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81 収穫前夜
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二の月の終わりに、まるで僕達の事を待っていてくれたみたいにグランディスの神殿に残っていたマルリカの実。
マジックポーチにしまっていたそれを取り出して、しげしげと眺めていたら兄様に笑われてしまった。
「ふふふ、気になるの?」
夫婦の部屋にはベッドもあるけど、テーブルとソファのセットもあるんだ。
そのソファに座っていた僕の向かい側に兄様が腰を下ろした。
「はい。なんだか不思議だなって思って」
「不思議?」
「うまく言えないんだけど、この実は僕が育てたんですよね。明日収穫する実と同じで、特に何か変わっているわけではないんです。だけど、アルと一緒に受け取って、しかもグランディス様が残しておいてくれたのかもしれないなんて考えると、ものすごく特別っていうか、来てくれてありがとうっていう気持ちになる。同じように育てて、収穫して、送り出したのに、望んで受け取った実はこんな風に特別なものになるのかな。不思議だな」
そう言って実を見つめた僕を兄様は黙って見つめて、やがて「はぁ」と一つため息を落とした。
「アル?」
「エディは無意識に私を煽る」
「あ、煽ってなんかいませんよ!」
「今すぐ、エディを言いくるめて、それを使ってしまいたくなるね」
「言いくるめ……」
「ふふふ、それくらいドキドキさせられた。うん。そうだね。望んで受けてきた実は確かに特別だ。ただのマルリカの実から私達のマルリカの実になる。しかもグランディス神が授けてくれたような気持ちも上乗せで」
「はい……」
少し恥ずかしかったけれど、本当にそういう気持ちだったので、僕は頷いて返事をした。
「使うタイミングはエディに任せるつもりでいたんだけど、私が我慢できなくなる可能性もあるな」
「え……えぇぇぇ!」
顔が、ものすごい勢いで熱くなった。きっとどんどん赤くなっている。
「大丈夫だよ。すぐには襲わないから」
「おおおそ、襲うって、別に、あぅぅぅぅ」
どうしていいのか分からずに僕は思わず近くにあったクッションに顔を埋めてしまった。すぐとか、襲うとかって、アルは何を言っているのかな。だって僕は、アルにされて嫌な事なんて一つもないもの。でもなんとなく今、それを言ったら駄目な気がするんだ。
「エディ、ごめんね。顔をあげて。それに実を言うと今すぐにこれを使う事は出来ないんだよ」
「え……?」
ゆっくりと顔を上げた僕に、兄様は優しい微笑みを浮かべながら頷いた。
「明日は三の月の一日。来年度のマルリカの実を収穫する日だよね」
「はい」
「後の予定が決まっているからこれはずらせない」
「はい、そうです」
そうなんだ。収穫をして、ちゃんと熟しているかも確認をして、その上でいくつ収穫出来たかを王国に報告をするんだ。それ以外にも収穫したものをきちんとマジックボックスに入れて保管する。
もちろん手作業でするわけではなく魔法を使うけど、それなりに時間もかかる。だってマルリカの実は命の実だからちゃんと確認をして送り出さなければって思うんだ。
そうしてその後はシェルバーネの人が来て、例年のように数をどう分けるかの会議がある。それが十日の予定だ。
グリーンベリーではなくフィンレー公爵領での会議になるけれど、生産者という事で僕も会議には出席するし、会議の準備にも携わっている。もっともそれは今は次期フィンレー当主の兄様のお仕事になっているのだけれど。
「エディ、マルリカの実が三つで一組なのは、一日一つずつ三日間使うからなんだよ」
「一日一つ、三日間……」
兄様の言葉をそのまま繰り返して、僕はハッとして兄様を見た。
「みみみみ三日間……?」
え? 待って、それって、それって、もしかして……
「うん。三日間、これを食べてから愛し合う」
「………………」
「普通の夫婦と同じように子作りをするんだ。ただし、子を成すためにマルリカの実の魔力と私たちの魔力を使う」
どうやって魔力を使うのかは分からないけれど、そうだったんだって思ったよ。そんな僕の顔を見て兄様は
「だから今すぐには無理なんだよね。残念」と言って綺麗な笑みを浮かべた。
その笑顔を見ながら、僕はマルリカの実を使うと、三日間はちゃんと起き上がれないかもしれないっていう事は分かったような気がしたよ。
うん。今すぐは無理って言うのはそういう事だよね。きっと。だって明日起き上がれなくなったら困るもの。
「でも、覚悟が出来たらっていうのも変だから、エディの友人のようにその気になったら使おう。それにさっきも言ったように、エディがその気にならなくても私が我慢できなくなる可能性もあるしね。そうしたら三日間エディは私だけのもので、私もエディだけのものだ」
「アル……」
ううう、顔が熱い。まさかこんな事になるなんて思ってもいなかった。
「とりあえず、これはしまっておこう。そして明日は新しい実が無事に収穫できるようにお祈りをしよう。どこかでこの実を望む者達の元にきちんと届くようにね」
「はい。そうですね」
僕はマジックポーチの中にそっと実を戻した。
それにしても三日かぁ。三日……。うん。
「エディ、そんな顔をしたら駄目だよ。明日は沢山魔力を使うから早めに休んだ方がいい」
「は、はい。そうですね」
そんな顔ってどんな顔だったのかな。
なんだか赤くなったり、慌てたり、驚いたり、自分でもびっくりするほど忙しいなって思いながら僕はベッドに潜った。
兄様はもう少しお仕事をしてくるって部屋を出ていったのが、少し淋しかった。
---------------
ふふふふ、少しずつ分かってくるマルリカの実の真実。
マジックポーチにしまっていたそれを取り出して、しげしげと眺めていたら兄様に笑われてしまった。
「ふふふ、気になるの?」
夫婦の部屋にはベッドもあるけど、テーブルとソファのセットもあるんだ。
そのソファに座っていた僕の向かい側に兄様が腰を下ろした。
「はい。なんだか不思議だなって思って」
「不思議?」
「うまく言えないんだけど、この実は僕が育てたんですよね。明日収穫する実と同じで、特に何か変わっているわけではないんです。だけど、アルと一緒に受け取って、しかもグランディス様が残しておいてくれたのかもしれないなんて考えると、ものすごく特別っていうか、来てくれてありがとうっていう気持ちになる。同じように育てて、収穫して、送り出したのに、望んで受け取った実はこんな風に特別なものになるのかな。不思議だな」
そう言って実を見つめた僕を兄様は黙って見つめて、やがて「はぁ」と一つため息を落とした。
「アル?」
「エディは無意識に私を煽る」
「あ、煽ってなんかいませんよ!」
「今すぐ、エディを言いくるめて、それを使ってしまいたくなるね」
「言いくるめ……」
「ふふふ、それくらいドキドキさせられた。うん。そうだね。望んで受けてきた実は確かに特別だ。ただのマルリカの実から私達のマルリカの実になる。しかもグランディス神が授けてくれたような気持ちも上乗せで」
「はい……」
少し恥ずかしかったけれど、本当にそういう気持ちだったので、僕は頷いて返事をした。
「使うタイミングはエディに任せるつもりでいたんだけど、私が我慢できなくなる可能性もあるな」
「え……えぇぇぇ!」
顔が、ものすごい勢いで熱くなった。きっとどんどん赤くなっている。
「大丈夫だよ。すぐには襲わないから」
「おおおそ、襲うって、別に、あぅぅぅぅ」
どうしていいのか分からずに僕は思わず近くにあったクッションに顔を埋めてしまった。すぐとか、襲うとかって、アルは何を言っているのかな。だって僕は、アルにされて嫌な事なんて一つもないもの。でもなんとなく今、それを言ったら駄目な気がするんだ。
「エディ、ごめんね。顔をあげて。それに実を言うと今すぐにこれを使う事は出来ないんだよ」
「え……?」
ゆっくりと顔を上げた僕に、兄様は優しい微笑みを浮かべながら頷いた。
「明日は三の月の一日。来年度のマルリカの実を収穫する日だよね」
「はい」
「後の予定が決まっているからこれはずらせない」
「はい、そうです」
そうなんだ。収穫をして、ちゃんと熟しているかも確認をして、その上でいくつ収穫出来たかを王国に報告をするんだ。それ以外にも収穫したものをきちんとマジックボックスに入れて保管する。
もちろん手作業でするわけではなく魔法を使うけど、それなりに時間もかかる。だってマルリカの実は命の実だからちゃんと確認をして送り出さなければって思うんだ。
そうしてその後はシェルバーネの人が来て、例年のように数をどう分けるかの会議がある。それが十日の予定だ。
グリーンベリーではなくフィンレー公爵領での会議になるけれど、生産者という事で僕も会議には出席するし、会議の準備にも携わっている。もっともそれは今は次期フィンレー当主の兄様のお仕事になっているのだけれど。
「エディ、マルリカの実が三つで一組なのは、一日一つずつ三日間使うからなんだよ」
「一日一つ、三日間……」
兄様の言葉をそのまま繰り返して、僕はハッとして兄様を見た。
「みみみみ三日間……?」
え? 待って、それって、それって、もしかして……
「うん。三日間、これを食べてから愛し合う」
「………………」
「普通の夫婦と同じように子作りをするんだ。ただし、子を成すためにマルリカの実の魔力と私たちの魔力を使う」
どうやって魔力を使うのかは分からないけれど、そうだったんだって思ったよ。そんな僕の顔を見て兄様は
「だから今すぐには無理なんだよね。残念」と言って綺麗な笑みを浮かべた。
その笑顔を見ながら、僕はマルリカの実を使うと、三日間はちゃんと起き上がれないかもしれないっていう事は分かったような気がしたよ。
うん。今すぐは無理って言うのはそういう事だよね。きっと。だって明日起き上がれなくなったら困るもの。
「でも、覚悟が出来たらっていうのも変だから、エディの友人のようにその気になったら使おう。それにさっきも言ったように、エディがその気にならなくても私が我慢できなくなる可能性もあるしね。そうしたら三日間エディは私だけのもので、私もエディだけのものだ」
「アル……」
ううう、顔が熱い。まさかこんな事になるなんて思ってもいなかった。
「とりあえず、これはしまっておこう。そして明日は新しい実が無事に収穫できるようにお祈りをしよう。どこかでこの実を望む者達の元にきちんと届くようにね」
「はい。そうですね」
僕はマジックポーチの中にそっと実を戻した。
それにしても三日かぁ。三日……。うん。
「エディ、そんな顔をしたら駄目だよ。明日は沢山魔力を使うから早めに休んだ方がいい」
「は、はい。そうですね」
そんな顔ってどんな顔だったのかな。
なんだか赤くなったり、慌てたり、驚いたり、自分でもびっくりするほど忙しいなって思いながら僕はベッドに潜った。
兄様はもう少しお仕事をしてくるって部屋を出ていったのが、少し淋しかった。
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ふふふふ、少しずつ分かってくるマルリカの実の真実。
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