死が二人を分かつまで

KAI

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”もうひとりの門下生”

【強さへの渇望】

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 ・・・・・・強くなって自分の魂を守りたい。



 そう思って、名高い道場に入門した。



 しかし、残念ながら運動神経が絶望的だったのだ。



 稽古けいこについてはいけない。



 結果として師範しはんに「君には才能がない」と断じられて破門。



 他の道場に行くも、身体の小ささでバカにされた。



 身長一六〇センチほど。



 日本人の平均身長にも及ばない。



 それでも諦めきれなかった。



 そして、運命の日がやってきた。



 とある、有名な総合格闘技ジムの門を叩いた日だ。



 身体の小ささを見て薄笑いを浮かべた現役選手やチャンピオンに「スパーリングしてテストしない? お兄ちゃん」と言われた。



 物の見事にボコボコにされた。



 それもそのはず。



 向こうの狙いはその様だったのである。



 ジムに響き渡る笑い声。



「おめーみたいなチビが強くなれると思った? マジで? バッカじゃねえの? ギャハハ!!」



 嘲笑ちょうしょうの嵐を浴びて、もう泣きそうだった。



 このまま、帰り道、線路にて・・・・・・



 そう思ってしまうほど、プライドをずたずたにされたのだ。





 とーーーー





「ハッハッハ!!」



 ひときわ大きな笑い声が、入り口付近から聞こえてくる。



 笑い声がひとつずつ減り、やがてその声だけになった。



 リングにうずくまっていた新樹も、その顔を上げて見やった。



 黒い男だった。



 黒の作務衣を着て、雪駄せった履き。



 その男が口だけで「ハッハッハ」と笑っている。



「・・・・・・何がおかしいンだよ!」



 選手たちが男に詰め寄った。



「いやはや・・・・・・だっておかしいじゃないですかぁ~格闘技を志して日々鍛錬しているたちが、弱い者イジメをして狂喜乱舞・・・・・・プププ・・・・・・ハーハッハッハ!!」


「てめえ・・・・・・何者だ!?」


「あぁ、私が用があるのは、そちらの方でして」



 指さす先には、チャンピオンが。



「先日、私の道場の前で立ち小便をしてくれましたね? 酔ってらっしゃったので、所在を尋ねると、ここのジムに来いとのことでしたので、来ましたよ」


「覚えてねぇなぁ」



 チャンピオンが指をバキバキ鳴らしながら、男に接近する。



 頭ひとつ分ほど大きかった。



「で? 俺に何しろって?」


「ん~・・・・・・謝って下されば」


「はいはぁ~い。すみましぇ~ん」



 チャンピオンはあくびをしながら言った。



「いえいえ・・・・・・それでは足りない」


「はぁ?」


「聖域である道場を汚された・・・・・・床に額を擦ってもらわねば釣り合いませんね」


「はぁ? マジで言ってンの? オッサン?」


「・・・・・・嗚呼、こういった時間も勿体ない」


「ンだと?」



 バッッ!!



 作務衣の男の指が、チャンピオンの鼻の穴に入った。



「ふがっ!?」


「だ~か~ら~・・・・・・こうして、擦りつけてって言ってますでしょう!?」



 男が動いたのは、半歩だけだった。



 チャンピオンは涙を流しながら地面に向かって落ちてゆき・・・・・・



 ビタッッッン!!



 床に叩きつけられた・・・・・・というよりも、突き刺さった。



 チャンピオンのカモシカのようなふとましいい両脚がピーンと伸びきって、的に当たったダーツのようだった。



 ずぼっ・・・・・・



 鼻から出した男の指は、中程まで真っ赤に染まっていた。



 他のジム関係者は、ただ眼をかっぴらいて見ていることしかできていない。



 どさり・・・・・・



 チャンピオンが伏した。



 そうして少し唸ると、ゆっくりと立ち上がった。



「さ、流石はチャンプ!!」


「返り討ちにしてやれぇ!!」



 ・・・・・・新樹には分かっていた。



 無理だっ・・・・・・!!



 流石にチャンピオンと呼ばれるだけのことはあるが、足のふらつきは脳のダメージを証明している。きっと・・・・・・今、彼の視界は・・・・・・



「・・・・・・ッッ」


「グニャグニャでしょ?」


「くぅ・・・・・・ッッ」


「先ほどの貴方たちの言葉を使うのでしたら・・・・・・立とうとするなんてバッカじゃねえの。ですかね」


「!!」



 チャンピオンの速い右ストレートが飛ぶも、男は動くことはなかった。



 すかっと腕は虚空こくうを切り、当たりはしない。



「無理無理。もう諦めて謝ってくれませんでしょうか?」


「ぐぅ!!」



 ブンッ!!



 ブンッブンッ!!



「ですからぁ当たりませんって」



 チャンピオンが、まるで軽めのシャドーボクシングをしているかのようにいなされ、かわされている。



「ん~まだダメですかぁ・・・・・・なら・・・・・・」



 飛んできた腕を引っ掴むと、そのまま捻った。



「いでででででっ!!」


「はい。今、謝ってくれなければひじの関節を捻じ切ります」


「分かった・・・・・・分かった!!」


「何を? もっと具体的に。ハッキリと」



 ギリギリッッ・・・・・・



「あぁぁぁっっ!! た、大切な道場をけがして申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!」



「いいんですよ」



 パッと腕を放した男は笑顔だった。



「ですが、コレに懲りたら二度と同じ事をしないように。もししたら・・・・・・その時はもう試合に出られない身体にしてあげますからね♪」


「はぁはぁ・・・・・・」


「では。お邪魔しました」



 スタスタと出て行こうとした男に、新樹は勇気を振り絞って声をかけた。



「あ、あのっ!」


「・・・・・・貴方もかかってきますか?」


「い、いいえとんでも・・・・・・」


「それじゃあ何か?」


「な、名前を! 教えて下さい!!」


「・・・・・・芥川 月」


「芥川・・・・・・」


「もしもご興味がありましたら、私の道場にいらしゃって下さい。こんなところじゃ、強くはなれませんからねぇ・・・・・・ハッハッハ」



 芥川は出て行った。



 その瞬間に心に決めたのだ。



 あの男のように、真の強さを身につけたい。



 東山 新樹の、生まれ変わりの瞬間だった。

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