運命の人じゃないけど。

加地トモカズ

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 部屋に入る前に男は「やべ。」と言いながらウエストポーチから名刺ケースを取り出した。


「申し遅れました。本日エアコン取り付けを担当します佐竹さたけ苳也トーヤと言います。」


 差し出された名刺を鷹倫は受け取った。


“ひまわり電機サービス(株)一級電気工事 佐竹 苳也”


「珍しい字ですね。」

「まぁめんどくせーだけっすよ。親もテキトーにつけたっぽいし。」



 恐らく質問され慣れているのであろう。苳也は軽くあしらいながら淡々と作業を進め始めた。


 一級電気工事士とだけあって、苳也の作業は速かった。エアコンを上げて固定するときは鷹倫も少し手伝ったが、小柄な体型からは想像し難いくらいに力はあった。捲った袖からチラチラと見える腕の血管や筋が目に入ると鷹倫は動揺しつつあった。


「じゃ、作動確認しまーす。」


 取り付け終えて苳也はエアコンを起動させた。本体とベランダに置いた室外機の動作の確認をして、タブレット端末でチェックを入れていく。
 鷹倫はその間に麦茶を淹れた。

 チェックを終えると急いでブルーシートなんかを片付け、玄関先に置いてある台車に載せた。
 最後にタブレット端末と持ち運び用のプリンターを出すと、タッチペンと端末を鷹倫に差し出した。


「すんません、ここにフルネームでサインお願いします。」

「……あ、はい。あの、麦茶どうぞ。」

「お、ありがとうございまーす。」


 鷹倫は指定された場所に記名しながら、麦茶を飲み干す苳也をチラチラと見つめた。じんわりと汗で濡れた皮膚が、扇情的に見える。


「あの……変なこと訊ねてもいいですか?」

「あ?何スか?」

「βは、βの異性にしか惹かれないものですか?」

「あー…もしかしてお客さん、α?」

「まぁ、はい。」

「んー……Ωもαも、容姿は最高だったり金持ちだったりするし、すげーなーとか芸能人見るような感じですかね。でも付き合いてぇとか結婚してぇとかなっても、フェロモンってやつ?あれ凄すぎて引いちゃう感じっすね。」


 αとΩが惹かれ合うための、番を見つけるためのフェロモン。それはβにとって邪険なものだと鷹倫は初めて知る。


「Ωと交際したことがあるんですか?」

「いや、前にΩのオネーちゃんばっかいるおっパブに行った時、マジぶっ飛びすぎて覚えてなくて、催眠術にでもかかった感じ。たまにならいいけど毎日はきっついわーって……つか、どうしたんですか急に。」

「いえ、βの方とこうしてお話するのが初めてだったので…。」

「ふーん。」



 苳也は鷹倫に「変な奴。」と言いたげな目線を送ると、端末をいじって領収書をプリントアウトした。そして必要書類を鷹倫に渡すと、さっさと玄関から出て行った。


「じゃ、時間間違えてすんませんでした。またご利用お待ちしてまーす。」

「ありがとうございました……。」


 苳也はガラガラと台車を押して離れていった。


 ダイニングテーブルの上には、来客用の濡れたグラスと領収書、そして手渡された名刺。名刺に書かれた「佐竹苳也」という文字を指先でなぞるだけで、鷹倫の脈がドクドクとうつ。


 そして発情のようなものを認識した。



「俺……が………βに惹かれてしまった。」



 絶対に有り得ない現実が鷹倫の身に降り注いだ。

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