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二章「結婚の儀」
閑話「巫女姫の逃避行」前編
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「こんにちわ、巫女姫。俺はタマリ、聖騎士です。サウスフィールドまで護衛します」薄い桃色の目を細めて、にかり、と笑いかけられた。
まるで巨人。それが第一印象だ。腕なんて私の胴回りくらいありそう。物心ついた時には神殿にいて、細身の物静かな神官や巫女達しか見なかったから。頷くのがやっとだった。
「えらく細いですね。長旅ですけど、大丈夫ですか?」タマリの言葉に、隣にいた偉そうな人が『不敬だ』と怒っている。
「大丈夫にするのが、あなたの仕事ですよ」神官長が笑って答えた……いつもながら、怖い人。
「そりゃ、そうですね」でも、神官長の毒舌が堪えない猛者がいた。
「んじゃ、サウスフィールドまで宜しくお願いしますよ、巫女姫」さっと抱き上げられて、呆気に取られた。
「裏口に馬を用意しています。気を付けて。巫女姫、またお会いしましょう」神官長が軽く手を上げる。あっさり歩き出すから、挨拶も返せなかった。
出発して五日ほどになる。日中はずっと馬上で、日が暮れる頃に宿に入り、寝床に寝かせて貰った途端眠りに落ちる。
回復術の気配で目覚めて、体を拭き食事を取ってまた眠る。神殿や療養所から、巫女や治療者が派遣されているらしい。
「聖女様、無事のお帰りをお待ちしております」平伏する女性に、掛ける言葉がない。巫女は無言で座るわたしを、戸惑った顔で見上げて下がって行った。
そう、わたしが聖女として戻ることを期待してるから、この人達も協力してくれてるんだ。わたしは聖女になんてならない。この国に戻るつもりもない。
「巫女姫。回復が足りませんか?巫女から様子がおかしいと聞きましたが」タマリが首を傾げながら入って来た。
「疲れただけです。一人にしておいてください」この道中で彼には遠慮しない方がいいと理解した。お花摘みに行きたいと言えば『何の花ですか?』と返されるのだから。
それでも通じなかったのだろうか。ベッドの側に跪いて、顔を覗き込まれた。薄紫の髪を顕にした彼は、わたしを育ててくれた神官の一人に似ている。彼を見ながら神殿での事を思い出していた。
セントラルの大使に声を掛けられたのは、去年の年末。滅多に実らないウマノスズクサの実ができたので、採って日に干している時だった。
「それは何に使うんですか?」と訊かれ、咳止めや気管支拡張などの効果がある生薬になるんだ、とモーヴ神官が答えた。
「あぁ、聞いたことがあります。でも毒があるから、あまり使われなくなったとも言われましたが?」大使の言葉に驚いて神官を見上げたけど、神官は頷いていた。
「ええ。しかし、薬には多かれ少なかれ害もあります。状態によって、どちらの効能が有益かを判断して用いるのです」モーヴ神官が静かに答えた。
「なるほど。貴殿方は賢明だ。アリストロシュ様は、効果的に用いられた訳ですね」突然父の名が出てきたのに驚いた。神官が眉根を寄せるのに構わず、大使は微笑んで立ち去った。
思えば、あれが最初だった。わたしは父の事を調べ始め、父の名の由来がウマノスズクサだと知った。花は多いが滅多に実を結ばず、実や根は薬になるが毒性もあり、扱いが難しい。
大使の言う『用いる』という言葉にも引っ掛かった。父は早逝したが、その名は余り話題にされない。側室の子とはいえ王の甥なのに。
それからも大使とは時々出会った。両親の事を知りたいなら、元巫女長と、母達の幼馴染みや、元巫女長の夫についても調べてみては、と助言してくれた。
大使に仄めかされた通り、私は両親と全く似ておらず、守護者マジョラムやサウスフィールドの騎士デュランタが父親だと疑われたのも、無理はなかった。
あれから、鏡や家族の絵を見るのが辛くなり、母の墓に問いかけて泣き暮らした。セントラルの大使の『友情とは脆いものですね』という慰めが胸に刺さった。
「巫女姫、なんで泣いてるんですか?」じっと私を見るタマリが、私に尋ねた。
「神殿のことを思い出していました。貴方に似た神官がいたので」涙を拭いながら答える。
「あぁ、モーヴなら兄ですよ。俺は二十五で、年は離れてますけど。恥かきっ子って奴ですね」お陰で期待もされずのんびり育ちました、と笑う。似ていて当たり前だった。
彼を思い出すと、考えないようにしていた悩みも思い起こされて、涙が止まらなくなった。
「兄ならサウスフィールドにいますから、向こうで会えますよ」タマリがそっと私を抱きしめてくれた。
まるで巨人。それが第一印象だ。腕なんて私の胴回りくらいありそう。物心ついた時には神殿にいて、細身の物静かな神官や巫女達しか見なかったから。頷くのがやっとだった。
「えらく細いですね。長旅ですけど、大丈夫ですか?」タマリの言葉に、隣にいた偉そうな人が『不敬だ』と怒っている。
「大丈夫にするのが、あなたの仕事ですよ」神官長が笑って答えた……いつもながら、怖い人。
「そりゃ、そうですね」でも、神官長の毒舌が堪えない猛者がいた。
「んじゃ、サウスフィールドまで宜しくお願いしますよ、巫女姫」さっと抱き上げられて、呆気に取られた。
「裏口に馬を用意しています。気を付けて。巫女姫、またお会いしましょう」神官長が軽く手を上げる。あっさり歩き出すから、挨拶も返せなかった。
出発して五日ほどになる。日中はずっと馬上で、日が暮れる頃に宿に入り、寝床に寝かせて貰った途端眠りに落ちる。
回復術の気配で目覚めて、体を拭き食事を取ってまた眠る。神殿や療養所から、巫女や治療者が派遣されているらしい。
「聖女様、無事のお帰りをお待ちしております」平伏する女性に、掛ける言葉がない。巫女は無言で座るわたしを、戸惑った顔で見上げて下がって行った。
そう、わたしが聖女として戻ることを期待してるから、この人達も協力してくれてるんだ。わたしは聖女になんてならない。この国に戻るつもりもない。
「巫女姫。回復が足りませんか?巫女から様子がおかしいと聞きましたが」タマリが首を傾げながら入って来た。
「疲れただけです。一人にしておいてください」この道中で彼には遠慮しない方がいいと理解した。お花摘みに行きたいと言えば『何の花ですか?』と返されるのだから。
それでも通じなかったのだろうか。ベッドの側に跪いて、顔を覗き込まれた。薄紫の髪を顕にした彼は、わたしを育ててくれた神官の一人に似ている。彼を見ながら神殿での事を思い出していた。
セントラルの大使に声を掛けられたのは、去年の年末。滅多に実らないウマノスズクサの実ができたので、採って日に干している時だった。
「それは何に使うんですか?」と訊かれ、咳止めや気管支拡張などの効果がある生薬になるんだ、とモーヴ神官が答えた。
「あぁ、聞いたことがあります。でも毒があるから、あまり使われなくなったとも言われましたが?」大使の言葉に驚いて神官を見上げたけど、神官は頷いていた。
「ええ。しかし、薬には多かれ少なかれ害もあります。状態によって、どちらの効能が有益かを判断して用いるのです」モーヴ神官が静かに答えた。
「なるほど。貴殿方は賢明だ。アリストロシュ様は、効果的に用いられた訳ですね」突然父の名が出てきたのに驚いた。神官が眉根を寄せるのに構わず、大使は微笑んで立ち去った。
思えば、あれが最初だった。わたしは父の事を調べ始め、父の名の由来がウマノスズクサだと知った。花は多いが滅多に実を結ばず、実や根は薬になるが毒性もあり、扱いが難しい。
大使の言う『用いる』という言葉にも引っ掛かった。父は早逝したが、その名は余り話題にされない。側室の子とはいえ王の甥なのに。
それからも大使とは時々出会った。両親の事を知りたいなら、元巫女長と、母達の幼馴染みや、元巫女長の夫についても調べてみては、と助言してくれた。
大使に仄めかされた通り、私は両親と全く似ておらず、守護者マジョラムやサウスフィールドの騎士デュランタが父親だと疑われたのも、無理はなかった。
あれから、鏡や家族の絵を見るのが辛くなり、母の墓に問いかけて泣き暮らした。セントラルの大使の『友情とは脆いものですね』という慰めが胸に刺さった。
「巫女姫、なんで泣いてるんですか?」じっと私を見るタマリが、私に尋ねた。
「神殿のことを思い出していました。貴方に似た神官がいたので」涙を拭いながら答える。
「あぁ、モーヴなら兄ですよ。俺は二十五で、年は離れてますけど。恥かきっ子って奴ですね」お陰で期待もされずのんびり育ちました、と笑う。似ていて当たり前だった。
彼を思い出すと、考えないようにしていた悩みも思い起こされて、涙が止まらなくなった。
「兄ならサウスフィールドにいますから、向こうで会えますよ」タマリがそっと私を抱きしめてくれた。
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