世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第1章

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 キッド・スターダストがメジャーデビューを果たした夜、俺は彼らがかつて拠点にしていたハコでライブをしていた。打ち上げはライブハウスのオーナーがやっている居酒屋でやった。そこではキッド・スターダストの曲が流れていた。
 なんとなく気が落ち着かなかった。ウイスキー・ソーダをひたすら飲んでいたが、飲めば飲むほど頭が冴えていき、考えが現実的になって少しも楽しくなかった。周りでは互いにライブの出来を褒め合っていた。俺のメンバーも同じだった。いやー、俺、あそこで泣きそうになりましたよーなんてとぼけたことを言っている。俺からすれば自分たちも含めて全員くそだった。
 居酒屋には壁一面に広がるプロジェクターがあり、そこではかつてのキッド・スターダストの映像が流れていた。誰も見ていなかった。
 どうしてもいたたまれなくなって俺はメンバーに先に帰ると言い、店を出た。電車で地元まで戻り、古い友人のハルがやっているジェイというバーに入った。客は一人もいなかった。俺がスツールに腰をかけると、コロナビールが出てきた。
 ハルとは幼馴染みで、小、中学校のときはもとより、高校も大学も同じで、しょっちゅう一緒に遊んだりハルの家で酒を飲んだりしていた。ハルはよく本を読んでいて特に村上春樹が好きで、彼のファンが嫌いだった。俺からすればハルキストなんて、みんなそんなもんだろうと思っている。
「小説のほうはどうなんだ?」
「書いてるよ」
「どんなの?」
「一言で説明できるような感じじゃないからな」
 俺はコロナビールを飲み干した。ハルが瓶を片付ける。
「これ、ミッシェル?」
 ボリュームを絞っていてちゃんと耳を傾けないとろくに聞こえてこなかった。オーセンティックなバーで流れているジャズのようにミッシェルガンエレファントが流れている。ハルは頷いた。
「こんな上品にかける音楽じゃねえだろ」
「なんか食う?」
「なんか、ってハンバーガーしかねえだろうが。食うけど」
 ハルの作るハンバーガーは最高にうまい。カクテルはくそみたいな出来だがハンバーガーだけはうまい。
「お前は? ライブ終わり?」
 俺は頷いて答えた。それを見たハルが笑った。
「うまくいかなかった?」
「そういうわけじゃないけどさあ……」
 後ろでドアが開いた。いらっしゃいませとハルが言った。
「みそラーメンある?」客は席へ案内されるのを待たずに言った。
「ねえよ」
 ハルがそう言うとその客は黙って出ていった。ハルが俺を見た。俺は肩をすくめた。
「お前がライブ終わりに来ると、いつも不機嫌だからな」
 ハルはフライパンでパティを焼いている。肉の脂身の匂いが届いてきて、口の中で唾が溜まっていくのがわかった。この匂いで、空腹感が急にやってきた。
「いまも?」
 ハルは頷くとバンズにレタスとトマト、チーズとパティを乗せて、ソースをかけた。それをもう一つのバンズで挟んで、皿に乗せた。
 ハンバーガーが目の前に置かれた。一口食って、やっぱりここのハンバーガーは最高にうまいと思った。これでようやく落ち着いた気持ちになれた。飲み込んで息をついた。さっきまでの苛立ちが薄らいでいた。キューバリバーが出てきた。俺はそれを一気に半分ほど飲んだ。キューバリバーとハンバーガー。これさえあれば生きてける気がする。
 昨日の記憶は、ここで途切れている。
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