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青春イベント盛り合わせ(9月)
ハタケくんの壁
しおりを挟む大学日本代表の先発ピッチャー、布田川は強かった。そしてキャッチャーもまた圧倒的だった。高校日本代表は三者凡退で初回を終わらせられた。
「シュンちゃん頼むでー。」
「大ちゃんにも任した!」
石山たちは情けない声でベンチに戻るなり中川と大東に嫌がらせのようにプレッシャーをかけた。
「石山、どや、布田川の球は?」
守備の準備をする石山に関本監督が近づいて訊ねた。石山は1塁側ベンチを見ながら「あー」と情けない声を出す。
「手元でめっちゃ動きます。これ打てたらアメリカに勝てる思います。」
「やっぱあのピッチャー、ムービング使えるんか。」
「ファウル打った時にめっちゃ手ぇ痺れましたし、シュンちゃんと大東に任せましょうや。」
「アホか。お前も上位打線なんやからしっかり打て!」
「すんません。」
関本が石山の肩を軽く叩くと、野手陣はそれぞれの守備につく。ベンチ前でキャッチボールをしていた智裕も後藤に返球すると、マスク以外を身につけベンチから出てきた晃に駆け寄った。
「畠、さっきは助かった。」
「お、おう……。」
「次も頼むな。あ、清田すぐ上にいるぞ。」
「か、関係あらへんわ!」
晃は赤面を隠すように少しうつむきながらホームベースの前についた。そしてマスクをかぶってキャッチボール用のボールを智裕に投げて投球練習を始めた。
(松田は、たった1ヶ月とちょっとでこんな変わった。フォームも、球も、それだけやない、気持ちが…強くなった。由比コーチにしごかれたんかな?俺はどうなんや?情けなくキョースケに泣き言喚いて…あかんやろ、俺がリードせな。キョースケ、見とるんかな?後藤先輩にもどう思われとんのかな?)
そんな風に思い巡らせている晃に智裕は気がつく。
(畠、甲子園の時の方がよっぽどおっかねぇんだけど。どうした?マスク被っても空気がイマイチ変わらない…練習の時もそうだったけど……清田?いや、でも…そんなんで……いやいや俺も人のこと言えねーわ。このままじゃ、この回……畠…。)
智裕は密かに後藤に言われたことがあった。
_次ん回、絶対首振んな。畠んこつ信じろ。
どういう意図なのかわからなかったが、智裕はその言葉に危機感を抱いている。そんな気持ちのまま最後の1球を畠に投げて、畠が1塁に送球し、相手チームの4番打者・友利裕昌がバッターボックスに近づいてきた。
『4番、友利裕昌、背番号7。』
(4番、友利……瀬戸内のゴジラの異名を持っとる広島の大学リーグ1番の主砲か。ここんとこ嫌ってくらいネットやテレビで見たけど…身体は中川先輩くらいデカいわ。)
横目で友利の一挙一動を見ながら晃は配球を考えた。
この友利と関西圏で比較されることが多い中川は3塁からその姿を見る。
(……友利、さん?…知らんけど。なんやめっちゃ小顔でシュッとしとんなぁ……羨ましいわ。)
中川は違うところで敗北感を感じていた。そして当の友利は智裕をじっと見て勝負を挑んでくる。
(松田智裕なぁ…なんやヘタレっぽい気がすんのは、気のせいか?)
友利は一発で智裕の本性を見抜いた。智裕は後藤の言う通りに首を振らずに晃の要求を快諾した。
カーンッ
初球、右打者の友利に対して内角を抉るようなストレートを投げた。球速は149km/hなのに打たれた。バットからは「メリッ」と折れる音もしたが白球は大きくレフトへ飛んでいく。レフトが追いかけるが、ストンとスタンドに運ばれた。
「あー…詰まってしもぉたわ…。」
晃にわざと聞こえるようにそう言うとバットを投げてゆるりと走塁する。1塁側のスタンドを中心に大きく盛り上がった。晃はマスクを外して呆然と立ち尽くし、左側に転がるバットを見る。
(芯から下の方が、裂けとる…折れてる。)
智裕は苦い顔をしながらレフト方向を眺めている。友利が悠然とホームインすると、内野陣はマウンドに集まった。晃も苦虫を噛むような顔で智裕の元に駆け寄る。
「おいおいおいおいまっつん、何してんねん。」
「シュンちゃんせんぱーい…俺全然失投でもなかったですよ!」
「すまん松田……俺の配球が甘かった。さっきの回でストレート見られてんのに…すまん…。」
「謝んなって。」
智裕はグラブで口元を隠しながら、左手で落ち込む晃の肩を叩いた。
「バット…折れとった……松田の球は球威も速度もコントロールも完璧やった……俺が…。」
「畠、次だ、切り替えっぞ。」
晃の肩は智裕に「トン」と軽く叩かれただけなのに、急激に重く、そして痛く感じた。
他の内野陣が散り散りになり、晃もなんとか足を動かして自分のポジションにつく。「すう」と大きく息を吸って、「ふう」と軽く息を吐いてからマスクをかぶる。サインを出しながらしゃがんでマウンドを見ると、智裕は先ほどとは比べものにならない殺気に似たようなものを放っていた。
(俺は…これを知っとる……昨日のハチローさんとおんなじ……こんな松田知らんで…なんやこれ…。)
ストレートは見られていると読んだ晃はスライダーをまた内角に要求した。勿論、智裕は頷いた。
***
3回表に入る前に球場アナウンスが響く。
『選手交替のお知らせです。キャッチャー・畠に代わり、後藤礼央、背番号21。』
バックスクリーンには黒縁メガネをかけた後藤の笑顔が映っていた。
「やっぱキャッチャーかー。」
「松田、全然失投してねぇのに1イニングで3失点だもんな。」
「これで立て直せなかったらピッチャーも交替だろ。」
野球に詳しいと思しき人たちはこの交代劇を口々に意見する。その全てが晃への批判だった。
「ねぇ、大竹くん…これって変なことなの?」
この異様な空気に疑問を抱いた拓海は隣にいた裕也に訊ねた。裕也は自分の肩を抱く直倫を見上げて話す。
「俺こんなん初めて見たんだけど……直倫、畠晃って馬橋の正捕手なんじゃねーのかよ。」
「そうですけど……何があったんでしょうか……。」
直倫すらこの交代劇には首を傾げていた。
「1回は松田の奴、首振ってたのに…さっきの回は全部晃の要求通りだったんだよ。」
直倫の近くにいた恭介は低い声で呟いたので、聞こえた全員は驚いて怯えた。恭介のとなりに座っていた野村は恭介の顔を見ると心配になる。
「き、清田くん……顔、怖いよ?」
「あ?」
「あ、じゃなくて……か、お!怖いよ。」
「……ちょっと便所。」
恭介は立ち上がってどこかに行ってしまった。野球部たちは唖然として恭介の背を見た。
「キャプテンめっちゃキレてません?」
「別に松田が降板したわけじゃねーんだけどなぁ……。」
「あ、でもさ、この前もファミレスで清田と馬橋の畠、テレビ電話してて…。」
川瀬がそんなことを思い出したように言うと、1年の弥栄は裕也からずっと離れない哀れな同級生を指して。
「馬橋のキャプテンと四高のキャプテンもあんな関係だったりしたらどうします?」
そんな爆弾発言に対して、部員たちは顔を赤くしたり青ざめたり様々な反応をする。すかざず香山は弥栄の肩を掴んで訴えた。
「弥栄ぁ…お前マジ滅多なこと言うんじゃねーよ……同じ部にホモは赤松1人で充分なんだよ。」
「え?だって好きになったらおっぱいが大きくても小さくても関係ないじゃないスか。」
「問題はそこだけじゃねぇ!そして清田に彼女とか彼氏とかキモいんだよ!あいつがデレデレしてんの想像するだけでゲロ吐きそうだわ!」
「あーわかりますそれ!キャプテンがあんな膝乗ったりなでなでされたりすんの見たくねぇっすよね。」
そんな部員たちの憶測トークへのニヤニヤを堪える増田だった。
(き、清田くん……どこ行ったのかなぁ?お、追いかけたい。きっと畠くんのことを慰めに…あ、でも畠くんまだロッカーとかだから、あ、でも抜け出したらトイレとか連れ込んで……清田×畠、超見たい!どんなトロ顔すんの畠くん!絶対可愛い絶対やばい!)
「私もちょっとトイレに、」
「琉璃ちゃん、さっき行ったよね?松田くん2アウト目取ったから応援しようか?」
増田の煩悩は彼氏に制されてしまった。
***
交替させられた晃は一度ダグアウトから姿を消した。ロッカーでアイシングをしながら俯いていると今日は制服を着た八良がやってきた。
「今どんな気持ちや、畠。」
「…………松田に、悪いて……思おて…る……。」
「今年の日本一のチームの捕手やぞ。馬橋の看板に泥塗るつもりか。」
「すんません……。」
八良は遠慮なく隣に座って、変わらず厳しい声を出す。
「何があかんかったんか、もうわかっとるやろ?」
「…………俺は……松田に、負けました……。」
「おーおー、わかっとって何で立て直せへんのや?リードするんはお前とちゃうんか?」
「はい……。」
晃はこれ以上言葉が出なかった。
八良は呆れたようにため息をつくと立ち上がり、晃のスポーツバッグを漁りだした。いつもなら「何してんねん。」などと言い返したり抵抗するのに、今の晃にはその気力すら残っていなかった。
「あった、あった。」と言いながら八良が取り出したのは、首から下げるネームプレート。八良も今同じものを首からさげていた。
「3塁側、9番10番ゲートん方にキョーちゃんおったで。」
「………え。」
「6回までにそのしけた面、どうにかせぇ、アホ。」
そう言うと八良は晃からアイシングを奪い、ネームプレートを渡した。晃はすぐにスパイクをスニーカーに履き替え、上半身のユニフォームを脱ぐとネームプレートをさげてロッカーを飛び出そうとした。
(でも待って……俺、どんな顔でキョースケに会うんや…。)
入口のところで立ち止まり、晃は自嘲する。
「こんな…とこ……キョースケに見られんの、無理です…。」
踵を返そうとすると、八良は晃の肩を押して無理やりダグアウトとは反対の方向に向かわせた。
「ハ、ハチローさん⁉︎何してん⁉︎」
「キョーちゃん、お前探しとったで。たまたま会うた俺に『晃はどうなってんですか⁉︎』って必死に訊いてきとったわ。俺はそんなん知らんし、お前が直接どうなっとんのかブチまけてしまえや。』
トンっと背を押されると、晃は警備員が立つ関係者の入り口から一般エリアに出た。脱帽をしてベリーショートの髪はヘルメットでぺしゃんこになっているからか客は誰も晃に気がつかない。
ただ1人、気付けばそれで良かった。
「晃。」
晃はその声を聞いただけで、堪えていたものが溢れてくる。そんな姿を誰にも見せたくない独占欲に掻き立てられた声の主は力一杯に晃の手を引いた。
***
スタンドからの歓声、今は丁度3回裏、U-18日本代表の攻撃、恐らく出塁したのだろう。
そーれ はーたがやー!
晃は恭介に男子トイレの個室に連れ込まれている。だがスタンドのファンファーレが耳に響く。
(あ…幡ヶ谷先輩……スクイズでセーフになったんか、な…。)
「聞こえるか?晃。」
「ん……。」
「3点くらい、中川さんたちならひっくり返すし、松田はこれから1点もやらねーし相手に隙を与えない……。」
「キョ……スケ……俺、俺ぇ……。」
「お前は俺に勝ったんだから、あんな坊主頭に負けるような奴じゃねーだろ。」
「キョー…スケ……う、ぐぅ……っ!」
「晃、顔上げろ。」
恭介の肩口に顔を埋めようと俯いてた晃の顔を、恭介は両手で挟んで自分と目線を交わせさせる。同じ身長、同じ目線、真っ直ぐに捉えた晃の泣き顔を恭介は奪う。
「お前さ、俺のこと好きだろ?」
「へ……え、あ、あ、あ…そ、それは…その…。」
(あーあ、顔真っ赤っか。)
愛おしい、そんな気持ちが恭介の心臓を高鳴らせる。決して可愛らしいとは言えない顔身体で、恭介なんかよりも遥かに逞しい心身を持ち合わせているからこそ、日の丸を背負っている、この場にいる。なのに、目の前にいて図星を突かれて真っ赤な顔で慌てる晃が、愛おしい。そんな想いを言葉にするより先に、唇の体温で伝えた。
(口、震えてる…可愛い奴。)
晃にとって初めてのキス。わからずに呼吸をしようと唇を開いた隙に恭介は舌を侵入させた。
「ふぅ…⁉︎んん……。」
戸惑い逃げる晃を恭介は追った。絡め取って、同時に握りしめていた晃の手も指を絡ませて撫でて、逃さないようにと体現する。
(本当に何も知らない……野球以外のことは。だから俺はこいつに負けたんだ、よな……。)
唇を離すと、晃の赤くなって目が潤んだ、恭介を興奮させる表情が目に映った。
「キョ……スケ……。」
「離したくねぇな……。」
「え…。」
恭介はそう切なそうに笑ってみせると、晃を引き寄せて強く抱きしめた。晃はおずおずと背中に手を回して密着すると、自分の心臓の打つ速度と恭介の心臓の打つ速度が同じだと気がつく。
「キョースケ……あの、な……。」
「うん。」
「俺…な……。」
「うん。」
キュっと恭介の服をつかむように、縋って、震える声を絞り出した。
「俺、キョースケ…が……好きや…。」
その想いを、恭介はもう一度のキスで応えた。さっきよりも、もっと遠慮なく、激しく。
今度は晃も拙く交えた。
「ん、あぅ…ん…っ。」
グラウンドでの勝気な声は微塵も残らず、ただ好きな人に身を委ねるための声だった。恭介は全身の理性をフル回転させてどうにか晃を解放した。
「覚えとけ……俺、結構独占欲強いから。」
「はう……う、ん……。」
「松田とかあの辺に本当はすっげー嫉妬してっから。」
「そんな…俺、ハチローさんみたいに顔もよぉないし…松田や中川先輩みたいにモテへんから…。」
「晃。」
恭介は親指で垂れそうになっている晃の唾液を拭って、そのまま下唇をなぞる。
「お前、涙止まったけどエロい顔してっから…ここから出したくない。」
「……そんなん…ない…。」
「ここから出したらさ、お前とはもう春まで会えねぇんだよな。」
「あ……。」
やっと通じ合った矢先に降りかかる現実を意識すると、晃も恭介と絡ませた指を強く握る。
「キョースケ……キョースケぇ……。」
今度は寂しさを埋めるためにキスをしようとした。
そーれ!いっしやまぁー!
石山が布田川を攻略したようで、出塁をした。そして続けくファンファーレは、加点したという合図。その金管楽器と歓声の音で晃は留まった。そして恭介を押して、離れる。
「また、春に会おうや…キョースケ……。」
もう涙は一滴も出ない。そんな顔をしていた。恭介は晃が去っていったあと、満足そうに静かに笑った。
(これは、明日から更に頑張らねーとな。絶対、春に会うためにな。)
「長ぇな…まだ秋がきたばっかだっつーの。」
***
晃がベンチに戻った時は5回裏ノーアウトの状況。U-18日本代表チームは3点ビハインドだった状況から同点にまで持ち込んでいた。バッターボックスに立っているのは6番の後藤だった。
そしてブルペンでは智裕と、島田が投球練習をして肩を作っている。
その様子をスタンドから直倫は静かに見ていた。
「島田……。」
本当は奥歯を噛み締めたいくらいに島田の覇気を見ることが悔しかった。だけど、今スタンドで観てるだけの自身とブルペンに智裕と肩を並べる旧友から目を逸らすことの方が悔しくて出来ない。
「えっと、背番号41番……島田翅、1年⁉︎」
裕也はブルペンにいる島田をスマホで検索した。そして出てきた島田のプロフィールを見ると、隣で先程から大人しくしている直倫を見る。
「直倫……お前……大丈夫か?」
「……ええ、俺はちゃんと見ないとダメなんです。島田と俺は何が違ったんだと…。」
島田が投げる球は直倫が知っているものではなかった。トライアウトで見たときにも圧倒的であったが、今はそれ以上だった。島田の隣で投げている智裕もまだ疲れが見えない。
2人に近づくのは由比で、由比と言葉を交わしているであろう智裕も島田も、まるで別の世界の住人のようだった。直倫は拳を握る。
裕也は少しだけ目を伏せ、スマホをポケットに突っ込むとその握りこぶしの片方にそっと手を置いた。優しい温度を感知した直倫はその手の先を見つめる。
「直接ぶっ叩いてやれよ、秋季大会でさ。」
「裕也さん……。」
直倫は悔しさで握った拳を解くと、裕也をまた抱き寄せた。
「裕也さん…本当に貴方って人は…。」
「うぜぇ!暑苦しいんだよバーカ!」
直倫に抱かれながらも裕也は島田を見ていると、智裕の言葉を思い出す。
_もし赤松が聖斎だったら日本代表になってた。
(本当なら、直倫もあの場所にいたのかも、しれねぇのに……何が、お前の枷になってんだ、直倫。)
「俺、なのか?」
「どうしたんですか、裕也さん。」
チリチリと痛んでくる胸に耐えられず、乱暴に「トイレ!」と叫んでその場を離れた。
スタンド内に入って、もよおしているわけでもなかったので天井から下がっているモニターをボーッと見上げていると、周りがザワザワとしだした。裕也も何となくそちらの方を見ると、ブレザーの制服を着た少し小柄な男子高校生がいた。それは、昨日先発投手として勝利を収めた、智裕の憧れでライバルでもある人物。
「松田八良……。」
そう名前をつぶやくと、何故か八良の方から裕也に近づく。
「あ、やっぱそや。トモちんの友達やん。トモちんと増田ちゃんのスマホでよぉ見たことある顔やわ。こんちわー。」
八良はヒラヒラと手を振りながら裕也の隣に並んで、モニターを見上げた。
「あれ?人違いやった?」
「い、いえ……あの…合ってますけど。何で俺のこと知ってんすか?」
「ゆーたやん、トモちんのスマホでよぉ見かけたからやって。」
「普通覚えませんよ。」
「俺は記憶力ええねん。せやけどスタンドで見らんでええの?もうすぐトモちん交代やで。」
「え……。」
智裕が交代する、その言葉で思い出されるのは夏の馬橋との戦い。智裕は苦しそうにマウンドを降りていった。あの時の負の感情が蘇って裕也は震えそうになる。
「あー、トモちんはまだまだ投げられるけど、今回は国際試合のルールに則っとて球数が1人80球までやねん。2回で3失点もして6回の頭で交代やろな。」
「そうなんですか……あの、次に投げるのは1年生ですか?」
「せやで。ツーちゃんえらい肝座っとるし、予選では先発投げさせられると思うで。球も申し分ないしな。」
八良は何故か面白うそうだと言うような顔で笑いモニターを見つづける。智裕が1人の打者を抑えた瞬間、後藤が球審にタイムを告げで智裕に近づいていく。そして次に映されたのは関本監督が審判に投手交代を告げるシーン。ブルペンで投げていたらしい島田は帽子をかぶり直して由比に背中を押されマウンドに送り出された。
「ちょい待て、ツーちゃん?」
「翅やからツーちゃんやろ。」
「どう考えてもあの顔でちゃん付けはないでしょ?」
島田は鋭い眼光をしておりお世辞でも「優しそうだね。」なんて言えるような人相ではない。むしろその辺の人を1人くらい殺してそうな細くて凶悪な顔をしている。
「あの仏頂面はウチの金谷とええ勝負やけど、普通に話したらええ子やったで。トモちんも最初なんや…あのシュッとしたにーちゃんを聖斎に返せーて喧嘩売られたみたいやったけど、由比コーチが仲裁に入って今ではすっかり仲良しやで。」
「シュッとしたにーちゃん」とは直倫のことだと裕也はすぐに理解した。智裕が悩んでいたきっかけだった島田が、智裕とマウンドでハイタッチしているシーンは見るに耐えないものだった。
「せや、トモちんって年上の彼女おんのやろ?」
「彼女?」
(そういやさっきブルペンでも年上の女教師がどーだこーだって……もしかして年上の女教師の彼女ってツワブキちゃんのことか。性別以外は合ってんな。)
「俺からは同じ場所におるから言えへんし、代わりに伝えといてくれへん?」
「何をですか?」
八良が蹙めた目線の先には智裕がベンチに戻って、由比に腰を抱かれて話を聞いてもらっているところだった。智裕はグラウンドから背を向けているので表情はわからないが、由比は何度も何度も頷いていた。
「由比コーチ、絶対トモちんをオンナとして狙っとるで…って。」
「既に手遅れです。」とは口に出せなかった。
***
2日目もU-18日本代表チームの勝利で終わり、勝利投手は島田になった。しかしお立ち台には智裕と島田と中川が立っている。
拓海は2年5組に連れられてスタンドから1番お立ち台が見える場所から智裕を見守った。無数のフラッシュが智裕を狙う。智裕の一挙一動に世間が注目する。額から滲む汗を手で拭うとこ、「えー」「あー」と間延びする声、照れ臭くなってはにかむ顔、ひとつひとつが誰かだけのものでなくなった。
(あ……やだ……泣きそう…カッコよくて見たいのに……俺だけじゃなくて、色んな人が智裕くんがカッコいいって気づくのが、嫌だ。)
『松田投手、今日は残念ながら勝利がつきませんでしたが、2回の3失点以降は球数制限いっぱいいっぱいまで投げて抑えました。やはり2回のあの失点は悔しかったですか?』
『はい……えっと情けないピッチングだったなと反省し、次の回から後藤先輩に変わったのでピリッと、チーム全体も締まりました。はい…。』
『それと、公式ホームページで話題になってます「大切な人」ですが、それはどなたのことですか?』
もうすぐ智裕のインタビューが終わるという時にインタビュアーがとんでもない質問をして場内も色めき立って、フラッシュも再びたかれる。智裕も本来の情けない顔で戸惑うと智裕と反対側に立つ中川が手をあげて答える。
『カノジョやろ?』
『違います!』
『せやったら誰やねん!』
『家族ですよ!かーぞーく!』
島田は言い合う2人の間に挟まれてウンザリそうな顔をしてそれにも観客たちはドッと湧いた。
『それではその大切な人を含め、応援するファンの方々にメッセージをお願いします。』
『はい、2日間応援ありがとうございました。どうにか勝てましたがチーム1人1人に新たな課題も見つかりましたし、大学チームも強かったのでもっと自分を見つめて、大阪で結束を高めてアメリカに向かいたです。そして、優勝をこの日本に持ち帰ります!これからも応援お願いします!』
帽子をとって深くお辞儀をして、その姿にさえ女性ファンは黄色い声をあげる。大きな拍手が送られる。
その光景が拓海には耐え難い。目の前のネットが嫌な境界となっている。
(智裕、くん……遠いよ……遠い……もう、行っちゃうんだよね……智裕くん……。)
目から感情を溢れさせないように堪える。
「ぱーぱ!とーと!りょー!」
すぐ横の高い位置から茉莉のはしゃぐ声がする。隣には宮西が立っていて、肩車されている茉莉は小さいメガホンを持って智裕に懸命に手を振る。
「ツワブキちゃん、せっかく松田が勝ったんだから、茉莉みてぇに喜んでやりなよ。」
「宮西くん……。」
「ぱぱー!はくちゅー!」
「そうだね、拍手だね。」
拓海は控えめに手を叩いた。
そんな拓海の背中を見届けていたのは。
「石蕗主任、何でスタンドやねん!」ロッカー行って試合直後の選手らに声と写真もらいますよ!」
「わーっとるわ、どアホ。」
郁海は部下に催促されそのまま回れ右をしてスタンド内へと階段をおりていった。
(あんなんでブーブー言うとるくらいやと続かへんか。放っといても、勝手に別れる…わな。)
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「え?何か言いました?」
「言っとらーん。」
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2022.05.01
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2022.05.15
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