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二章「結婚の儀」
閑話「巫女姫の逃避行」後編
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イーストフィールドは荒れている。タマリの腕の中、馬の背に揺られながら実感した。田畑も牧草地も枯れ、花も疎らだ。この時期に芽吹かなければ、秋の収穫は望めない。
『聖女』の帰国を待つ、という巫女の言葉を思い出す。母が生きていれば、ここには豊かな実りがあったのだろうか。聖女と伴侶は子が出来ないことも、死ぬことも許されないのか。
「最近、おかしいですよ」神官長に呼ばれたあの日、はぐらかしても許されず、とうとう疑念を白状させられた。話し終えた途端、わたしは堪えきれず号泣した。
「疑問に答えることはできますが、信じられますか?」わたしが落ち着くのを待っていた神官長の問いかけに、返す言葉がなかった。
「では、サウスフィールドに行って、全てを聖女に尋ねてみますか。今ここで聞くよりはずっと、納得できると思います」神官長は淡々と言った。
あっという間に出国の準備が整い、その前日にまた神官長に呼ばれた。
「セントラルからの縁談が持ち込まれましたが、どうしますか?」どうすると言われても……王女なら政略結婚を受けるべきなんだろうけど、その血筋を疑われているのに。大使はそれは報告していないんだろうか。
「サウスフィールドで光の御子が生まれたそうです。御子と貴女が絆を結べば、貴女は聖女になります。セントラルは聖女としての貴女を望んでいるんでしょう」
血の気が引いた。聖女になれば、母の様に悩み苦しみ、辛い思いをするのか。私が聖女になるなんて、誰が決めたのだろう。
「御子を生んだのは、サウスフィールドの聖女です。精霊や御子を生めるのは聖女だけ。貴女はこの国の聖女候補者だと、生まれた時に託宣を受けました」
神官長の言葉が受け入れられない。確かに『巫女姫』と呼ばれてきた。精霊も見えず加護もなく属性すら不明なのに、神殿で保護されてきた。その為だったんだ。
母は親友達に捨てられ、父を裏切ってまでわたしを儲けた。父は他国に攻め入り、加護を失ったという。母も精霊や御子を生んだのだろうか。
わたしはこの国もセントラルも嫌いだ。サウスフィールドの聖女から事情を聞いたら、誰もわたしを知らないところに行きたい。
「大伯父様に手紙を書きます。縁談はお断り下さい。予定通りサウスフィールドへ参ります」わたしの返事に、神官長はただ頷いた。
「追われているようです。走りますよ」タマリの声に驚く間もなく、馬にしがみつくことになった。
「今夜からは回復は頼めません」夜遅くまで走り、マントで顔を覆って小さな宿に入る。
「お湯は貰います。ご自身で体を拭いて着替えて下さい」神殿育ちだから、できるけれど。
疲労で喉を通らない食事を水で流し込み、泥の様な眠りに落ちた。早朝に起こされ、疲れの残る体でまた馬に揺られた。
「駄目だ。馬を捨てます」あと少しで国境だと聞いたのに、昨日は蛇行したり隠れたり。わたしを追ってどうするつもりなのか。そんな価値はないだろうに。
「いいえ。貴女は自分の価値を分かっていない。セントラルは今、黄金の山より貴女を欲しがっています」声に出ていたのか、答えるタマリの目は真剣だ。
「情けないですが、貴女を守るにはサウスフィールドに頼るしかない」我慢して、と言われて背負われ、布で体を固定される。赤ん坊のようだ。
もう、日が分からない。時々水を飲ませて貰うだけで、タマリの背から降りることもない。
「わたしを追っ手に渡して下さい」タマリに頼むが、首を振るだけで答えない。
夢うつつの中、タマリがゆっくり歩き出したと思うと、誰かの腕の中で泣き崩れていた。
次に目覚めると馬車の中で、治癒術を受けていた。
「わたしより、タマリを」何とか呟いたのに笑われた。
「彼はもう、ぴんぴんしてますよ」本当にそうだった。
「巫女姫、もう少しで王都ですよ」綺麗な銀髪、青い目の騎士が優しく微笑む。
「私はデュランタと言います。妻ラディアータがお目にかかれず残念です」この人が、元巫女長の夫? 真っ直ぐ見つめる瞳には、疚しさの欠片もない。それならわたしは、母の幼馴染みの子なんだろうか。
「助けて下さって、ありがとうございます。寝たままのご挨拶で、申し訳ありません」頭を上げるだけで眩暈がした。
休憩する度に豊かになる、緑の耕作地を見ては涙が溢れ、声が漏れる。
「どうして、イーストフィールドとこんなに違うのでしょう。お父様が加護を失った為でしょうか」
眠っているうちに、サウスフィールドの王都に運び込まれていた。
『聖女』の帰国を待つ、という巫女の言葉を思い出す。母が生きていれば、ここには豊かな実りがあったのだろうか。聖女と伴侶は子が出来ないことも、死ぬことも許されないのか。
「最近、おかしいですよ」神官長に呼ばれたあの日、はぐらかしても許されず、とうとう疑念を白状させられた。話し終えた途端、わたしは堪えきれず号泣した。
「疑問に答えることはできますが、信じられますか?」わたしが落ち着くのを待っていた神官長の問いかけに、返す言葉がなかった。
「では、サウスフィールドに行って、全てを聖女に尋ねてみますか。今ここで聞くよりはずっと、納得できると思います」神官長は淡々と言った。
あっという間に出国の準備が整い、その前日にまた神官長に呼ばれた。
「セントラルからの縁談が持ち込まれましたが、どうしますか?」どうすると言われても……王女なら政略結婚を受けるべきなんだろうけど、その血筋を疑われているのに。大使はそれは報告していないんだろうか。
「サウスフィールドで光の御子が生まれたそうです。御子と貴女が絆を結べば、貴女は聖女になります。セントラルは聖女としての貴女を望んでいるんでしょう」
血の気が引いた。聖女になれば、母の様に悩み苦しみ、辛い思いをするのか。私が聖女になるなんて、誰が決めたのだろう。
「御子を生んだのは、サウスフィールドの聖女です。精霊や御子を生めるのは聖女だけ。貴女はこの国の聖女候補者だと、生まれた時に託宣を受けました」
神官長の言葉が受け入れられない。確かに『巫女姫』と呼ばれてきた。精霊も見えず加護もなく属性すら不明なのに、神殿で保護されてきた。その為だったんだ。
母は親友達に捨てられ、父を裏切ってまでわたしを儲けた。父は他国に攻め入り、加護を失ったという。母も精霊や御子を生んだのだろうか。
わたしはこの国もセントラルも嫌いだ。サウスフィールドの聖女から事情を聞いたら、誰もわたしを知らないところに行きたい。
「大伯父様に手紙を書きます。縁談はお断り下さい。予定通りサウスフィールドへ参ります」わたしの返事に、神官長はただ頷いた。
「追われているようです。走りますよ」タマリの声に驚く間もなく、馬にしがみつくことになった。
「今夜からは回復は頼めません」夜遅くまで走り、マントで顔を覆って小さな宿に入る。
「お湯は貰います。ご自身で体を拭いて着替えて下さい」神殿育ちだから、できるけれど。
疲労で喉を通らない食事を水で流し込み、泥の様な眠りに落ちた。早朝に起こされ、疲れの残る体でまた馬に揺られた。
「駄目だ。馬を捨てます」あと少しで国境だと聞いたのに、昨日は蛇行したり隠れたり。わたしを追ってどうするつもりなのか。そんな価値はないだろうに。
「いいえ。貴女は自分の価値を分かっていない。セントラルは今、黄金の山より貴女を欲しがっています」声に出ていたのか、答えるタマリの目は真剣だ。
「情けないですが、貴女を守るにはサウスフィールドに頼るしかない」我慢して、と言われて背負われ、布で体を固定される。赤ん坊のようだ。
もう、日が分からない。時々水を飲ませて貰うだけで、タマリの背から降りることもない。
「わたしを追っ手に渡して下さい」タマリに頼むが、首を振るだけで答えない。
夢うつつの中、タマリがゆっくり歩き出したと思うと、誰かの腕の中で泣き崩れていた。
次に目覚めると馬車の中で、治癒術を受けていた。
「わたしより、タマリを」何とか呟いたのに笑われた。
「彼はもう、ぴんぴんしてますよ」本当にそうだった。
「巫女姫、もう少しで王都ですよ」綺麗な銀髪、青い目の騎士が優しく微笑む。
「私はデュランタと言います。妻ラディアータがお目にかかれず残念です」この人が、元巫女長の夫? 真っ直ぐ見つめる瞳には、疚しさの欠片もない。それならわたしは、母の幼馴染みの子なんだろうか。
「助けて下さって、ありがとうございます。寝たままのご挨拶で、申し訳ありません」頭を上げるだけで眩暈がした。
休憩する度に豊かになる、緑の耕作地を見ては涙が溢れ、声が漏れる。
「どうして、イーストフィールドとこんなに違うのでしょう。お父様が加護を失った為でしょうか」
眠っているうちに、サウスフィールドの王都に運び込まれていた。
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