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”出逢い”
【決戦】
しおりを挟む向かい合った両者は、まるで神話に出てくる龍と虎のようだった。
剃刀のような眼光を発し、目をそらそうともしない。
一秒が、何時間にも感じる。
少女は震えて枷が無くなったはずの手足を動かせなかった。
あの夜ーーーー
父親と母親を殺した・・・・・・Mr.リズム。
コイツの拳銃にも匹敵する殺気が、こちらへも伝わってくる。
山々のように隆起した全身の筋肉に命令を発している。
力め・・・・・・もっと強くッッ
人骨を・・・・・・内臓を・・・・・・命を破壊する力をよこせ、と。
その証拠に、表皮には血管が浮き出て心臓の鼓動の度にどくんと動くのだった。
「・・・・・・」
拳を上げて睨みつけているMr.リズムに対して、左目を失った男は構えていない。両腕をだらんと下ろして、脱力している様子。
(殺される・・・・・・ッッ!!)
少女は思った。
しかし、助けることもできない。
「~♪ ~♪」
で・・・・・・出たッッ
Mr.リズムの・・・・・・鼻歌だ・・・・・・
歌に乗りながら、膝を上下に動かしてリズムをとっている。
「~♪ ・・・・・・オラァァァッッ!!」
テレフォンパンチーーーー
予備動作が大きくこれからパンチが放たれることを知らせるような攻撃のことだ。
Mr.リズムは右の拳を耳の上部にまで引き、腰を軋むまで回した。
そして、左足を相手の前方付近にまで伸ばすと、そのまま拳を発射した。
隙が大きい代わりに、強力なパンチ力を生み出せる。
ゴウッ!! という風切り音と共に、拳が視界から消えた。
だが・・・・・・少女にだけは見えていた。
Mr.リズムのパンチだけではない。自分が眼球を奪った男の動作までもだ。
リズムの拳はたしかに男の顔面に接近していた・・・・・・が、男はそのパンチに瞬きすらもせずに身をかがんだ。その動きは無駄がなく、亀が甲羅に手足を引っ込めるかのような所作で、リズムの足下へ潜り込んだのである。
自然・・・・・・リズムの軸足が引っかかり、バランスを失った彼はふらつきながら「おっとっと」と部屋の中央部へ転びそうになった。
「なにしやがる!!」
「何もしてませんけどね」
ムクッと起き上がった男の顔は平静その物。
一方のリズムは恥をかかされたと、噴火寸前の表情だった。
「素直に死ねよ!!!! てめぇぇえ!!!!」
「ならば・・・・・・どうぞ」
男は両手を拡げた。
さながら磔に処されたキリストのようだ。
「逃げも隠れもしない・・・・・・お好きに」
これは降参ではない。
挑戦・・・・・・
乗らなければ・・・・・・リズムの闘争本能が刺激された。
「神に祈るんだなぁ!!」
「残念ですが無宗教なので」
ブチィィ!!!!
「死にさらせぇ!!!!」
こんな言葉はないが・・・・・・あえて名付けるなら・・・・・・テレフォンキック?
一三〇キロもの体重を全て右足に乗せ、大砲のように打った・・・・・・否、もはや『撃った』と言っても過言ではない。
格闘技の世界では常識だが、パンチ力よりもキック力の方が何段階も上である。
成人男性の脚伸展力は平均秒速十五メートル。キックのプロフェッショナルであるサッカー選手ならばその倍の三〇メートルになる。さらにそこにかかる重量と時間が関係している。
その方程式から行くとーーーー
Mr.リズムのキック力は単純計算で、一〇〇〇〇Nは超えている。
すなわち・・・・・・一〇二〇キロの力になる。一トンだ。
さらにさらに、軍用ブーツは厚底で、硬く、より威力を増大させることとなる。
要するにーーーー
人間でたとえるのであれば、成人男性十七人分の圧力が、人間の最も弱点の多い正中線目がけて飛んでくるのだ。
走馬燈を見ても、おかしくも何ともない。
ドリュッッ!!
ゴガァァァンッッ!!
リズムの脳裏によぎった感覚・・・・・・
(やった!!)
何かが粉砕する感触・・・・・・壊れた音・・・・・・吹き飛んでいく男・・・・・・
勝った・・・・・・
いや・・・・・・勝利だけでは足りないな・・・・・・
殺してやった・・・・・・
この世から目障りなヤツを綺麗に消してしまった全能感・・・・・・
自分は殺人兵器・・・・・・死を司る神のごとし存在・・・・・・
俺様は・・・・・・
「いやはや・・・・・・ビックリしましたねぇ」
「ッッ!?」
まさか・・・・・・
死んだはず・・・・・・
「もしもの時のために拝借しておいたのですが・・・・・・防ぐ手間が省けました」
ズル・・・・・・
ドサドサ・・・・・・
「ぼ・・・・・・防弾ベスト!?」
男の作務衣から出てきたのは何枚にも重ねさせた防弾ベスト。
プレートが粉々になっているのが分かる。
「銃弾をも弾くプレートを破砕するとは・・・・・・やはり世の中は広い」
「チィッッ!!」
ボッッ!!
放った右ストレート。
だが、今回は何かが違った。
「うっ!!」
「何の気なしに打ってはいけない」
Mr.リズムの巨木のような腕を、脇で挟んでいる。
しかも抜けない・・・・・・如何に力を入れようが、抜くことができない。
まるでニシキヘビに巻き付かれたかのごとし・・・・・・
「お嬢さん・・・・・・」
この展開でまさか声がかかるとは思っていなかった少女は肩をビクつかせた。
「分かりますか? 的確な意図のない攻撃は、むしろ敵へ塩を送ることとなる」
「・・・・・・」
「よく見ていて下さい。これが、フィジカルを超えることができる、技術です」
なっ・・・・・・!?
今まさに立ち合っている俺様ではなく・・・・・・商品の少女に!?
俺様のことを・・・・・・眼中に入れていない!?
(ふざけやがってッッ!!)
「おりゃぁぁぁ!!」
ブンッ!!
ギュッ!!
「左腕も・・・・・・取れました」
「ぐっ・・・・・・!!」
両腕が、脇に挟まれて動けない・・・・・・
自分の体格の二回りは小さいこの男に!?
「体格の勝る相手に関節をキメるのは難しい。単純な腕力でキメようとしても、力勝負では負けてしまうからです」
「・・・・・・」
「ですが・・・・・・人間の体内の仕組みは大きかろうが小さかろうが変わらない・・・・・・たとえば・・・・・・」
ギリギリ・・・・・・ッッ
「いっ!! 痛ぇ!!」
シンプルな痛みじゃない・・・・・・それくらいならいくらでも耐えることができる。
だが・・・・・・痛みと共に、電撃のような痺れが迫ってくる。
あまりのショックに身体が反射的に逃げようと、つま先立ちになってしまう。
「肘から指三本分です・・・・・・そこに、人体の痛点があります」
少女は言われた通り、注意深く観察していた。
男の細い指が、筋肉の鎧で護られている肘の上部を引っ掛けるようにして抑えている。
「閂・・・・・・関節技に、拳法の痛点刺激を加えた、少しばかりのオリジナルです」
「・・・・・・」
「こうして抑えてしまえば・・・・・・あとは思いのまま・・・・・・」
くるり・・・・・・
「うぐっ・・・・・・!!」
作務衣の男が一八〇度身体を回す。
すると抵抗もできないMr.リズムが、まるで操り人形かのように遅れてテトテトとつま先でついていくのであった。
「ダンスをさせるのも容易い・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ウケませんでしたね。少し恥ずかしいです」
「てめぇ!! 俺様を無視してんじゃねえ!!」
ゴウッ!!
人間の骨格の中で最も硬度を誇る部位。
頭蓋骨の生え際を、鼻骨目がけて・・・・・・
「ほいっと」
ぐりっ
「~~~ッッ!!」
頭突きを加えることすらできない!!
少し捻じ上げられるだけで、忍耐なんて到底できない苦痛が・・・・・・
「さてさて・・・・・・ここからどうしたものか・・・・・・」
「くっ・・・・・・!!」
「失神させるのもイイですが・・・・・・ねぇ? 貴方覚悟ありますよね?」
「あぁ?」
「殺されるつもりで、私を殺そうとしたのですよね?」
「ッッ!!」
「まさか・・・・・・自分がされて嫌なことを、他人にしようとした・・・・・・そんな幼稚でおバカな思考回路では、ありませんよね?」
「た・・・・・・たりめぇだぁ!!」
「それが聞けて良かった」
ミシミシ・・・・・・
「ツゥ・・・・・・ッッ!!」
「ウソは良くない・・・・・・痛いですよ?」
ミチミチミチ・・・・・・
Mr.リズムの痛覚が臨界点を突破し、口の端から泡が出てきた。
「ぐぅぅッッ!!」
「ではっ!」
メキャッッ!!
応援ありがとうございます!
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