為田康介ごくらくへゆく

もっちり羊

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我が名は為田康介

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「じょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 
 その日、為田家の食卓で彼は叫んだ。
 すだちが酸っぱすぎたからでも、塩鮭の骨が喉に詰まったからでもない。
 二十年という月日の集積が彼の中の何かを、徳島県民の根源的な何かを遂に目覚めさせたのである。

「為田康介くん、ど、どうしたんだいきなり大声出して」
 普段はどっちりとした為田家の大黒柱が、我が子の発作に愕然とする。
「康介!」
 為田家の母が即座に彼の頬をひっぱたく。徳島人の戦闘本能が目覚めたときには気付けが一番なのである。
「おかあ! オイラごくらくにいくじょ!」
 頬の腫れを歯牙にも掛けずに康介は言う。
「こら康介! 徳島こそがこの世の極楽じょ!」
「おとんおかしいじょ! 徳島は確かに大日本最大のメトロポリスやけん。じゃけどもごくらくではナカ!」
「釣りと阿波踊りがあれば極楽じゃけ」と母。
「違うじょ! 教科書で読んだけん! ごくらくには苦しみがないじょ! だから徳島はごくらくではナカ!」
 父は我が子の自我の芽生えと徳島男児の血の宿命にため息をつく。
「康介は何が苦しいんだい?」
「日雇いツラいけんなあ。もっと羽振りのいい楽な仕事を探すじょ」
「康介……」
「もうおさえられん」
 為田康介はスーパー徳島人の覇気を放つ。
「親に向かってなんだその気は」
 為田康介の軽率な行動により、為田家父の堪忍袋の緒が切れる。第二次四国大戦の地獄を生き抜いてきた彼にとって、実の息子から放たれた殺意の気は到底許せるものではなかった。
 父は静かに徳島人の気を高めていく。為田康介の乱雑なそれとは違い、父のそれは歴戦で培われた経験と哀しみにより綿密に編み込まれたものである。
「テントの撤去作業がそんなに嫌だったか?」
「おとんにはわからんけん。ピツジ食わせていくために働かなあかん」
「康介……!」
 父の気が為田家を吹き飛ばす。衣服が自身の気により弾け飛ぶ。彼の鎧のような肉体には第二次四国大戦の傷が深く刻み込まれている。
 為田家父の額にかぼす色の炎がゆらりと燃え、光の指導霊が彼の背後にその姿を現す。光の指導霊とは、徳島県民ならば誰しもが生まれながらに持つ幸福実現のための守護霊である。
「康介、最後にもう一度訊こう。どうしても極楽に行くつもりか?」
「塩鮭」
「康介えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
 父の指導霊の鉄拳が為田康介へと振り下ろされる。
 康介は莫大なエネルギーに呑み込まれる。
 この一撃により、彼らの住む鴨島町の国土のうち2分の1が壊滅した。
 為田康介、享年二十。
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