悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

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第8章  収束への道のり

292. 解放

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 妖精の祝福を受けている協力者からの知らせを持って王城へ行くと、ニールデンとケネスが待っていた。

「昨日はありがとうございました。尋問の内容を確認させていただきました」
「はい。フィンレー卿も封印の強化をありがとうございました。魔物なども出たようですね」
「ええ、封じられている筈なのに、目覚めているだけでも喚ぶようですね。厄介な化け物です」

 本当に、はるか昔のその化け物を倒した英雄はどのような者だったのかと感心する。『首』一つにこんなにも自分たちは翻弄されていると言うのに。

「これが妖精の祝福の加護を持つ協力者からの書簡です」

 受け取ったそれに目を落として、ニールデンは小さく息を吐いた。

「祈りか死かですか。本当にシンプルだ。では、祈らなければ処刑を」
「ニールデン公爵」
「迷いなどありませんよ。それだけの事をあの男はしたのです。ですが、魔力量が多いようですので思いが残りすぎてアンデッドにでもなったら厄介です。なんとか、生きて償う方向へは持っていきたいですね」
「…………生きて償うですか。そうですね。アンデッドは確かに面倒だ」
「とりあえず、話をしてみましょう」

 ニールデンはチャッドの元へと向かった。



「おはようございます。考えは少しはまとまりましたか?」
「……私が影から人々を出す事が出来たら、ジョゼフ様へのご支援を続けて下さるのか」
「私は公爵家としてそれぞれの施設にきちんと寄付をして、施しをおこないますよ。今まで通りに。ただし、再興や、養子などという事は無理です」
「…………それはもう、分かっている」
「そうですか。それで?」
「影から出したい。でもどうしたらいいのか分からないんだ。いくら考えても分からない。妖精の力なんて声に教えられるまで知らなかった。方法を教えてほしい」

 うなだれたチャッドをニールデンはじっと見つめていた。そしてゆっくりと口を開く。

「…………貴方が死ぬことだそうです」
「え……」
「貴方が死んで、捕らえている影が無くなれば集めた人間たちは元の世界に戻れるそうです」
「…………」
「どうしますか? まぁこちらで百名近い人間を出されても困りますので場所は変えますが」

 ニールデンは何でもない事のようにそう言った。チャッドはそれを呆然と眺めて、そしてクシャリと顔を歪めるように笑った。

「分かった。それだけの事をしたと思う。でもどうかジョセフ様に何かが及ぶような事だけは。何もご存じないのです。一生懸命生きておられるのです。私は、私の命で私の罪を償います。ですからどうぞ、これからも公爵家としての施しを変わらずに続けていただきたい。それを約束してほしい」
「分かりました。かの施設への寄付など、必ず約束を果たしましょう。では場所を変えます。百名近くが影から出てこられる所へ」


 ニールデンの言葉にチャッドは静かに頷いた。そして、その二人をケネスとデイヴィットは黙って部屋の隅で黙って見つめていた。


-*-*-*-*-*-


 冬晴れの良い天気だった。菱形の王都の北の先端を守るように位置するそこは、雪はそれほど降らないものの、それでもそれなりに寒くなる。

「………ここは……」
「べウィック公爵家の屋敷があったところです。アンデッドなどの騒ぎがありましたので、屋敷も焼き払い、土地も全て聖神殿の神官たちによって浄化をされています。貴方がその力を奪おうとしていた光の愛し子も、自らそれを申し出ました」
「!」
「知らなかったですか? まぁ公にはなっていませんからね」

 そう言って今は広大な冬枯れの草原になっているそこに、フィンレーとレイモンドの当主とそれぞれの騎士団の一隊。そして王国の近衛騎士団の一隊とスタンリー当主。さらに賢者であるメイソン子爵。そして見届けとしてシルヴァンの側近たちがそこに加わった。

「……自死でも、咎人として殺されるのでも何でもいいです。よろしくお願いします」

 チャッドはかつて屋敷のあったそこを見つめながら静かに涙を流してそう言った。

「そうですか。ではまずは祈りを」
「祈り?」
「ええ、本当に影から出したいと思って命を捧げなければなりませんから」
「…………そうですか。では、祈ります」

 そう言ってチャッドはまだ丈の短い草むらに膝をつき、大地に額をこすりつけるようにして背を丸めて深く深く叩頭した。

 さわさわと渡る風はまだ冬のものだったが、それでも日差しは確実に次の季節へと向かっているのが判った。 
 その日の光の中でなにかがキラキラと踊るように輝いているのをニールデンたちは見つめていた。

「祈りなさい、チャッド。心から。捕らえた者達を全て開放すると。ここへ出すと。私も、約束を守りましょう」

 そう言ってニールデンは普段を帯刀していない剣を鞘を抜かないまま、平伏している男の首に当てた。びくりとその身体が震えた。けれどその頭は上がらず、その身体は祈りを捧げたまま動かなかった。

 ざわざわとどこか遠い所から声がする。けれどまだそれは遠くて頼りない。

「もう少しですよ。もう少し。……チャッド、祈れ、全身全霊で。奪った者達をここへ!」

 そう言ってニールデンは剣を振り上げて、その背中に下ろした。
 その瞬間、光が広がって、人々の姿が形取られていく。
 誰も、動かなかった。
 誰も、動けなかった。

「さて、全員出てこられたでしょうか?」

 最初に口を開いたのはニールデン公爵だった。
 そして次の瞬間、ワァッと歓声が上がった。

「よくやった。チャッド」
「……え……わた、私は……」
「鞘付きの剣では人は切れないな」

 呆れたようにケネスがそう言った。

「鞘付き……」
「さて、剣はどうにも苦手でしてね。腕は拘束します。自死が出来ない魔法もかけます」
「なんで……どうして……」
「件の施設は人手不足で、できれば大人の男を雇いたいそうです。魔法が出来るならば尚良し。子息だけでなく一緒にいる子供たちの為に残りの命、使う事は出来ませんか。そうすれば、私がきちんと約束を守っているのか監視も出来る」
「…………」
「ランドール領は元べウィック領とそれほど大きく変わらないし、住みやすい場所です。領主も聞く耳を持つ者で、しかもフィンレー当主夫人のご実家だ。万が一にでも何かがあれば色々と融通も利くでしょう」
「……あ、あり、ありがとうございます。ありがとうございます! 申し訳ございませんでした! ありがとう、ございました!」
「べウィック公爵を慕っているのなら、公爵に恥じないように生きなさい」
「はい!」

 甘い沙汰だと言われるかもしれない。けれどこの事を知るのはここに居る当主たちと、国王、そして第二王子の側近の者たちだけだ。後はどう漏れても、どうにでもなる。これは下手に殺して禍根を残してはならない案件なのだ。
 そう言ったニールデンに他の当主たちは「そうですね」と頷いた。



「何だかものすごく長い夢を見ていたような感じだよ。ずっとうつらうつらしていた感じもするけれど、それで疲れが取れているのかと言えばそうでもない」

 そう言ったのはロイス・ニールデンの親友の侯爵子息だった。

「君らしいよ。まぁともあれ、無事に帰って来てくれて良かった。振り向いたら消えていた私の気持ちを考えてくれ。本屋と食事は仕切り直しだな。ただし、もうどこかで寝てるのは止めてほしいね」
「あははは。そうだね。私もそう思うよ。ロイス、探してくれてありがとう。ただいま」
「ああ、お帰り。ハインツ」

 二人はそう言って肩を叩いて笑った。



 他の者達もそれぞれに聴取をしてからそれぞれの家へと戻った。一応レイモンドとフィンレー、スタンリー、そしてニールデンの魔導騎士たちが転移をして送り届けた。
 グレアムへの報告はハワードとニールデンが行い、シルヴァンへの報告はアルフレッドたちが行った。
 貴族たちに限られたが、無事に戻る事を待っていた者達に嬉しい便りが魔導書簡で届けられた。
 フィンレー家に届いた知らせはすぐにエリックに伝えられて、彼はそのまま婚約者の家へと飛んだ。
 こうして二の首<死>が引き起こした一連の事件は幕を閉じて、翌日エディの友人たちもそれぞれの家に戻る事になった。

「また、学園で会おうね」
「とても有意義な、というと語弊があるかもしれないが、でも良い時間を過ごさせてもらった。ありがとう」
「学園では知りえない事や、贅沢な勉強をさせてもらったよ。ありがとう」
「楽しかった。ほんとにいい時間だった。知らない事の中に興味を持てそうなことが沢山あったよ。エディ、ありがとう。また学園で」
「本当にお世話になりました。また勉強会でもよろしくお願いします」

 皆は口々にそう言って帰っていく。
 来週からはいつも通りに学園だ。

 別館から本館へと戻って自分の部屋に行くと僕は思わずはぁっと大きく息をついた。それを聞いてマリーが「お疲れさまでした」と微笑んだ。

「うん。僕らも明日タウンハウスへ戻ろう。学園に行く準備をしなくては。沢山課題が出ていたらどうしよう」
「大丈夫ですよ。きっとアルフレッド様が手伝って下さいます」
「ええ⁉ 兄様はお忙しいのに」
「でも山のような課題を抱えてエドワード様が身体を壊されたらきっともっと大変です」
「…………うん。そうかもしれないね」

 少しだけ赤くなってしまった顔を隠すようにして僕は窓の外を見た。
 もうすぐ三の月。フィンレーの雪も解け始める。

「乗馬の季節もやって来るな……」

 そう小さく呟いて、僕はあのグローブを思い出した。


-----------

ふふふ、乗馬。
兄様忘れていないと思います。
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