下っ腹がでてきた

高穂

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下っ腹がでてきた

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「なあ……俺、下っ腹が出てきた気がするんだけど。」

 風呂上がり、洗面所の鏡を見つめながら、誠はぽつりとつぶやいた。
 
 ぽん、と腹をつついた指に、ぷに、とした反応が返ってくる。見事なまでに素直な下っ腹だった。

 それを後ろから見ていた妻の絵里は、タオルで髪を拭きながら答えた。

「うん、出てるね。正直、ちょっと前から気づいてたよ。」

「え、なんで言ってくれなかったの?」

「だって本人が幸せそうだったから。ビール片手にアイス食べてる顔、すっごく満足そうだったよ?」

「……ぐぅ。否定できん」

 

 誠はサラリーマン生活十年目。絵里とは結婚して七年。結婚当初、細身だった体型は、穏やかな日々と夜のビールと嫁のうまい料理によって、少しずつ「実り」を見せ始めていた。

 

 翌日。

「これ、買ってきたよー。」

 絵里が手渡してきたのは、ヨガマットとダンベル、それから「初心者でも3日坊主にならない筋トレ本」。

「え、やるの? 俺と?」

「ううん、誠君がやるの。私は笑って見てるから。」

「ひどくない!?」

 

 とはいえ、その夜から夫婦の「なんちゃって筋トレタイム」が始まった。

 テレビの前にマットを敷き、絵里がタイマーをセット。誠は腕立て、腹筋、スクワットに挑むが、十回もすればぜえぜえ息が上がる。

「……絵里さん、数え方が独特だよ。」

「“一・二・三・四・四・四!”って数えてるだけだよ?」

「先に進んでないよ!」

 

 それでも毎日十五分。運動のあとには、ふたりでプロテイン入りバナナスムージーを作って乾杯するのが日課になった。

 「今日のバナナ、甘くてうまいね。」
 「誠君の努力分、カロリー帳消しになった気がするね。」
 「それ、褒めてるの……?」

 そんなやり取りが、だんだん楽しくなってくる。

 

 一ヶ月後。

「ねえ、最近ちょっとお腹、へこんできた?」

 絵里が何気なく言った。

「マジ? やっぱ効果出てる?」

「……うん、なんかね。しゃがんだとき、腹のお肉が前に出なくなった気がする。」

「しゃがみ視点!?」

 

 ふたりで笑い合うその時間が、筋トレよりもよっぽど心に効いていた。

 

 ——下っ腹が出てきた。
 それは夫婦で見つけた、ちょっとした合図。お互いの変化に笑い合って、寄り添って、生きていく。

 これからも、下っ腹が出ようが引っ込もうが、ふたりでそれを話題にして笑えるなら、それでいい。
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