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二章「結婚の儀」
三十六話「巫女姫の覚悟」前編
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「ピー」聞き慣れない鳴き声に振り返る。
「ありがと」タッカが黒い小鳥の足に巻かれた細いリボンを外して、手に乗せた餌を食べさせている。
「セントラルはどう?」タリーが訊くと、
「自分達の事に集中すればいいのに。もう勘弁して欲しいです」タッカがため息を吐き、タリーにリボンを渡して小鳥を空へ放った。
タリーが広げた腕の中に収まるタッカの姿は、やはり子猫のようだ。膝の上で丸くなってしがみつき、じっとしている。リボンを読んだタリーも黙って、その背を撫でた。
「貴方達は、本当に仲がいいのね」義母が静かに呟き、
「ヴェロニカ様が『家族』だと言う意味が、分かってきました」少し頬の赤い巫女姫も頷く。
「タッカとイオナンタ、ヒビスクスには家族がいません。各々集団には属していましたが。タリーと私の方が年下ですが、時には父母や兄姉にもなります」私の言葉に、二人が注目する。
「コレウスとパクレット、パースランも家族関係に問題があるか、寂しさを抱えて育ってきました。私とタリーには温かな家庭があったので、『家族』がイメージできて助かります」
幼少期の私は精神的に不安定だった。何でもないことにひどく落ち込んだり、思い通りにいかないと苛立ちが収まらなかったり、母の具合が悪いと自分も眠れなかったり、食べられなくなったりした。
元々前世持ちで子どもらしくない上に、重病の実母とその厳しい教育。騎士団で忙しい父親は留守がちだったし、使用人達は実母に手を取られて、情操教育にまで手が回らなかった。過酷な状況ではあったと思う。
義母と弟は同室で寝起きしてくれて、私は実母の教育を受けない時は殆ど、彼らかタリー家族と過ごした。その優しさと笑顔がなければ、今世の私は歪んでいただろう。
「私にはお義母さんとスパティフィラム、タリー達がいてくれましたから」笑いかけると、義母が微笑んで手を握ってくれた。巫女姫も彼女を眩しげに見つめている。
義母プリムラと巫女姫ミルテとは、ここ数日、朝食前から夕食後までを一緒に離宮で過ごしてきた。名目は私の『花嫁教育』の為だけど。
義母に教わりながら手芸や手作業をするか、タリーと女官に王族や貴族について教わるか、ただのんびりと話している。巫女姫の表情も随分和らいできた。
御子とその世話係と私の守護者達も、できるだけ離宮の敷地内で過ごす。でも、この離宮は王宮の裏山一帯を含み、敷地としては小さな村よりも大きい。各々がその聖域にいれば、食事時以外は姿も見ない。
ただ、警護の為だろう。守護者のうち一人は交替で、私達が見える所にいてくれる。タリーも主に守護者の間で書類仕事をしてるけど、彼は武芸は全くダメで、守ってもらう方だ。
父と弟、ヒビスクスは毎日、騎士団の任務に出かけていく。スパティフィラムは聖女に礼儀正しく接している。お目付け役付きで散歩等しながら、順調に関係を深めているようだ。
「わたしは、これからどうすれば良いのでしょう」義母と私を見つめていた巫女姫が突然、小さな声で話し始めた。
「セントラルの縁談はお断り下さい、と大伯父に置き手紙をしてきましたが、イーストフィールドが断れるのでしょうか。大切な人達に迷惑を掛ける訳にはいきません」
イーストフィールドは荒れている。国内には巫女姫も命の守護者であるマジョラムも、神官モーヴもいない。彼らは何もできなかったと嘆いていたが、加護の強い彼らの活動には大きな意味があったそうだ。
「神官長は大丈夫です」タッカを膝に抱えたまま、タリーがこちらを向いて笑う。
「彼は光だけでなく、闇以外の全ての精霊に愛され、闇の精霊さえ彼を敬っています。誰にも害せませんよ」苦笑して続ける。
「精霊の加護が薄い現状では、神官や巫女達に手は出せないでしょう。王族への加護が突然消えてから、彼らの行動を疑問視する者が増えているようですし」タリーが話す内に、御子と世話係達が戻ってきた。
「巫女姫、神殿は大丈夫ですよ」モーヴ神官が微笑む。御子の食事の為にマジョラムと隣室に移動していたのだ。二歳児程に育った御子が、マジョラムの腕の中で暴れている。
タリーが立ち上がった。欠伸をするタッカを抱えたままだ。
「暫くタッカと休憩してくるよ。もうじきイオナンタが戻ってくるから」微笑むタリーに頷く。
最近タッカの夜の散歩が長くなった。招かれないお客が増えているのだろう。疲れた果てたタッカの様子に、胸が痛んだ。
「ありがと」タッカが黒い小鳥の足に巻かれた細いリボンを外して、手に乗せた餌を食べさせている。
「セントラルはどう?」タリーが訊くと、
「自分達の事に集中すればいいのに。もう勘弁して欲しいです」タッカがため息を吐き、タリーにリボンを渡して小鳥を空へ放った。
タリーが広げた腕の中に収まるタッカの姿は、やはり子猫のようだ。膝の上で丸くなってしがみつき、じっとしている。リボンを読んだタリーも黙って、その背を撫でた。
「貴方達は、本当に仲がいいのね」義母が静かに呟き、
「ヴェロニカ様が『家族』だと言う意味が、分かってきました」少し頬の赤い巫女姫も頷く。
「タッカとイオナンタ、ヒビスクスには家族がいません。各々集団には属していましたが。タリーと私の方が年下ですが、時には父母や兄姉にもなります」私の言葉に、二人が注目する。
「コレウスとパクレット、パースランも家族関係に問題があるか、寂しさを抱えて育ってきました。私とタリーには温かな家庭があったので、『家族』がイメージできて助かります」
幼少期の私は精神的に不安定だった。何でもないことにひどく落ち込んだり、思い通りにいかないと苛立ちが収まらなかったり、母の具合が悪いと自分も眠れなかったり、食べられなくなったりした。
元々前世持ちで子どもらしくない上に、重病の実母とその厳しい教育。騎士団で忙しい父親は留守がちだったし、使用人達は実母に手を取られて、情操教育にまで手が回らなかった。過酷な状況ではあったと思う。
義母と弟は同室で寝起きしてくれて、私は実母の教育を受けない時は殆ど、彼らかタリー家族と過ごした。その優しさと笑顔がなければ、今世の私は歪んでいただろう。
「私にはお義母さんとスパティフィラム、タリー達がいてくれましたから」笑いかけると、義母が微笑んで手を握ってくれた。巫女姫も彼女を眩しげに見つめている。
義母プリムラと巫女姫ミルテとは、ここ数日、朝食前から夕食後までを一緒に離宮で過ごしてきた。名目は私の『花嫁教育』の為だけど。
義母に教わりながら手芸や手作業をするか、タリーと女官に王族や貴族について教わるか、ただのんびりと話している。巫女姫の表情も随分和らいできた。
御子とその世話係と私の守護者達も、できるだけ離宮の敷地内で過ごす。でも、この離宮は王宮の裏山一帯を含み、敷地としては小さな村よりも大きい。各々がその聖域にいれば、食事時以外は姿も見ない。
ただ、警護の為だろう。守護者のうち一人は交替で、私達が見える所にいてくれる。タリーも主に守護者の間で書類仕事をしてるけど、彼は武芸は全くダメで、守ってもらう方だ。
父と弟、ヒビスクスは毎日、騎士団の任務に出かけていく。スパティフィラムは聖女に礼儀正しく接している。お目付け役付きで散歩等しながら、順調に関係を深めているようだ。
「わたしは、これからどうすれば良いのでしょう」義母と私を見つめていた巫女姫が突然、小さな声で話し始めた。
「セントラルの縁談はお断り下さい、と大伯父に置き手紙をしてきましたが、イーストフィールドが断れるのでしょうか。大切な人達に迷惑を掛ける訳にはいきません」
イーストフィールドは荒れている。国内には巫女姫も命の守護者であるマジョラムも、神官モーヴもいない。彼らは何もできなかったと嘆いていたが、加護の強い彼らの活動には大きな意味があったそうだ。
「神官長は大丈夫です」タッカを膝に抱えたまま、タリーがこちらを向いて笑う。
「彼は光だけでなく、闇以外の全ての精霊に愛され、闇の精霊さえ彼を敬っています。誰にも害せませんよ」苦笑して続ける。
「精霊の加護が薄い現状では、神官や巫女達に手は出せないでしょう。王族への加護が突然消えてから、彼らの行動を疑問視する者が増えているようですし」タリーが話す内に、御子と世話係達が戻ってきた。
「巫女姫、神殿は大丈夫ですよ」モーヴ神官が微笑む。御子の食事の為にマジョラムと隣室に移動していたのだ。二歳児程に育った御子が、マジョラムの腕の中で暴れている。
タリーが立ち上がった。欠伸をするタッカを抱えたままだ。
「暫くタッカと休憩してくるよ。もうじきイオナンタが戻ってくるから」微笑むタリーに頷く。
最近タッカの夜の散歩が長くなった。招かれないお客が増えているのだろう。疲れた果てたタッカの様子に、胸が痛んだ。
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