上 下
16 / 34
本編

◆第1回 聖女アリスの生配信です! / フォロワー数 92人 累計good評価 126pt

しおりを挟む



 チャンネル開設して一週間後の日曜日。

 誠は店内で機材をセッティングしていた。

 動画の生配信をするためだ。普段はウェアラブルカメラを装着して撮影しているが、生配信となるとカメラをパソコンと常に接続していなければならない。そうなると必然的に、誠の店側にカメラを設置して鏡の向こうのアリスの部屋を映すしかなかった。

「根本的な疑問があるのですが、マコト」
「どうしたアリス?」
「視聴者もいないのに生配信をするんですか……? しかもまだ朝10時ですよね?」
「うん」

 アリスの問いに、誠は何の屈託もなく頷いた。

「な、なぜでしょう……?」
「まあ、練習を兼ねてだよ。視聴者がいない状況で生配信できるなんて今の内だけだと思う。たくさんの視聴者が来る前に段取りを覚えておかないと。満を持しての初生配信……とかやって配信トラブルで即終了とか、あまりにも悲しすぎるからなぁ」
「杞憂だと思うのですが……。再生数は300回程度で、チャンネルフォロワーに至っては92人ですよ?」
「いや、その再生数でフォロワーが92人もいるのはおかしい。コメント欄も盛り上がってる。ここからどんどん伸びていくはずだ」
「う、うーん……なんだか流されている気もしますけど……わかりました」

 アリスはあまり納得していない様子だったが、誠は決して嘘を言ってるつもりはなかった。むしろ、数日以内には何らかの大きな反応があると確信している。

 チャンネル開設をしてから今日まで、毎日午後9時に動画を投稿していた。最初の動画は、一番最初に撮影した3分程度の自己紹介の動画だ。

 次にクモ退治の動画、ドラゴン退治の動画を続けて投稿した。

 それ以外にも、幽神霊廟の中を散策してスライムや悪霊と戦う動画や、誠が作った日本の料理を食べる動画、ホラーゲーム実況プレイ動画といったものを撮影して投稿していた。だがやはり、クモ退治とドラゴン退治に衝撃を受けた人が多いようで、コメント欄も異様だった。

「これはゲームなのか、特撮なのか」、「どういうことなんだ」、「CGか何かじゃないのか?」などなどの質問がどどん書き込まれている。動画をクリックした人間の内、半分以上が何らかのコメントを残している計算だった。誠はむしろ、バズるまで時間の問題だと思っていた。

「それじゃアリス。行くよ」
「は、はい」

 誠が手でスタートの合図を出す。

「え、えーと、配信開始された……ようですね。流石にまだ一人もいませんけど」

 配信画面にカウントされてる視聴者数は一人だ。その一人というのも、配信が正常に行われているか確認するために誠が別端末で再生しているのがカウントされているだけで、実質的な視聴者はゼロ。予告も何もしていないゲリラ配信であり、当然の数字であった。

 誠はフリップを使い、アリスに指示を送る。

『視聴者数は見ないで。生配信を後で見る人もいるから。普通の撮影と同じように、誰かがいると思ってカメラに向かって会話しよう』

 そしてアリスがフリップを見た瞬間、アリスのスイッチが入った。

「あ、えーと、初めましての人は初めまして。っていうか生配信そのものが初めてですから基本的に初対面みたいな扱いですよね。どうもー、聖女アリスでーす」

 これは、アリスが撮影しているときのキャラクターだ。普段よりも随分とくだけている。誠は、あるいはこれがアリスの素なのかもしれないと思った。軍に入る前は、こんな感じのカラっとした少女だったのだろうと。

「さて、ドラゴン退治をなんとか勝利に終えた私は思いました……。もうちょっと強い武器が欲しいと! そちらのことわざで言うと、猫に小判でしたっけ。……あ、違う。マネージャーさんからツッコミが来ましたね。えーと、なになに? 鬼に金棒、って言うんですか?」

 アリスが流暢に喋る。
 視聴者数は増えていない。
 この配信を見ている幸運な人間はいないようだ。

「……鬼が金棒持ってるのって普通では? いやまあ、木の棍棒とか丸太を武器にしてる方が多いですけど。あ、そういえば地球には鬼っていないんでしたっけ。それじゃあオーガとかゴブリンもいない? 良いなぁ。こっちじゃ山とか洞窟とかいくとゴキブリみたいにいますよ。ていうかゴキブリって知ってます? え、ゴキブリは地球にもウジャウジャいる? なんでそんな微妙なところだけ一緒なんですか」

 誠が生配信を見守っていると、携帯電話に着信が入った。
 姫宮翔子、と画面には表示されている。

『あ、誠? これから行っても大丈夫かい?』
「じゃあ、十分後にうちの玄関から入る感じで頼みます。新兵器のお披露目ですね」
『ああ、予定通りに』

 新兵器。

 それが今回の動画の目玉だ。
 翔子の制作した剣を受け取り、それを披露すること。
 時間に余裕があれば、そのまま霊廟の攻略まで配信する予定だ。

「っと、話が脱線しましたけど、まだ剣が到着していないのでフリートークと行きましょうか……ああっ!?」

 そのとき、配信動画のコメント欄に投稿があった。

『初見です』

 そのコメントを見て、アリスの顔がぱっと華やいだ。

「おお、いらっしゃいませ! どうぞゆっくりしていってくださいね!」

 閲覧者数のカウンターが上がった。
 2人になり、3人になる。
 気付けば10人になった。

『あの動画、本物ですか?』
『生アリスだ』
『彼氏いる?』
『新兵器ってなに? チェーンソー? 丸太?』
『決めセリフ言ってよ。お前の運命ですってやつ』

 そして間を置かずに幾つもの質問が投げかけられる。
 誠はフリップで指示を出す。

『慌てなくて良い。時間は気にせず一つずつゆっくり答えて』

 それを見たアリスが小さく頷く。

「え、動画が本物か、ですか? あっはっは、まさか。そんな精巧な偽物の動画作る労力あったら本物を撮る方が遥かにラクですよ?」
『証拠うp』
「証拠? 証拠って言われても……魔物って殺すと消えちゃうんですよ。死後2~3日くらいは死体として残ってるから調理しようと思えばできるでしょうけど、お腹壊しそうでイヤですね。ジビエ系は嫌いじゃないですが、ウサギとかムクドリあたりまでが私的に食べ物の範疇です。
 他の質問は、ええと「彼氏いますか」ですか? プロポーズしてくれた人って日本語的に彼氏扱いでいいんでしたっけ? ……ああっ、しまった! これ、いるって答えてるようなものじゃ……えー、はい! 次! 次の質問! 新兵器ですね! ここは存分に語りたいところですが……もうちょっとで到着しますからお待ち下さいねー」

 アリスがそう返事をした瞬間のことだった。

『後ろ後ろ』
『なんだあれ』
『これは流石にCGだろ』
『彼氏いんのかよフォロー外します』

 というコメントが流れた。

 誠は、その異常事態に気付くのが遅れた。
 翔子が入ってくるタイミングを細かく指示しており、アリスの方をよく見ていなかった。

 だから、完全な奇襲となった。

 誠が気付いたときには、身の丈3メートルはあろうかという鉄の巨人がのっそりとアリスの部屋に入り、猛然と襲いかかってきた。ようやく誠が気付いて叫び声を上げた。

「……アリス! 危ない!」



しおりを挟む

処理中です...