めろめろ☆れしぴ 2nd

ヒイラギ

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3. めろめろのことば

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「やっぱ、ガム、ちょーだい」

さっき、友だちの宇佐見に「いるか?」って言われたミントガム。
スーパーフレッシュミントガムだから、すごい辛くて舌がヒーヒーいう。
こんなん、おいしいのかよー、と言ったけど、「禁煙にはちょうどいいんだよ」と宇佐見が言った。
・・・・・・そういうもん??
で、
宇佐見がくれた粒ガムを口にほおりこむ。
瞬間、顔をしかめた。

「お前ねー、梅干し食ってんじゃねぇんだから」

「だ、だって・・・」

何回かがんばって噛めばそれなりになんとかマシなミント加減になるからそれまで、我慢して噛んだ。

「無理して食うことねーのに」

「いーんだよ」

だって、ムカつく。
教室の廊下側のいちばん後ろがえーしの席。そこで、えーしと知らない女子生徒が窓越しにしゃべってる。女子生徒は様子からして1年生っぽい。
さらっとした髪とちまっとした顔立ちは、世間一般から見たら、可愛い、ってことになるんだろうな。
さっきまではそのコの隣に居る、ハキハキした感じのコとえーしがしゃべっていた。どうやら、ハキハキしたコはつきそいだったみたいだ。
それで、その可愛らしい感じのコが、手に持っていた紙袋をえーしに渡している。色の白い顔がピンク色にそまっている。
ふーん、ふーん、ふーんっだ! 別に受け取ったからって、どうってことない。ちらっとココロの中で「受け取るなよ」って思ったけど!
なんか、えーしがニコってしたっぽかったけど、
べ、べっつに、どーでもいい。
だって、オレたち、つ、つきあってるし!
それに、オレと居るときのほうが、もっとやさしい顔するもんね!!

「も1コ」

と、手を出したオレに、宇佐見があきれたように苦笑すると、
ひろげた手のひらの上に、ブルーの粒ガムをザラっとこぼした。









その日の放課後、
オレに苦手な数学を教えてくれるって言ったから、オレんちで勉強をみてもらうことにした。明日、数学の時間に、小テストがあるし。
もう、何回かうちに来たことあるから、えーしはうちのかーちゃんとも顔見知りだ。

「あんなカッコイイコがお前の友だちだなんて」

って、最初にえーしを家に連れてきたとき、かーちゃんが驚いていた。

「目が、―――― に似てるわっ」

かーちゃんが今、夢中になっているハンリュウスターのイとかドとか言ったけど、聞きなれない名前で覚えられなかった。
かーちゃんは、えーしが来ると機嫌がいい。
他の友だちが来たときは、お菓子も飲み物もオレが勝手に冷蔵庫や戸棚から持っていくのに、えーしの時は、飲み物とかも用意して部屋に運んでくれて、しかも、でてくるおやつは、どこにしまっておいたんだって不思議になる高そうなクッキーだったりするし。






「調理実習でつくったんだって。キミ、こういうの好きだよね」

オレの部屋に入ると、
えーしがカバンからとりだした袋をミニテーブルの上に置いた。
カラフルなラッピングペーパーにかわいらしいリボンがふわん、と付けられている。
いーにおいがする。バナナとチョコとバターのあまくていいにおい。
好き、だけど、たしかに。
でも、さっきまでお腹すいていたのに、今は、そのいいにおいをかいでも、かえって胸がつまるみたいな感じがして、全然、美味しそうに思えなかった。
オレも去年、1年生の時に家庭科の授業で、マフィンをつくった。って言っても同じ班になった女子がほとんどしてくれたから、オレや他の男子はボールとかしゃかしゃかかき混ぜるのを洗っただけだったけど。
でも、その時はこんなキレイな包装紙やリボンを持ってくる必要はなかったから、これは、きっと、えーしにあげるために、あのコがわざわざ用意したんだろうな。
―――― こーゆーのって受け取ったりしたら、なんか、誤解とかされるんじゃないのかな・・・。

「あれ、キライだった?」

「・・・きらいじゃないけど、―――― お腹すいてない」

「そう? 6時間目の体育のあとに、『腹へった』って叫んでたよね」

顔がカァっと熱くなった。

「もう、通りすぎた」

オ、オレ、そんなに大きな声を出してたのかな?
体育が終わって、教室で着替えてるときに、後ろの席の竹岡に「腹へったな」って言っただけのつもりだったのに、そんなに、教室に響き渡ってたのか・・・・・・、恥ずかしい。
えーしがラッピングを解いて、
透明なセロファンにピンクの水玉がついてる袋をあけると、マフィンを取り出した。
そして、オレが、内心ぷんってしてるのにまったく気づかない感じで、

「まあ、でも食べてごらんよ」

ってオレに手渡してきた。
オレは、しぶしぶと受け取った。
甘いかおりがひろがる。
赤とか黄色とか緑とかの色鮮やかなチョコチップがのっかっている。手の中のそれをながめていると、

「おいしいよ」

えーしが食べながら言った。
オレも、もそっと口に入れた。
ふわっとやわらかくて、でも中はバターでしっとりしている。
―――― おいしい、・・・部類に入るのかな?

「ふん、まあまあ、かな」

もしゃもしゃ食べながら言った。

「そう?」

「えーしに持ってきたコ ―――― なんか、カワイかったね」

ふんってして言ってみたら、

「そうだったね」

と、えーしが言った。
へー、へー、へー、えーしは、あんなになんでもないような顔してたのに、そう思ってたんだ。
口の中でチョコチップをパリパリっと噛んだ。甘い。けど、しあわせな味はしなかった。
無言でマフィンを食べていると、

「ヤいてる?」

ってえーしが突然言ったから、ウっとなって、
でも、
意味わかんないふりして、

「何が?」

って言ったとき、
オレの部屋をノックする音がした。

「なにー?」

って返事して、立ち上がってドアを開くと、かーちゃんが飲み物をお盆に乗せて持ってきてくれていた。
紅茶だ。かあちゃんは、オレがこの前言ったことを覚えてたみたいだ。
この前、学校でえーしといっしょにお昼を食べたときに、えーしが実はあんまりコーヒーが好きじゃないって言ってて、うちに来たときは出したコーヒーを普通に飲んでいたから気がつかなくて、それをちらりとかーちゃんに言ったら「まぁ、気をつかってくれたのねー」ってさらにえーしのことを気に入ったみたいだった。

(それで、今日は紅茶にしたんだろうな)

しかもこの花柄のティーセット、初めて見た。つるっと新しい・・・どこに眠っていたんだろう? お揃いの小皿には剥きたてのリンゴだ。
戸口で、かーちゃんから、お茶とリンゴの載ったお盆を受け取ると、

「わざわざ、ありがとうございます」

と、えーしがかーちゃんに言った。

「あら、いいのよ。ゆっくりしていってね」

と、言って、さらに、えーしとなんか話したそうなかーちゃんに「勉強するから!」と言って、部屋のドアを閉めた。
お盆を、まだ教科書も出していないミニテーブルに置くと、

「キミのお母さん、楽しいね」

と、えーしが笑った感じで言った。

「そうかな、ただはしゃいでるだけだよ」

オレんちは玄関あがって居間を通り抜けた所に2階に続く階段があるから、オレの部屋に行くときはたいがい居間か居間のすぐ隣にある台所に居るかーちゃんと会うことになる。
今日も、「ただいまー」と声かけて居間に入っていくと、ちょうどかーちゃんがテレビを観ながら洗濯物を畳んでいるところだった。
かーちゃんは、えーしの顔を見ると、ささっと、下着類の上にタオルを掛けた。
他の友だちが来たときにそんなことしたことなかったのに、ふつーにパンツとかそこらへんに積み上げたまんまで、「あら、いらっしゃい」って言ってまたテレビに顔を戻すのに。
しかも、えーしは口がうまい。
今日だって、かーちゃんに、

「こんにちは、お邪魔します」

とにっこり言うと、

「この前と髪型がちがいますね」

とか言って、
かーちゃんが照れると、

「いいですね、涼しげで」

とか言う。
こーいうのって、天性のタラシとか言うのかも・・・。
オンナの先生たちが、えーしのことを気に入っている理由がなんとなくわかった。教室や授業中にそんなことを言ってるのを聞いたことはないけど、なんかの時に、サラっと言ってるのかもしれない。
でも、そのタラシのワザをオレには披露したことがない ―――― 。

「かーちゃん、楽しい?」

オレはえーしの品のいいお母さんがうらやましいけどな、って言ったら、「もっと、人を見る目を養わないといけないよ」と言われた。
・・・それって、どーゆーこと? と思ってると、

「うん、素でチャーミングだよね」

って聴こえてきて、
ええ!! って、
耳を疑った。
そんな形容詞はいまだかつて聞いたことがない。
ただのガサツなおばちゃんなのに。

(それって、褒めすぎだよなー)

それで、

「・・・オレは?」

って聞いてみた。
えーしのオレへの印象って、どんなんなんだろう?

「皓也?」

「う、うん」

い、いっしょに居て、楽しかったりするのかな?

「そうだねぇ、」

ちょっと考えるように首をかしげると、

「―――― 面白いよ」

って言った・・・・・・。
い、いーんだよな。これはいいんだよな。
キライって意味じゃないんだし、・・・。
でも、なんか、ショボーーン。

「キミは、笑ったり怒ったり感情が忙しくて、」

キドアイラクが激しいってこと?

「すぐすねるわりには、」

ウゎっ・・・。バレてた ―――― ?

「根に持たないし」

・・・まぁ、なんでも忘れっぽいよな、オレ。

「それに、」

「うん?」

「僕をムラムラさせるよね」

えーしがすごくさわやかに言った。
ので、意味がすぐにわからなかった。
村々・・?

「むらむら?」

「うん、ムラムラ」

オレをじぃっと見て、それから、服を脱がせてくる前のときみたいに目を細めた。
!!!
むらむら・・って、ムラムラ?!

「だ、だめだよ! そ、そんなこと昼間から言っちゃ・・・」

まだ、3時半を過ぎたばかりの9月の空は、カラリと明るい。

「夜なら、いい?」

グっとえーしがオレのほうに身を乗り出してきた。
な、なんか、目がやばくない?
かーちゃんは、さっき紅茶を持ってきたついでに「2時間ぐらいで帰ってくるから」と言って、買い物に出掛けた・・・。
で、でも、今までオレの部屋でしたことないし。

「え、そういうんじゃなくて」

「昼間がダメだら、夜だったら、いっぱい、こういうこと言ってもいいんだ?」

つかまれた肩の薄いシャツ越しにえーしの体温を感じる。
それで、もっと、いっそう、心臓がおかしくなりそうなくらい、鼓動が早くなっていく。

「ち、ちっがっうって、」

もう、すぐ目の前にえーしの顔。あ、今、ぺろっと舌を舐めた。

「オレ、そんな意味で言ったんじゃ ――――」

「かわいいよね」

え?

「そういう顔が、すごくね ―――― 」

その気にさせる、と言って、そして、さっきのコトバをもう一回、ひそやかな声でオレの耳に落とした。




それで、オレはくるくるきゅぅーっとなって、なんの抵抗も出来ずに、えーしの腕の中に抱き込まれていった。




オレ、タラされた・・・?






( おわり )










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【 おまけ小話 :えーしのお母さんはこんな人。】






「えーしってけっこう身体鍛えてるよね」

土曜日、学校が休みだから、お昼から遊びに来たえーしの部屋で、
ブルーのクタっとしたやわらか素材のTシャツから出ているえーしの腕の筋肉をモミっとして言った。
制服を着ているとスレンダーに見えるけど、けっこうあちこちにしっかりと筋肉がついている。

「うん、家訓でね」


頭の中で、えーしと “カクン” という言葉がうまく結びつかなかった。

「キミもね、夜更かしばっかりしてないで、ちゃんと運動しないとね」

えーしがオレの目の下あたりを指でなぞった。

「う、うん」

実は昨日、夜遅くまで、今はまってるゲームをしていた。

「じゃ、」

シャツのスソをぴらりとめくられた。
えっ!?

「はい、手を上げて」

言われて、つられて、そうしたら、
着ていたシャツはもう、えーしの手の中にあった。

「運動しようね」

ええええーっ!!








えーしの家はなんだか、映画にでも出てきそうなヨーロッパ風だ。
白い壁に、とんがり屋根の3階建てで、
門扉の鉄柵は、青銅色で先端が花のツボミになっているし、門から玄関まではレンガが敷き詰められている。
出窓には、季節の花がプランターに咲き誇っていて、窓には白いレースのカーテンがかけられているし、
目にもさわやかな青々とした芝生の庭には、色とりどりの花が咲き誇っている。しかも可愛らしい小ぶりの花をつけているバラのアーチがある。
家の中も外観と同じ西洋ちっくな木目調の落ち着いた感じの内装だ。
今、オレとえーしが居る台所も、木目とグレーでまとめられていて、広々としている。
石っぽい柄のシンクは、スッキリと片付けられていて、ウチみたいに、ごちゃごちゃとしていない。
奥の壁際には卓球台の半分くらいの大きさで、調理室にあるみたいなフラットな台がシンクからつづいている。
「ああ、これは、母がパンを作るのが趣味だからね」
パン生地を捏ねる専用の台なんだ、とえーしが言った。
今日は、土曜日だけど、えーしのお母さんはいなかった。
なんかの稽古に行っているらしい。

(お茶かな? お華かな? 上品な感じだから着物が似合いそうだよな)

それで、えーしの家にはオレたちの他は誰もいないから、
素肌にえーしのシャツをダブっと着たかっこうのまま(『2回戦があるからね』、って言って貸してくれた。・・・2回線??)でいられる。
え、えーっと、
ひとあせかいたあと(って、えーしが言った)、
お茶をいれるってえーしが言ったから、一緒についてきた台所、ってかキッチン?
上半身は裸のままで、ルームパンツを履いただけのえーしが、シンクの上のツリ戸棚から紅茶の缶を取り出すのを見てると、ふと、冷蔵庫の横の白い壁に目が行った。
・・・アナがあいている。
手のひらぐらいの大きさにボコっとへこんでいる。

「これ、何かぶつけたの?」

壁の前に行って指差して聞いた。

「ああ、母がね、」

へぇー、何ぶつけたんだろう、こんふうになるなんて?
それに、修理しないのかな、できたばっかりのへこみじゃなさそうだけど。

「武闘派なんだ」

・・・・・・?

「あの、舞台の上で、激しく踊る人?」

「それは、舞踏家」

・・・・・・?

「闘うヒト、だよ」

赤いケトルにミネラルウォーターを注ぎながら、えーしが平然と言った。
え、―――― あんなに、上品なのに!?

「格闘技をやっていてね。その穴も、試合で長年のライバルに惜敗した日に、腹に据えかねて、やっちゃったんだ」

やっちゃったって・・・!

「で、己の怠慢へのみせしめだっていって、そのままソコに残してるんだよ」

はぁー・・・・・・。

「今度、手をよく見てごらん」










「まぁ、いらっしゃい。外は暑かったでしょう。すぐ、冷たいものを用意するわね」

「は、はいっ!! お邪魔します。・・・あ、ぃ、いいえ、お、お構いなく!」

背筋をシャキっと伸ばして、あわてて言うと、
まぁ、今日はどうしたのかしら、
と、えーしのお母さんが、ふふふっと笑って、やんわりとほほえんだ口元に優雅に当てた手の指関節は、見事にたくましく丈夫そうだった・・・・・。



( おわり )








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【 おまけ小話 :えーしのお父さんはこんな人。】





えーしのお父さんも格闘系で、柔道空手剣道と一通りなんでもやって、最終的に柔道に邁進(・・・マイシン?? ってなんだろう)してるんだ、ってえーしが教えてくれた。

「えーしは、なにか習わなかったの?」

「もちろん、道場に通わされたよ」

「へぇー。でも、もう、やってないんだ」

今日は、えーしの部屋で英単語の学習。「暗記よりも、手に覚えさせるんだ」と、それこそ体育教師のノリでえーしに言われて、せっせと、英単語をくり返し書いていたところだ。授業で今、習っている単元の、aから始めた必修単語30題も、もうそろそろ、終わりに近づいてきた。
今、書いている、“傘 ―― umbrella” のつづりはけっこうややこしい。国語と社会と体育は得意だけど、数学と英語は苦手だ・・・。
えーしは、本を読んでいる。英訳されてるナツメソーセキ。電子辞書で時々、単語を調べながら。
うっわ、難しそう、って言ったら、「先に日本語で読んでストーリィを知っていれば、少々の単語がわかならくても読めるもんだよ」って言ったけど・・・。ソーセキの小説、教科書以外で読んだことないし。
ただ、『こころ』は英訳でも『kokoro』っていうタイトルなんだな、っていう豆知識が増えた。

「―――― うん、道場に通っていたのはほんの少しの期間だけだったんだ。僕はどっちかというと身体を動かすより頭を働かせるほうが好きだったからね。
3つ上の兄が、試合だとか練習だとかであちこちにつれまわされているのを見てさ、そういうの面倒だったから、ぜんそくのふりをしたんだ」

ん?
ぜんそく持ちのイトコがいたから、見よう見真似でやったら、オトナたちはみんなコロっと騙されたよ、とえーしが微笑した・・・。

「・・・それ、いつの話し?」

「幼稚園の時」

―――― えーしって、そんなに小さい時から、もうこんなだったんだ・・・・・・。

「でも、病院に連れていかれなかった?」

「もちろん、行ったよ。検査で一日居たこともあったし」

昔を思い出すように、えーしがうんうんとうなずいた。

「小児病棟はね、もちろん本当の病気の子も居たけど、仮病の子もちらほら居てさ、そういうのって、お互いになんとなく判るんだよね。それで、情報交換したりとかしたな。体温計の高熱表示の仕方とか、血圧の上げ方とかね」

えーしが説明してくれた。

「それで、父も母も僕が道場に通うのはあきらめてくれたんだけどね。でも、家でかるく基礎トレだけはやらされたよ。―――― ただ、兄には、僕の分の期待まで行ってしまったから申し訳ないなとは思っているんだ」

はぁ、と気が抜けたように聞いていると、

「そこ綴り違ってるよ」

読んでいる本のページをひとつぱらりとめくって、
えーしがオレのノートを指差した。
Lが足りなかったらしい。・・・しかも最初から。





「をー」

クマ?
その日、えーしの家で夕食をご馳走になっているときに、えーしのお父さんが帰ってきた。
初めて、会った。
でっかくてがっしりとしていて、顔つきがちょっと怖い。
えーしが「お帰り」と声を掛けたあとに、

「こ、こんばんは」

と、挨拶した。
―――― えーしはお母さん似で、えーしのお兄さんはお父さん似なんだ。
って思ってると、
盛大にニカってした顔で、

「をを。こりゃ、むぞかねー。ちゃんと食べよるんか、えらいちいさかごたるばってん。うちんげんかあちゃんのメシはうまかけん遠慮ばせんで、ちかっぱ食べていかんね」

って野太い声で言われた。
に、日本語???
そして、えーしのお父さんはのっしのっしとダイニングから出て行った。
部屋に着替えに行ったのだそうだ。なにか、用事があったのか、えーしのお母さんも一緒にえーしのお父さんについていった。
テーブルでオレの隣にすわってるえーしを見た。
魚の煮つけを箸でキレイにむしっている。
何回か会ったことのあるえーしのお兄さんは、大学の柔道部の合宿に行ってるらしく、明日まで居ないのだそうだ。

「・・・オレ、今、なんて言われたのか、よくわかんなかった」

「父の郷土の言葉だからね」

そーなんだ。聞いたことナイ単語がいっぱい出てきたな。
と、炊き立てのご飯を口に運びながら思った。
ほわほわっと湯気が上がっているご飯はつやつやふっくらで、お米の粒が輝いている。
口の中のあったかいご飯をもぐもぐ、っと噛んだ。
んー、おいしぃ。
なんでも、内釜に墨を使っている炊飯器で炊いたんだって、さっき、えーしのお母さんが教えてくれた。お米は、えーしのお父さんの実家が農家で、そこから送ってもらってるんだってことも。

「郷土の人と会ってしゃべると言葉が戻るみたいなんだ。今日も、誰か昔の知り合いと飲んできたんじゃないかな」

「えーしも、今みたいな言葉しゃべるの?」

「僕?」

「うん」

あんまし、想像できないけど。

「僕は聞き取りはできるけど、話すことは出来ないな」

へぇー、そういうもんなんだ。

「えーしのお父さんオレになんて言ったの?」

「翻訳する?」

「うん、して」

えーしが、優雅に口をひらいた。

「Oh! You are lovely. However, do you eat neatly ? Though the body is very small. Now, eat a lot about my wife's dish because it is delicious. 」



「それ、もっとわからないからっ!!」



( おわり )








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【 おまけ小話 :えーしのお兄さんはこんな人。】




えーしのお兄さんには、大学2年生で、小さいときから柔道をしているのだそうだ。
刈り上げた短い髪の毛に、背が高くてたくましい身体つき、四角い顔は表情も険しい。大学でも柔道をしていて、試合や練習なんかで忙しいみたいで、滅多に会うことはないけど、
偶然、家に居るときは必ず、オレがえーしんちから帰るとき、車で駅まで送ってくれる。
お兄さんは無口みたいで、車の中でもほとんどしゃべらなくて、後部座席でオレのとなりにすわってるえーしとオレばっか話してる。
ときどき、えーしが話題をふっても、「ああ」とか「いや」とかしか返ってこない。
でも、いつも、なんか気分よさそうにハンドルを握ってるから、運転が好きなのかな、と思っていた。




「これ、」

くま?

「やる」

「―――― はぁ」

手渡された熊のぬいぐるみ。なんでだろうと思いながらも、どうも、と言って受け取った。
すると、

「よしよし」

でっかいグローブみたいな手で頭をなでられた・・・・・・。リアクションに困ってると、えーしのお兄さんはリビングを出て行った。それから、玄関を開ける音がしたから、そのままどこかに、出かけたみたいだ。
学校帰りにえーしんちに寄って、
えーしがキッチンの冷蔵庫からアイスを持ってくるから、と言ったので、リビングのソファにすわって待ってるときだった。
手の中のクマを見てると、えーしが戻ってきた。

「塩ヴァニラとクッキーチョコ、どっちがいい?」

ソファのうしろから聞かれて、

「くっきーちょこ」

そう言うと、えーしがカップに入ったアイスとスプーンをくれた。
そして、ソファをぐるりと回ってくるとオレの隣にすわった。そうか、ソファの背をまたいだりはしないんだ・・・。このソファだったら、またぎそこなっても、引っくり返ったりしなさそうなのにな。
えーしの家のリビングはだだっぴろい。ソファだってオレが手足を伸ばして横になったとしてもまだまだ余裕がある。
オレの隣にすわったえーしがアイスのカップのフタめくって、テーブルの上に置いた。
むーん。・・・そうか、フタの裏はなめないんだな。
フタの裏にちょびっとついているアイスに心を残しながらも、オレもえーしにならって、カップのフタをテーブルの上に置いた。テーブルの表面は、キャラメルヴァニラアイスのようなマーブル模様だ。
チョコアイスに砕いたバタークッキーがまぜこまれているアイスを、口に入れた。
むむ! チョコの苦甘いのと、クッキーのさっくりな食感のコラボがおいしいー。
ぱくぱくっと、3口ほど味わった。
けど、
隣のえーしが気になる。・・・ので、言ってみた。
 
「塩ヴァニラ、味見したい」

えーしが、「いいよ」って感じで口元をゆるめた笑顔を見せたから、
カップを差し出してくる、と思ったら。
キスされた。
口ん中に、えーしの舌が入ってきたけど・・・。

「クッキーチョコもおいしいね」

「―――― 味わかんないよ」

アイスで冷えた舌でくちゅくちゅされた。

「そう?」

えーしって、実は、けちんぼ?

「ああ、そんな顔しない」

えーしがクスっと笑った。
って、えーしのせいだし!

「じゃ、僕の口の中に、アイスをいれとくから、それを ―――― 」

オレは無言でえーしが手に持っている塩ヴァニラのカップにスプーンをつっこんだ。
もりっとすくって、口に入れた。
をっ! おいしい。
もっとすごいショッパイのかと思ってたけど、濃厚なヴァニラの甘さのあとに、さっぱりとした塩味がきて、いい感じだ。

「皓也、つまんないなぁ」

「リビングでそういうことしたくない」

「じゃ、部屋に行こう」

えーしがオレの腕をつかんで立ち上がった。
その拍子に、オレの横に置いておいたクマがコロン、と床に落ちた。

「それ・・・」

クマを見てえーしが言った。

「あ、さっき、えーしのお兄さんが」

「ああ、また作ったんだね」

「・・・誰が?」

「兄が」






えーしの言動が、悪ふざけなのかイジワルなのか、それともそーいう雰囲気に持っていこうとしてるのかが瞬時に切り替わるから、オレはそのたびにオタオタして、そして、いつのまにか、あれれれ? っていう間に、服を脱がされてたりする。
それで、今も、えーしの部屋で、・・・・・・そういうことになって、あ、っでも、キスだけだけど。
でもなんか、―――― キスもいろんなヴァリエーションやオプションがあるんだなぁ、と妙なところで感心した。

「・・・べたべたする」

ほほをティッシュでぬぐったけど、さわるとまだべたべたする。

「ん ―――― ? 舐めたりなかったかな」

い、いえ、もー充分です。
ううん、大丈夫と言って、気をそらせるようにして、クッションのはしっこに置いておいたクマを手に取った。

「本当に、えーしのお兄さんが作ったの? これ」

さっき、えーしが『兄が作った』みたいなことを言ったけど、くわしくたずねる間もなく、えーしの部屋で色々やらかされた ――――。
手のひらの大きさのミニクマ。花柄の生地でできていて、関節はボタンでとめてあるから、手足が動く。まるで、売ってる物みたいに、丁寧にきちんと縫い上げられている。表情もなんだか、ほんのりと笑っているみたいで可愛らしい。
「うん、そうだよ。兄は皓也みたいな感じが好きだから、それをプレゼントしたんだろうね」
気に入った人には、自分の気に入ったものをあげたいという心理かな、とえーしが言った。
「え? えーしのお兄さんも、オトコの人とつきあうの?」
「いや、そうじゃないんだけどね」
と言って、えーしがオレのほほに顔をくっつけてきた。
う、アイスのかわいたので、ぺたぺたっとなる。

「くっついてはなれられなくなったらどうしようか?」

ふーんだ。オレはうれしいけどね。えーしとずっといっしょで。でも、そんなん、正直に言うのは照れくさいから、

「すっごい、やだ」

って、顔をはなした。
あ、・・・・・強く言い過ぎちゃったかな、って心配になったけど、
でも、ウエストにまわってきてる手はそのままだったから、ほっとして、話しをつづけた。

「『そうじゃない』って?」

「つきあう、ということじゃなくて、趣味がね。それに、兄には、きれいでたくましい彼女がいるから」

きれいで、・・・たくましい?

「兄は、手作りが好きでね。趣味でぬいぐるみやマスコットをよく作っているんだ。僕の家庭科の宿題は全部、兄がしてくれたよ」

そ、そうなのか・・・。

「それと、オレみたいな感じが好きって、どういう関係があるの?」

「兄は、ちいさくてかわいいものが好きなんだ」

えーしが言った。なんか、目がニヤってしてる。

「―――― オレ、ちっさくないし」

ムゥっとして、言った。
・・・かわいくもないけど。でも、えーしがそう言ってくれるんなら、と思って、それは取っておいた。

「ちいさいよ」

「ちっがうよ。平均にちょっと足りないだけだから」

「ふーん」

「な、なに?」

「じゃあ、大きくしようか」

「―――― ? どうやって?」

「こうやって」

と言って、えーしがオレの脚の間に手を伸ばしてきた。




ちがうって!! ソコもちっさくないし!!!



( おわり )






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【 おまけ小話 :えーしの家族はこんな感じ。】




「・・・あれ」

「起きた?」

自分のじゃないベッドの中で、すごいぐっすりと眠っていた。

「・・ここ、えーしんちだったっけ」

目をごしごししながら、ちゃんと服を着て、ベッドの外からオレのことをのぞき込んできてるえーしに聞いた。

「うん、そう」

あ、そうだった。
明日の祝日は、朝早くからえーしのお兄さんの車で、熱気球の大会を観に連れて行ってもらうから、今晩はえーしんちに泊めてもらうことにしてたんだった。
それで、えーしんちに来た時、他に誰もいなかったし、
えーっと、なんか、身体がそんな感じだったから・・・、したんだった。
まだ、気持ちも身体もてろーん、としてる。
オレは手を伸ばして、えーしの腕にさわった。

「まだ、眠い?」

髪の毛をなでられて、うっとりするぐらい気持ちがいい。
ううん、とオレは小さく首をふって、

「オレ、」

うるんだ目で、えーしのことを見上げた。

「すごく、―――― お腹すいた」

胃が、からっからのからっぽだ。





「うるせぇんだよ、いつまでもえらそうに親づらしてんじゃねぇよ」

低い声で、履き捨てるような口調。

「なんば言いいよぉとや。誰んおかげで、お前がこげん大きゅうなったと思いよっとや」

もっと低い、恫喝するような声・・・。

「うるせぇな、何かというとすぐそれだ」

「また、投げ飛ばされんと判らんごたるな」

「いつまでも、そうできると思うなよ」


「ようし、」
段々、声が剣呑になってきた。
えーしの部屋から下の階に降りてきたときだった。
ダイニングのとなりの居間で、えーしのお父さんとお兄さんが一触即発の危機・・。

「え、えーし」

「ああ、大丈夫。あれは、ただのテレビのチャンネル争いだから」

「・・・はぁ」

えーしんちは、テレビが居間にしかない。ただでさえ、家が広いから、家族が一箇所に集まるように、っていう方針なのらしい。

「まったくねぇ、最新のDVDがあるんだから録画すればいいのにね」

いつもこうなんだよ、と、えーしが肩をすくめた。
すると、キッチンのほうから、

「まぁ、たいへん、たいへん」

と、スリッパの音をぱたぱたと立てながら、えーしのお母さんがやってきた。

「ビョンホンのドラマに遅れちゃうところだったわ」

えーしのお母さんがテレビのリモコンを手にとって、ぴ、と押すと、

「「あ、」」

えーしのお父さんとお兄さんが見事な低音でハモった。

「あら、なあに」

えーしのお母さんが、かわいらしく首をかしげた。

「・・・いや」

「な、なんでもない」


その日、おれは、えーしんちの力関係がはっきりと見えた。






( おわり )
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