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第7章
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ジョニー・ウォーカー、ハル、そして俺。三人ともなにも喋らなかった。残ったアブサンソーダを一気に飲み干すと喉から胃にかけて熱が帯びるのを感じた。それが苛立たしさを増長させているようで俺はグラスを乱暴に置いた。
「畜生」俺はつぶやいた。「……ギターは、俺の依頼はどうなるんだ」
ジョニー・ウォーカーはため息をついた。
「悪いが、諦めたほうが賢明だな。ここで首を突っ込んだら自分も巻き込まれるぞ」
それでも構わないと言おうとしたが、ジョニー・ウォーカーが先に言った。
「それでも構わない、なんて言うつもりじゃねえだろうな。いいか、世の中には触れちゃいけないことだってあるんだよ。覚悟の問題じゃない。人の目に晒しちゃいけないことだってあるんだ。これはもう、お前だけの問題じゃないんだよ。お前がノコノコやってきて引っ掻き回せば、なにも知らない人が、なにも知らないまま殺されることだってありえるんだからな」
いままで腕を組んで俺たちのやりとりを見ていたハルが、グラスを下げて流しで洗った。そして俺たちの前に戻ると
「こいつはな、あと三日したらライブがあるんだよ」
ジョニー・ウォーカーは煙草に火をつけた。ハルは奴が黙っているのを見るとさらに続けた。
「こいつのバンド、かなりいい感じでさ、いま流れてる、ほら、これ。キッド・スターダストなんだけど、つい四日前にデビューしたんだよ。で、こいつのバンドは次はお前たちだ、って言われるほどなんだ。チャンスなんだよ。これは、こいつがやっと見つけたチャンスなんだ」
「チャンスとは言うけどな」ジョニー・ウォーカーは煙草の煙を吐いた。「命あってのもんだぞ」
だからつってな、俺とハルは同時にそう言った。ハルが目で促した。
「だからつってな、はいそうですか、って納得なんかできるかよ」
俺は奴に言った。
「じゃあどうしろってんだ。殺されれば納得すんのか? そんな死に急いでどうすんだ。俺はな、ライブを諦めろとは言ってない。ギター――あとはアキのことを言ってるんだ」
同じことだと俺は思った。あのギター、あのリッケンバッカーじゃないとダメなんだ。
また沈黙が訪れた。誰かが煙草の煙を吐くのが聞こえるだけで、俺も、ハルも、ジョニー・ウォーカーも、喋ろうとはしなかった。
どうすればいいのだろう。素直に諦めて、ライブはまあ、ギターをどこかから借りてくれば、あるいは買ってしまえばいい。不本意だがそれで乗り切るしかない。しかしアキは……昔のことだと言われればそれまでだが、やはりどこか胸の中でしこりのようにその存在が残っている。
「お前さあ、アキに未練でもあんのか?」
ジョニー・ウォーカーが言った。未練、か。
「探して、見つけて、会ってどうするつもりなんだ?」
俺は口ごもった。別にどうしようというわけではない。ただ――ただ、なんだ? 俺はなにをしたいんだ?
「依頼に関しては申し訳ないと思ってる。だけどな――」
「いや、もういい」
俺は立ち上がった。おいとハルが言う。俺は財布から札を出してジョニー・ウォーカーの前に置いた。
「いままでの費用。あとは、自分でどうにかする」
「待てよ」
ジョニー・ウォーカーの言葉を無視して俺はジェイを出た。
「畜生」俺はつぶやいた。「……ギターは、俺の依頼はどうなるんだ」
ジョニー・ウォーカーはため息をついた。
「悪いが、諦めたほうが賢明だな。ここで首を突っ込んだら自分も巻き込まれるぞ」
それでも構わないと言おうとしたが、ジョニー・ウォーカーが先に言った。
「それでも構わない、なんて言うつもりじゃねえだろうな。いいか、世の中には触れちゃいけないことだってあるんだよ。覚悟の問題じゃない。人の目に晒しちゃいけないことだってあるんだ。これはもう、お前だけの問題じゃないんだよ。お前がノコノコやってきて引っ掻き回せば、なにも知らない人が、なにも知らないまま殺されることだってありえるんだからな」
いままで腕を組んで俺たちのやりとりを見ていたハルが、グラスを下げて流しで洗った。そして俺たちの前に戻ると
「こいつはな、あと三日したらライブがあるんだよ」
ジョニー・ウォーカーは煙草に火をつけた。ハルは奴が黙っているのを見るとさらに続けた。
「こいつのバンド、かなりいい感じでさ、いま流れてる、ほら、これ。キッド・スターダストなんだけど、つい四日前にデビューしたんだよ。で、こいつのバンドは次はお前たちだ、って言われるほどなんだ。チャンスなんだよ。これは、こいつがやっと見つけたチャンスなんだ」
「チャンスとは言うけどな」ジョニー・ウォーカーは煙草の煙を吐いた。「命あってのもんだぞ」
だからつってな、俺とハルは同時にそう言った。ハルが目で促した。
「だからつってな、はいそうですか、って納得なんかできるかよ」
俺は奴に言った。
「じゃあどうしろってんだ。殺されれば納得すんのか? そんな死に急いでどうすんだ。俺はな、ライブを諦めろとは言ってない。ギター――あとはアキのことを言ってるんだ」
同じことだと俺は思った。あのギター、あのリッケンバッカーじゃないとダメなんだ。
また沈黙が訪れた。誰かが煙草の煙を吐くのが聞こえるだけで、俺も、ハルも、ジョニー・ウォーカーも、喋ろうとはしなかった。
どうすればいいのだろう。素直に諦めて、ライブはまあ、ギターをどこかから借りてくれば、あるいは買ってしまえばいい。不本意だがそれで乗り切るしかない。しかしアキは……昔のことだと言われればそれまでだが、やはりどこか胸の中でしこりのようにその存在が残っている。
「お前さあ、アキに未練でもあんのか?」
ジョニー・ウォーカーが言った。未練、か。
「探して、見つけて、会ってどうするつもりなんだ?」
俺は口ごもった。別にどうしようというわけではない。ただ――ただ、なんだ? 俺はなにをしたいんだ?
「依頼に関しては申し訳ないと思ってる。だけどな――」
「いや、もういい」
俺は立ち上がった。おいとハルが言う。俺は財布から札を出してジョニー・ウォーカーの前に置いた。
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「待てよ」
ジョニー・ウォーカーの言葉を無視して俺はジェイを出た。
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