピットブロックに、雨淋の大声が響き渡った。その勢いに気圧されたか、乾坤圏は直ぐに返事をしなかった。
十数秒経ったところで、雨淋の脳内に乾坤圏の声が響き渡った。
((モウイイノ?))
「良いのっ!」
乾坤圏の声は、どこか遠慮がち。その口調には懐疑的な響きが籠っている。それを察知して、雨淋はキツイ口調で答えた。ところが、
((ホントウニ?))
乾坤圏はしつこかった。その言葉を聞く雨淋の眉間に深い皺が刻まれていく。
「本当にっ!」
雨淋は、表情通りのキツイ口調で、より大きな声で答え続けた。
((ホントウノホントウ?))
「本当の本当っ」
((デモ――))
「何っ?」
暫く不毛な問答が続いた。その最中、乾坤圏が「しつこく尋ねる理由」を告げた。
((モクテキタッセイデキナイ。トッテモ、イヤ))
乾坤圏は、自身に与えられた役目に拘っていた。その想いは、実は雨淋の中にも有った。それこそ、自分の存在意義と言えるほど大事なものである。
しかし、それにこだわる理由は、既に無い。
試合は終わった。
今の雨淋には戦う理由は無い。戦闘を続行しても結果は覆らない。無意味である。それが分かっているからこそ、乾坤圏の想いは受け入れ難い。
「んんんんんっ」
雨淋は歯噛みしながら唸り声を上げた。
暫く唸った後、雨淋は唐突に右手を掲げた。その人差し指を「ビシッ」という擬音が見えるほど真っ直ぐ伸ばす。その行為の後、火星にまで届きそうな大きな怒声を上げた。
「私にとっては『あっち』の方が大事なのっ!」
雨淋の人差し指の先にはシロツメクサの花冠が有った。その映像は、当然乾坤圏にも見えている。
((アレカ――……))
乾坤圏は考えた。時間にしてコンマ数秒。しかし、乾坤圏にとっては熟考だ。その果てに、結論が出た。
((ウン。タシカニ))
乾坤圏は肯定した。その言葉は、直ぐ様本体に反映された。
巨大なクロアゲハ(乾坤圏)がユックリ降下し始めた。
乾坤圏の進路を阻むものは何も無い。程無くして、乾坤圏はムラマサを担いだまま地上に舞い降りた。
着地と同時に、乾坤圏の黒翼は空気に溶けるように消えた。その為、乾坤圏の体は重力の影響を存分に受ける羽目になった。それに抗う普遍的な方法は、脚で立つことだろう。
しかし、今の乾坤圏には脚が無い。途中から斬り飛ばされている。その為、膝や太腿で着地する羽目になった。実に不安定。支えが必要だ。
そんな都合の良い支えが、乾坤圏の背後にいた。
乾坤圏が着地した際、ムラマサも着地している。
ムラマサの両足は健在だ。二つの足でシッカリ地面を踏みしめている。実に安定している。支えになりうる。
乾坤圏は、ムラマサの両脚にもたれ掛かった。その行為は、当然ムラマサも感知している。
((おい、こら))
ムラマサは不満の意を表した。すると、乾坤圏から声が上がった。
((シカタナイダロ))
遠目に見ると、仲睦まじい光景。しかしながら、互いに対する印象は、正直宜しくない。
((アトデ、セナカ、アラワナイト))
((こいつ、蹴り飛ばしてやりたい))
乾坤圏とムラマサの罵り合い。その口喧嘩は、実は雨淋と耀平にも伝わっている。しかし、二人は全力で無視していた。
乾坤圏が着地した直後、耀平は乾坤圏から飛び降りていた。着地するや否や、振り返って乾坤圏の腹に接近。そこで大声を張り上げた。
「ユーリン、開けてっ!」
耀平と同時に、雨淋も叫んだ。
「乾坤圏、よ~へくんを中に入れてっ!」
耀平達の要求に、乾坤圏は即応した。
乾坤圏の腹に、直径一メートルの穴が開いた。それを直感するや否や、耀平は中に向かって飛び込んだ。
すると、中で白いパイロトスーツの女子が待ち構えていた。
「よ~へくんっ!」
「!?」
雨淋は耀平の名前を呼びながら抱き付いた。その瞬間、耀平の心臓が激しく跳ねた。その振動に衝き動かされるように、耀平の両手が伸びていく。そのまま雨淋の小さな体を抱き締めようとした。しかし、できなかった。
耀平が雨淋を抱き締める直前、雨淋は弾けるように体を離していた。
「!?」
耀平は、直ぐ様両腕を引っ込めた。
このとき、耀平は「抱き締めようとしたことを咎められる」と直感した。「ごめん」という言葉が喉下まで込み上げている。
しかし、実際に謝ったのは雨淋の方だった。
「對不起(ごめんなさい)」
雨淋は、耀平に向かって深々と頭を下げた。その行為は、耀平の視界にバッチリ映っている。
耀平は、左手で頭を掻きながら苦笑した。
う~ん、こんなとき何て言えば良いのかな?
耀平は、考えながら視線を泳がせた。すると、耀平の視界に白いマッサージチェア(乾坤圏の操縦席)が飛び込んだ。
それを目にした瞬間、耀平に天啓が下りた。
「ユーリン、座っても良い?」
「え?」
耀平の言葉を聞いて、雨淋が頭を上げた。その直後、雨淋の視界に耀平の姿が映った。
耀平は、左手を掲げて操縦席を指差している。その様子を見て、雨淋は耀平の意図を直感した。
「良いよ」
雨淋は、アッサリ許可した。すると、耀平は躊躇い無く乾坤圏の席に腰を下ろした。
耀平の尻が、操縦席に嵌まった。
耀平は瘦身だ。それでも、乾坤圏の操縦席は小さ過ぎる。耀平の尻が締め付けられている。その為、耀平の太腿まで隙間無く閉じられてしまった。
耀平の固い太腿が、一層硬度を増した。
耀平は左手を掲げて、カチカチ太腿をペチペチ叩いた。その奇行を維持しながら、雨淋に向かって声を上げた。
「どうぞ」
耀平は、雨淋に「太腿に座れ」と要求した。それに対して、雨淋はというと、
「うん」
素直に応じた。
雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら、耀平の太腿に腰を下ろした。耀平の硬い太腿の上に、雨淋の柔らかな臀部が乗る。
二人の身長、及び座高には、それなりに差が有った。今の二人は、宛ら父と娘である。しかしながら、当人達の心情は絶対に親子ではない。
「よ~へくんっ」
雨淋は、嬉しそうな笑みを浮かべながら、耀平の名前を呼んだ。
耀平に用事が有る訳ではなかった。ただ、呼びたかっただけ。殆ど独り言である。
しかし、耀平は即応した。
「これ――」
耀平は右手を掲げた。そこにはシロツメクサの花冠が握られている。そのまま雨淋の頭上に持ってきて、
「あげる」
雨淋の頭に掛けた。
白いパイロットスーツの少女の頭に、白いティアラが乗った。その柔らかな感触は、雨淋の胸を熱くした。
「謝々(ありがとう)」
雨淋の声は震えていた。それを聞く耀平の胸も熱い。顔も火照っている。その変調は、耀平には少し恥ずかしい。
「一寸、形が崩れちゃったけど」
「ううん、很好。とっても素敵」
耀平は、照れ隠しで言い訳を口にした。それに対して、雨淋はフルフル首を振る。
その瞬間、二人の顔にハニカミの笑みが浮かだ。
「「えへへ」」
耀平と雨淋は、暫く笑い合っていた。
その最中、唐突に雨淋が口を噤んだ。耀平は、暫く一人で笑った後、雨淋に続いて口を噤んだ。
「「…………」」
静寂が二人を包む。それを破ったのは雨淋だった。
「よ~へくん」
「お、おす」
「我愛你(愛してる)」
「!」
唐突な愛の告白。耀平にとっては全くの予想外。困惑したし、反応にも困った。
しかし、今の雨淋に「容赦」の二文字は無い。
「よ~へくんは?」
雨淋は、耀平の気持ちを確認した。この質問に対する回答は、ずっと前から輝平の心中に有った。
「俺は――」
耀平は、脳内で様々な愛の言葉を想起した。耀平の心中には、ハッキリ伝えたい思いも有る。
しかし、恋愛に関しては、耀平に雨淋ほどの勇気は無かった。その為、最も婉曲的と思うものを選択した。
「月が綺麗ですね」
「昼間だよ?」
耀平の回答に、雨淋は即応で容赦無く突っ込んだ。それを受けて、耀平は黙った。その直後、耀平の脳内に中世的な男性の声が響き渡った。
((耀平))
「ん?」
((俺が代わりに言ってやろうか?))
ムラマサがお節介を焼く。しかし、その行為に意味は無く、徒に耀平のプライドを傷付けるだけ。
「いや、俺が言う」
耀平はムラマサのお節介を遠慮した。その際告げた言葉は、雨淋の耳にも入っている。
「よ~へくん?」
雨淋の首が傾いだ。その反応は、耀平の視界にバッチリ映っている。
「あ――こほん」
耀平は態とらしい咳払いをした。しかしながら、ムラマサとの会話に対する疑念を誤魔化せたとは思っていない。
耀平は続け様に声を上げた。
「ユーリン」
「うん」
「俺も、ウォーアイニー」
耀平は、雨淋と同じ言葉を告げた。その意味は、当然雨淋に完璧に理解されている。
とっても恥ずかしい。耀平の顔が火照った。しかし、恥ずかしいのは耀平だけではない。雨淋の顔も真っ赤になっている。
「「えへへ」」
耀平と雨淋は、ハニカミの笑みを浮かべながら笑い合った。その最中、今度は耀平が口を噤んだ。それを直感して、雨淋も黙った。
今回の沈黙の時間は短い。コンマ数秒。耀平は直ぐ様声を上げた。
「ムラマサ」
((ん?))
「やってみれば、意外にできるもんだな」
耀平の脳内に、乾坤圏との死闘が閃いていた。それを征したり、治めたりできたのは、二人のコンビネーションが有ったればこそ。その想いはムラマサも同じ。
((そうだな))
ムラマサの返答を聞いて、耀平の口許にシニカルな笑みが浮かんだ。その吊り上がった口が僅かに開いて、自信に満ちた言葉が飛び出した。
「余裕だったな」
((だろ))
ムラマサは力強く同意した。その一連の会話は、雨淋には聞こえていない。
「よ~へくん?」
雨淋は、耀平の顔を不思議そうに見詰めた。その視線を浴びながら、耀平は声を上げた。
「俺達、良いコンビだよな?」
耀平の質問に対して、雨淋とムラマサが同時に声を上げた。
「そうだね」
((そうだな))
二人の返事が、耀平の耳と脳内に響き渡る。その瞬間、耀平の顔に微妙な苦笑が浮かんだ。
有魂機人ツクモス The Comrades 了。
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