世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第3章

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 外は静かだったが、バス通りへ出ると回送のバスが過ぎていった。横できゅぽんという音がした。そのあとでウイスキーの匂いが届いてきた。
「とりあえず朝メシ食おうぜ」
 スキットルから口を離すと、ジョニー・ウォーカーは言った。
「ムジカに行くのか?」
「まあな。ちょっと寄り道してからな」
 駅に着いたがまだ構内は閉まっていた。反対口へ抜けようと、線路下にある狭い地下道を通った。
 地下道の途中でジョニー・ウォーカーは立ち止まり、時折ウイスキーを舐めながら落書きをじっと見ていた。
「ハッテン場なのか、ここは」
 ジョニー・ウォーカーは返事をしなかった。落書きの中には、卑猥な言葉と一緒に携帯電話の番号が書かれているものもあった。やがて落書きの中のひとつに目をつけた。あったあったと言い、携帯で書かれている番号に電話をかけた。壁には『とってもエッチでチ○ポが大好きなjk、ヒトミです。オナニー三千円、フェラ一万円、本番三万円』と書かれていた。
 繋がんねえなとジョニー・ウォーカーは舌打ちをする。こいつはこんなところで女を買う気なのか。家がねえつってたのにどこで会う気なんだと思ったが、奴の顔は真剣だった。
 やっと繋がったようで、奴はおっと言うと俺に静かにしてろと自分の唇に指を当てた。ジョニー・ウォーカーは「フェラ一万円」を頼んでいた。
「じゃあ、ヒトミちゃん、合言葉は『らりるれろ』だからね」
 電話が終わるとジョニー・ウォーカーは俺を見てニヤっと笑った。そして反対口へ向かい、地下道を進んでいった。
 出口の階段でホームレスのおっさんがぼうっとこちらを見ていた。もとの色がわからないくらいに古ぼけた燕尾服を着ていた。俺ははた、と立ち止まっておっさんを見た。おっさんは俺と目が合うと、にたあっと笑った。
「おい、行くぞ」
 俺はジョニー・ウォーカーに言われて、地下道を出た。すぐに奴に追いついてそこからは並んで歩いていった。
 ムジカのある路地の手前の花屋では開店の準備をしていた。黒い髪の毛をひとつに縛り、黒縁の眼鏡をかけた女が花を並べていた。俺たちはその横を通り過ぎる。
「ベロニカを入荷しました」
 若い女がそう呟いた。ジョニー・ウォーカーは気づいていないのかそのままムジカへ向かっていった。俺もどう言えばいいのかわからず、そのまま奴のあとをついていった。
 ムジカには客はいなかった。俺たちは案内されるがまま席に座るとコーヒーとナポリタンを頼んだ。相変わらずデブのウェイトレスは愛想がなかった。
 畜生とジョニー・ウォーカーは呟いた。
「どうしたんだ」
 俺の言葉に奴はなにも反応せずにただ窓から外を見ていた。ピースを取り出して火をつける。コーヒーが来ても奴は手を付けなかった。
 入口のベルが鳴った。ジョニー・ウォーカーの顔がこわばる。太ったおっさんが俺たちの席まで来た。
「らりるれろ」
 俺は寒気がした。こいつがヒトミちゃんなのか。とってもエッチでチ○ポが大好きなj(女子)k(校生)なのか。ジョニー・ウォーカーはこいつにしゃぶらせる気なのか、それも一万も払って。
「悪い」奴はヒトミちゃんに言った。「気が変わった」
 俺はそれを聞いて安堵すると同時に、本当に買う気だったのかと呆れてしまった。ヒトミちゃんは、そう、と言った。ジョニー・ウォーカーは「自分を大切にしな」と五千円札を渡した。ヒトミちゃんは余計なお世話よと言って店を出た。
 五つ数えたところでジョニー・ウォーカーは乱暴に煙草を消した。どうしたんだと俺はまた訊ねた。
「ベロニカの花言葉を知ってるか」
「『女性の貞節』」俺は答えた。
 ほう、とジョニー・ウォーカーは言った。
「それがどうしたんだ」
 いや、と奴は言いよどむ。それから頭を掻くと言った。
「たぶん、カナディアンクラブが動いてる」
 ナポリタンが来た。デブのウェイトレスがいなくなるとジョニー・ウォーカーは続けた。
「あいつ、俺たちにガセネタを掴まそうとしてたんだよ」
「あのおっさんが?」
 ジョニー・ウォーカーは頷いた。
「昔からあの地下道は情報屋とコンタクトを取るところなんだよ。あいつも情報屋の一人だ。で、あいつは雇われてた」
「カナディアンクラブ、に」
ジョニー・ウォーカーは頷いた。なるほど、それを――
「――花屋が教えてくれた、ってことか」
「ザッツライ」
 ジョニー・ウォーカーは指を鳴らせた。花言葉でやりとりをするなんてなんか懐かしいな。彼女はいまなにをしてるのだろう……と考えたが頭を振ってそれを追いやると、俺はナポリタンを食った。相変わらず苦かった。コーヒーを三杯おかわりしてどうにか平らげた。
「ところで」ジョニー・ウォーカーは煙草に火をつけて言った。「お前はなんでベロニカの花言葉を知ってたんだ?」
 俺も煙草を取り出した。「昔付き合ってた彼女が詳しかったんだよ」
 
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