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80 待っていたんだ
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マルリカの実の最後の一組は二の月の二十五日に販売されたそうだ。
僕は心のどこかであと五日だったなって考えて、その度に自分で決めた事だと気持ちを抑え込む事を繰り返していた。
そして、二の月の二十九日。僕はマルリカの実の温室にいた。
来年度の実は順調に育っていて、予定通り三の月の一日に収穫が出来そうだった。
今年はマルリカ用の新しい温室をお祖父様に作ってもらったので、苗木を沢山増やしたから収穫量もかなり増えるはずだ。昨年が4764個。多分倍以上の収穫になると思う。
もっとも収穫自体は手で一つ一つ採るわけでなく、魔法で収穫をするし、少し成長が足りない実は【緑の手】の魔法で成長をさせてしまうから一日で終わるんだよね。
だから作業としては問題はないんだけど、昨年の話し合いでも上がっていた、管理と今後の栽培についても考えていかないといけない。
いつまでも僕とマークとハリーで温室の管理をするわけにはいかないし、将来的にどういう形になっていくのが望ましいのか、きちんと話し合わないと駄目だと思う。
それにこのままどんどん栽培する数が増えていったら、やっぱり人を雇わなければならないし、今は非公式になっているけれど、グリーンベリーが2カ国分の実を作っている事が分かれば、あのエターナルレディの薬草の時のように独占栽培をしていると、おもしろく思わない人はきっと一定数いる筈だ。
だから白いイチゴみたいに試験場の畑に移して、温室外でも育つ事が実証出来ても栽培を広げていく事も出来ないと思う。
だってあんな事件があったからどこででも栽培をするわけにはいかないものね。きっとこの屋敷のように悪意のある者が近づけない守りが必要になる。
「どうしていくのがいいのかな」
赤く色づいた実を眺めながら僕はポツリと呟いた。
ルフェリット国内の栽培拡大も難しいけど、シェルバーネはマルリカの木が育ってちゃんと実がなるのかも分からない。砂漠化はまだ緩やかに続いているらしいし、砂の上で育つ小麦は出来たけれど、それだってまだまだ改良中だし、他のものも育っていって欲しい。
きっとシェルバーネでマルリカの木が根付いて育ち、実がなるには時間がかかるだろうな。
でもちゃんと考えないといけないよね。だってマルリカの実は命の実だもの。
どうなっていくのがいいのか。変えていく事で起きてくる問題はないのか。
そして、子供が欲しいと願う人達にきちんと行き渡るように……
「エディ」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げると温室に兄様が入ってくるのが見えた。
「収穫前に確認?」
そう言って隣に並んだ兄様に、僕は「はい」と答えた。
「大きさも、色も問題ないみたいなので、予定通りに明後日に収穫出来そうです」
「それなら良かった。この温室が出来た時はさすがに大きすぎるだろうと思ったけれど、見事に育ててしまったね。エディはすごいな」
畑を見つめたまま兄様が話す。
「私達もエディに負けないようにこれからこの木をどうしていけば良いのかしっかりと考えていかなければいけないね」
「……はい」
本当に兄様はどうして僕が考えている事が分かってしまうんだろう。小さな頃からずっと、何も言わなくても僕が考えている事が分かるんだ。だからきっと、ここにこうしているわけも分かってしまっているのかな。実は僕はまだグリーンベリーのマルリカの実が終わってしまった事を伝えていない。でも多分兄様はもうそれを知っているんだよね。
「あの、アル」
「うん?」
振り向いた顔。真っ直ぐに見つめてくる大好きな水色の瞳。
「本当はもっと早く言わなければいけなかったんだけど、グリーンベリーのマルリカの実は二十五日に終わりました」
「そう。それは残念だったね。ここ数日少し元気がないなって思っていたんだ。話してくれてありがとう」
ああ、やっぱり気づいていたんだなって思った。でも僕が話すのを待っていてくれたんだな。
だから僕も、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
「来年度の実を見て、欲しい人にきちんと行き渡るようにしたいなって思っていました。今回は受け取りに行かれなかったけど、次はもっと早めに受け取りに行きたいなって思います。僕は、自分が思っていた以上に、マルリカの実を受け取りに行く事を楽しみにしていたみたい」
そう言って小さく笑った僕の顔を兄様はなんだか眩しいものを見るみたいな顔をして見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「実はここに来たのはエディに相談したい事があったからなんだ」
「相談?」
「うん、あのね、エディはグリーンベリーの領主だけど、私はフィンレーの跡継ぎだ。だからちょっとずるいけど、フィンレーの神殿でも実をいただく事が出来てね、いつもなら年内に終わってしまうグランディスの神殿にまだ一組だけマルリカの実が残っているって聞いたんだ。何だか私達が迎えに来るのを待っているみたいだなって、もしかしたらグランディス様のお陰なのかなって思ったんだよ」
「…………………」
「明日、一番に迎えに行かないかい?」
僕の瞳から涙が零れた。
ほらね、兄様はいつだって僕の気持ちが分かってしまうんだ。
「行く。行きます!」
「うん、そうしよう」
飛びつくようにして抱きついた僕の身体を兄様はギュッと抱きしめた。
こうして僕達は、フィンレーの神殿で最後のマルリカの実を手に入れた。
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僕は心のどこかであと五日だったなって考えて、その度に自分で決めた事だと気持ちを抑え込む事を繰り返していた。
そして、二の月の二十九日。僕はマルリカの実の温室にいた。
来年度の実は順調に育っていて、予定通り三の月の一日に収穫が出来そうだった。
今年はマルリカ用の新しい温室をお祖父様に作ってもらったので、苗木を沢山増やしたから収穫量もかなり増えるはずだ。昨年が4764個。多分倍以上の収穫になると思う。
もっとも収穫自体は手で一つ一つ採るわけでなく、魔法で収穫をするし、少し成長が足りない実は【緑の手】の魔法で成長をさせてしまうから一日で終わるんだよね。
だから作業としては問題はないんだけど、昨年の話し合いでも上がっていた、管理と今後の栽培についても考えていかないといけない。
いつまでも僕とマークとハリーで温室の管理をするわけにはいかないし、将来的にどういう形になっていくのが望ましいのか、きちんと話し合わないと駄目だと思う。
それにこのままどんどん栽培する数が増えていったら、やっぱり人を雇わなければならないし、今は非公式になっているけれど、グリーンベリーが2カ国分の実を作っている事が分かれば、あのエターナルレディの薬草の時のように独占栽培をしていると、おもしろく思わない人はきっと一定数いる筈だ。
だから白いイチゴみたいに試験場の畑に移して、温室外でも育つ事が実証出来ても栽培を広げていく事も出来ないと思う。
だってあんな事件があったからどこででも栽培をするわけにはいかないものね。きっとこの屋敷のように悪意のある者が近づけない守りが必要になる。
「どうしていくのがいいのかな」
赤く色づいた実を眺めながら僕はポツリと呟いた。
ルフェリット国内の栽培拡大も難しいけど、シェルバーネはマルリカの木が育ってちゃんと実がなるのかも分からない。砂漠化はまだ緩やかに続いているらしいし、砂の上で育つ小麦は出来たけれど、それだってまだまだ改良中だし、他のものも育っていって欲しい。
きっとシェルバーネでマルリカの木が根付いて育ち、実がなるには時間がかかるだろうな。
でもちゃんと考えないといけないよね。だってマルリカの実は命の実だもの。
どうなっていくのがいいのか。変えていく事で起きてくる問題はないのか。
そして、子供が欲しいと願う人達にきちんと行き渡るように……
「エディ」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げると温室に兄様が入ってくるのが見えた。
「収穫前に確認?」
そう言って隣に並んだ兄様に、僕は「はい」と答えた。
「大きさも、色も問題ないみたいなので、予定通りに明後日に収穫出来そうです」
「それなら良かった。この温室が出来た時はさすがに大きすぎるだろうと思ったけれど、見事に育ててしまったね。エディはすごいな」
畑を見つめたまま兄様が話す。
「私達もエディに負けないようにこれからこの木をどうしていけば良いのかしっかりと考えていかなければいけないね」
「……はい」
本当に兄様はどうして僕が考えている事が分かってしまうんだろう。小さな頃からずっと、何も言わなくても僕が考えている事が分かるんだ。だからきっと、ここにこうしているわけも分かってしまっているのかな。実は僕はまだグリーンベリーのマルリカの実が終わってしまった事を伝えていない。でも多分兄様はもうそれを知っているんだよね。
「あの、アル」
「うん?」
振り向いた顔。真っ直ぐに見つめてくる大好きな水色の瞳。
「本当はもっと早く言わなければいけなかったんだけど、グリーンベリーのマルリカの実は二十五日に終わりました」
「そう。それは残念だったね。ここ数日少し元気がないなって思っていたんだ。話してくれてありがとう」
ああ、やっぱり気づいていたんだなって思った。でも僕が話すのを待っていてくれたんだな。
だから僕も、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
「来年度の実を見て、欲しい人にきちんと行き渡るようにしたいなって思っていました。今回は受け取りに行かれなかったけど、次はもっと早めに受け取りに行きたいなって思います。僕は、自分が思っていた以上に、マルリカの実を受け取りに行く事を楽しみにしていたみたい」
そう言って小さく笑った僕の顔を兄様はなんだか眩しいものを見るみたいな顔をして見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「実はここに来たのはエディに相談したい事があったからなんだ」
「相談?」
「うん、あのね、エディはグリーンベリーの領主だけど、私はフィンレーの跡継ぎだ。だからちょっとずるいけど、フィンレーの神殿でも実をいただく事が出来てね、いつもなら年内に終わってしまうグランディスの神殿にまだ一組だけマルリカの実が残っているって聞いたんだ。何だか私達が迎えに来るのを待っているみたいだなって、もしかしたらグランディス様のお陰なのかなって思ったんだよ」
「…………………」
「明日、一番に迎えに行かないかい?」
僕の瞳から涙が零れた。
ほらね、兄様はいつだって僕の気持ちが分かってしまうんだ。
「行く。行きます!」
「うん、そうしよう」
飛びつくようにして抱きついた僕の身体を兄様はギュッと抱きしめた。
こうして僕達は、フィンレーの神殿で最後のマルリカの実を手に入れた。
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