悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

tamura-k

文字の大きさ
164 / 303
第8章  収束への道のり

【エピソード】- マリアンナ①

しおりを挟む
 マリアンナがルフェリット王国のやや南寄りに位置するイースティン子爵領に生まれたのは、春の花が咲き始めた頃だった。
父であるイースティン子爵は特出するような才はないが、穏やかで堅実な男で、母である夫人も子供たちを可愛がる優しい母であった。

 イースティン領は割合古くからある家で、特産物は紅茶と綿だった。綿は貴族たちの中ではそれほど多くは用いられる素材ではないが、平民には重宝している布で、マリアンナは夏の日差しの中で揺れる黄色の綿の花も、秋になって綿の実がボコボコと一面に白く弾けている畑を見渡すのも大好きだった。

 嫡男である四つ違いの優しい兄と、初めての女の子を可愛がる両親と祖父母。そんな幸せな家族の生活にヒビが入ったのはマリアンナが6歳になって魔法鑑定を受けてからだった。
 その日、マリアンナは初めての大きな街への外出に浮かれていた。魔法鑑定をすると自分の持っている魔法属性がはっきりと決まる。そうすればこれからは兄のように魔法を使う事が出来る。勿論女の子なので魔導騎士になるような勉強をさせてもらえるわけではないが、それでも自分の属性魔法でどんな事が出来るのか、何を気を付けなければならないのか先生がついてきちんと教えてくれるのだ。

「魔法をつかえるようになったら何をしようかな」
「ふふふ、マリー。女の子は魔法よりも刺繍や編み物が出来る方が喜ばれますよ」
「でも母様、生活魔法はメイドたちもつかっているでしょう? マリーはまずクリーンをおぼえます」
「そうね。お転婆なマリーは色々なところで転んだりするから、クリーンはきっと役に立つわ」
「綿花の畑にもいくから、きっと沢山つかうよ。秋はいつも綿だらけだったもの」
「兄様、そんな事言ったらだめよ。でもマリーは綿の花も、綿の実もすき。だってとてもきれいなんだもの」
「マリーはちょっと変わっているよ。普通の女の子は綿の花よりも薔薇とか百合とかそう言う花の方が好きだって言うのにさ」

 兄の言葉にマリアンナは小さく頬っぺたを膨らませて「お花はみんなきれいですよ。マリーもバラの花はいい匂いがするから好き。母様の匂いなの」と言った。
「ふふふ、そうね。薔薇の花の香りが母様は大好き」
「さぁ、着いたよ。我が家のお姫様の魔法鑑定をしてこよう」

 馬車から皆で降りて神殿へと入った。
 属性が決まったら街で食事をして、買い物をしてから屋敷に帰る予定なのだ。それも楽しみだった。それなのに。

「マリアンナ・イースティン様 6歳 魔法属性は闇。スキルは珍しいですね。<希望>というスキルをお持ちです。魔力量が大きいので、必ずきちんとした師をつけることをお勧めします。幼いうちは魔力の扱いになれておらず魔力暴走などを起こしてしまう事もございますので」

 神官の言葉にマリアンナの両親は困惑したような顔をした。

「あの、神官様。お恥ずかしい話ですが、我が家では闇属性の者はおりません。何かの間違いではないでしょうか」
「いえ、間違いはございませんよ。こちらに記されている通り、マリアンナ様は闇属性の魔法をお持ちです」
「あ、あの、闇属性というのはどういったものなのでしょうか」
「特に悪い属性というわけではないのですよ。負の属性のような響きがありますが、そうではありません。そうですね。夜の安息と眠りのように人々の精神を整えたり、調和を司るような属性とも言われています。魔導騎士の中では割合強い属性として訓練をしていくようですが、お嬢様ですので暴走をしないようにとだけ気を付けてさし上げて下さい。他の属性魔法が取得できないわけではないのでその点も、師となる方とご相談をして下さいね」

 両親はどうしていいのか分からないという顔をしていた。その日の街での食事と買い物は中止になった。
 祖父に相談をして急いで魔法の講師を探す事にした。けれど闇属性の女の子というとなぜかうまく決まらない。扱い方が難しいとはっきり言う者もいた。そうしている間に両親たちはマリアンナに対して腫れ物を扱う様な接し方になった。後に分かったが、母の不義が疑われていたらしい。イースティン家には闇属性の者はいない。それが父にも母にも大きな負担と影を落とした。
 結局当たり障りのない講師が付き、魔法についての一般的な注意だけをするにとどまった。

 マリアンナは闇属性というものがどうしてそんなにも忌嫌われ、厭わられるのものなのか分からなかった。そして分からないままのものが自分の中にあるという事が耐えられなかった。
 分からなければ調べればいい。それがマリアンナが出した答えだった。
 2年経つと兄が王都の学園へ入ってしまった。両親は相変わらずマリアンナの事を持て余していて、以前のように構う事はなくなった。それを淋しいとは思ったけれど、それでも声をかけて顔を曇らせる両親を見たくなかった。
 だからマリアンナは言われた通りに礼儀作法や、刺繍、編み物、ダンスなどの勉強をしながら祖父の所にあった魔法書を読み漁った。

(闇魔法って、そんなに怖いものではないみたい。それよりも結構色々使えそう)
 
 暴発をしないように気を付けて、マリアンナは少しずつ闇魔法を取得していった。神殿で言われた通り魔力量は高いようで、ほんの一時付いた講師から初歩的な魔力の出し方や制御をする方法などは聞いていたので、それを応用してゆく術を磨いた。
 防御もあるが、攻撃にも使える魔法が多い闇属性の魔法。こんなものが出来るようになってどうするのかという気持ちもあったけれど、いずれは家を出なくてはならない。それならばきっと出来る事は多い方がいいとマリアンナは考えた。

(それに、父様や母様がこんな感じだもの。きっと闇魔法を持っている女の子なんてお嫁さんにしたいと思う人なんていないわ)

 そうしてマリアンナが十歳になった時に弟が生まれた。両親はあまり会わせたがらなかったが、なぜか弟はマリアンナを慕った。十二になって学園へ行く時にはとても泣かれた。
 弟のジョゼフは度々熱を出した。少し身体が弱いのかもしれないと両親は更に末の弟を可愛がった。
 
 そして悲劇はマリアンナが学園からサマーバカンスで帰省をしていた十五歳の夏に起こった。

「マリ姉さま、今日も畑にでかけるのですか?」
「そうよ。綿の花が咲いていてとても綺麗なの。お兄様はあんなつまらない花って仰るけれど、一日だけしか咲かない黄色の花は夏の青い空にとても映えるのよ」
「いいなぁ。僕も綿の花をみてみたい」
「そうねぇ、じゃあ、一枝持って帰って来るわ。強い植物だから花瓶でもきっと白くて綺麗な綿花を見せてくれるから両方楽しめる」
「黄色のお花がさくのに、また白いお花がさくのですか?」
「ふふふ、実際に見た方が判るわ。黄色い花が咲いた後、実が出来るの。それが熟してポンと弾けると真っ白の綿が飛び出して花のように見えるのよ」
「マリ姉さま、僕も綿の畑をみてみたい」
「元気になったら一緒に行きましょう」
「何をしているの! ジョゼフは身体が弱いのですよ、無理をさせないで頂戴!」
「……すみません、お母様。ジョゼフゆっくり休んでね」
「マリ姉さま、お花、約束ですよ」

 いきなり部屋に入ってきて睨みつけてくる母の横を通り過ぎて、マリアンナは外へと出た。学園に行って少し離れれば違うかもしれないと思った父母の態度は年を追うごとにひどいものになっていく。
 どうしてこんな事になってしまったんだろう。そんなに闇属性の魔法というのは両親にとって悪いものなんだろうか。自分には<希望>というスキルがあるのに、そんなものは全く感じられなかった。

 約束通りに綿の黄色の花が明日にでも咲きそうな一枝を持って帰ってくるとジョゼフは嬉しそうな顔をした。それを眺める母の顔はひどく恐ろしかった。
 翌日黄色の花が咲く前に枝はジョゼフはの部屋から消えていた。

「どうして! お花がなくなってしまったのですか! 楽しみにしていたのに!」
「畑の花など汚らしい。お花が見たいのなら庭師に行って、綺麗な花を用意しましょう」
「ちがいます! 僕は、僕は……」

 咳込んだジョゼフに母はその身体を抱き寄せようとして、小さな悲鳴を上げた。

「ジョゼフ……」
「痛い! 痛い! 苦しい!」

 そう言いながら胸を掻き毟るようにした幼い身体からゆらりと何かが立ち昇った。

「!!誰か! 誰か来て! ジョゼフが!」

 部屋の中のものが空中に舞った。父とマリアンナも部屋に駆け付けてその状態に唖然とする。

「痛い! 助けて! 助けて!! マリ姉さま! 助けて!」

 泣きながら伸ばされた手を取ろうとして父に払われた。

「何をしたんだ!」
「え……」
「ジョゼフに何をしたのよ!」

 何を言っているのだろう。自分もたった今ここに来たのだ。大体そんな事を言っている場合ではない。これは……

「違います! これは魔力暴走です! このままではジョゼフが」
「まだ魔法鑑定もしていないのに魔力暴走など起きる筈がない!」
「お前が闇魔法という恐ろしいものでジョゼフを殺そうとしてるのよ! この悪魔!!!」
「ちが、ちがう、ちがう!! 早く止めて、早く! 魔力を、ジョゼフの魔力を抑えて!」

 泣きながら叫んだ視界の中で、幼い身体が倒れていくのが見えた。


 ◇◇◇


 ジョゼフの小さな身体は土に還された。

 マリアンナは祖父の魔法書で知っていた。
 幼い時は魔力が安定せず、特に魔力量の多い子供は魔力暴走を起こしやすいので注意をして時折魔力を発散させなければならない。時として魔法鑑定の前にも現れる事があり、鑑定後より更に魔力が不安定な為、その魔力よりも大きな力で抑え込み、すぐに神殿へ連れて行く事。
 でも、知っていても何一つ出来なかった。

 母は寝込み、父は口を聞かず、王都に残っていた兄は帰ってきて葬儀を終えると、ただ「お祖父様を頼りなさい」と言った。元々父母に疎まれるマリアンナを不憫に思って、祖父母はマリアンナを影ながら見守り、屋敷にも寄せていたのである。
 兄はマリアンナを切り捨てる為にそう言ったわけではなかった。それはマリアンナを守る為の言葉だった事を彼女は後で知った。魔法鑑定の後で父母が変わってしまった事を兄なりに気にしていたのだ。
 学園の後期が始まり、いつの間にか広まっていた噂はマリアンナを孤独にさせた。そして初等部が終了した年の暮れ、彼女は兄に言われていた通り、実家ではなく祖父母の屋敷へと向かった。


---------------

いつか書こうと思っていたマリーの話です。
短く詰め込むのでやや説明的な文面になりますが、マリーがどういった心情でエディと過ごしてきたのか、あの盲目的とも思える様な態度と、あれほどまでに闇魔法を取得している理由なども少し伝わっていただけたらと思います。
しおりを挟む
感想 945

あなたにおすすめの小説

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。