世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第6章

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 夜が好きだった。夜になると自分が自分らしくいられるような気がした。
 シンと静まったなかを歩いていると気持ちが良かった。ときおり通り過ぎる人が汚物を見るような目で俺を見ていた。ぼんやりと視界は霞んでいて、外灯や車のライトが目に入ると乱反射したように俺の視野を奪った。足取りはトランポリンの上を歩いているような感じで、まっすぐ歩いているつもりでもたまに車道にふらふらと出てしまう。クラクションが鳴って俺はいったん脇へ逃げて立ち止まり車が過ぎるとまた歩き出した。
 手にしっかりと握りしめているのはブラックニッカのボトルだった。すでに三分の一くらい空いていた。それをまた流し込むように飲んだ。身体が火照ってきた。大丈夫だ、これで大丈夫。そう呟きながら歩き続けた。
 畜生。俺は道に唾を吐いてウイスキーをあおった。オーケー、これで大丈夫。俺はこのブラックニッカさえあれば万事オーケーだ。こいつだけが俺の真実だ。あとはみんなガラクタだ。
 そう、だから仕方ない。俺にはなにもないが仕方のないことだ。この孤独こそ俺が生きている証なんだ。
 土手についた。そこはハルとよく遊んだところだった。コンクリートの階段を這うようにして登った。てっぺんまで来ると俺は階段に座った。おぼろげに田んぼが広がっているのが見える。風が冷たくて気持ちいい。ウイスキーを飲んだ。
 うつし夜は夢、夜の夢こそまこと
 俺は田んぼに向かって叫んだ。
 うつし世は夢、夜の夢こそまこと
 もう一度叫んだ。
 あべこべの世界。キレイはキタナイ、キタナイはキレイ。本音が建前、建前が本音。嘘が真実で、真実が嘘。この世は夢で、夢の中こそ現実。
 ウイスキーを飲んだ。
 愛も平和も、恋も純情も、すべて幻。涙の意味にだって、価値はない。
 さらにウイスキーを飲んだ。
 土手の下、田んぼの前の道を誰かが歩いていた。
「『愛する者が死んだ時には、自殺しなきゃあなりません』」
 俺はその人を黙って見ていた。
「『愛する人が死んだ時には、それより他に方法がない』」
 そう言うと、その人は立ち止まった。
「『けれどもそれでも、業が深くて、なおもながらうことともなったら』」
 階段を登り、俺の目の前まで来た。
「『奉仕の気持ちになることなんです』」
 ところどころ破れた燕尾服を着ていた。にたあっと笑う顔を見ると前歯のない老人だったが彼の目には光があった。老人は俺の横に座った。
「失った者よ」老人が言った。「死ぬのは怖いか?」
 俺は黙っていた。ウフフフフ、と老人が笑った。
「戦いにたおれた者よ」老人は空を見上げた。「死は救済にはなりえんぞ」
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