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「むぐぐ……もう大丈夫そうですね」
 彼女が持ち前の怪力で僕のキスと柔らかなハグを軽々と引き剥がす。
「あぁ、ごめん、助かったよ。ありがとう、本当に」
「いえいえ、お安いご用ですよ。グールなんかこの辺じゃ日常茶飯事ですから。……ていうか、あなた見かけない顔ですね。旅のお方……ですか?」
「そんなところかな。だからこの辺には疎くて」
「あ~なるほですね、グールは共食いすると強くなっちゃうので、複数現れたらタンタンタ~ン♪っとリズミカルにぶち殺さないと駄目なんですよ」
「そうなんだね、気をつけるよ」
 リズミカルにぶち殺さないと駄目なのか。
「どちらに向かってるんですか? 正直申し上げちゃいますと、グール程度でつまずいてたらこの辺の森は危ないかと。コロッと死んじゃいますよ?」
「コロッと死にたくはないな……」転生早々死んでたまるか。「しかし、こちらも正直に申し上げちゃうと、どこに向かえばいいかわからないんだ」
「迷子さんってことですか? それは困りましたねぇ……ここから日が落ちるまでに辿り着けそうな村といえば、もう私たちの村しかないと思いますけど……。泊まっていかれますか? 宿屋もありますし」
「そうだなぁ……そうさせてもらおうかな」
 他に当てもないのだ。流れ着く場所があるだけ幸運と思うしかあるまい。
「本当ですか!? 嬉しい! 私たちの村ギニョルには、旅のお方など滅多に訪れませんから」
「そうなのか?」
「えぇ、なにせ危険な森の奥にポツリでしょう? こんなところ、誰が好き好んで来るもんですか。少なくとも、私がポリタン生まれだったら一生訪れませんね。確固たる自信を持ってそう言えます」
 彼女は踵を返し、地面に突き刺したハンマーを引き抜く。
「あっ、そういえばお名前もまだ訊いていませんでした。お伺いしてもいいですか?」
 名前、か。この場合、ゲームのニックネーム的なものにした方が良いのだろうか。ならば……
「名前は陽太だ。よろしく」
「ヨータさん。私はナナっていいます。こちらこそよろしくです」
 うむ。やはりゲームのニックネームは本名に限るな。美少女たちが名前で呼んでくれるというのは実に心地よい。
「でもって、この子がモーニングスター」と言って、ナナはハンマーを器用にくるくると体の周りを回転させた。「えへへ、可愛いでしょう?」
「か、可愛いね……」名前だけは。
「ありがとうこざいます! モーニングスターも喜んでますよ!」
「それはよかった……」
「私、女騎士になりたいんです! この子と一緒にポリタンの女騎士になって、いっぱい活躍して、それで皇帝ブラックムーンに物申してやるんです! マナの独占はやめなさい!って」
「そ、そうなんだ。なれるといいね……」
 ハンマーで女騎士になれるものなのだろうか……。
「え? えへへ、ありがとうございます! こんなこと言って応援してくれたの、ヨータさんが初めてです……」
 ナナは満面の笑みを見せたかと思うと、顔を赤らめ、体をモジモジとくねらせる。
 この言葉は僕らヒキニート業界では今や死語かもしれないが、端的に言って、萌えてしまった。
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