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カレン・アンバー【2】
カレン・アンバー④ ✴︎イラスト有
この世界で、父の言うことは絶対だった。
「なあ、カレン。やっぱり彩耀の夜会には領地の麻を使った方が……」
「またその話!? しつこいわよバーニー!」
「けど!」
学園でニーナ・ウィスタリアに上手を取られたあの日から、バーニーとはうまくいっているとは言えない。
私はあの場で泣き出したバーニーに幻滅していたし、バーニーはバーニーで、嫡男を外されたスプルース家やら、もと婚約者やらに未練タラタラだ。
それでも、アンバーにとってこの婚約にはまだ価値がある。
嫡男を外されたからといって、実家から除籍されたわけでもない。スプルース家には緋色鉄の加工品という売り物がある。縁付くことでアンバーはさらに富を得るだろう。
私はため息をついてバーニーに向き直った。
「あのね、高位貴族から下位の騎士まで、王国中の貴族が集まる夜会よ? そんな機会にウチの商品を売り込まないでどうするのよ」
「普通の夜会じゃないんだ」
「精霊の話ならやめてね? そんなの信じてるのは幼い子どもくらいよ!」
なおも食い下がるバーニーの言葉を鼻で笑って一蹴する。
「私だって去年もその前の年も出てるのよ? 子どもの頃は領地の宴にも出たわ。豊穣を祈るって言っても、あの面倒な行列以外はただの夜会じゃないのよ」
「でも、王族や高位貴族に見られたら……」
「バーニー!」
「そのくらいにしなさい、カレン」
いつまでもうじうじと煮え切らないバーニーにうんざりする。思わず声が高くなったところで、父が部屋の戸口に立った。バーニーが気まずそうな顔でペコリと頭を下げる。
私たちが居るのは父の執務室に隣接する蔵書室だ。学園を卒業したら私の夫となる予定のバーニーは、父のもとでアンバー商会の仕事を少しずつ学んでいるところだ。
「スプルース君はまだ商売ごとには慣れていないのだよ」
父はバーニーを庇うように言って、蔵書室の中へ入る。私たちの前にある机に数枚の紙束が置かれた。
「カレン、夜会で着るドレスと宝飾品のデザインだ。隣国で一番売れているデザイナーに作らせた」
「まあ!」
父の言葉に、飛びつくようにして紙束をめくる。この国ではあまり見ない斬新なデザイン。
「豊穣の女神をイメージして作らせた。豊作を祈願する夜会にぴったりだろう」
「ええ! 本当」
言いながらチラリとバーニーを見た。精霊だのなんだのとごちゃごちゃ言っていたバーニーは、やはり物言いたげにドレスのデザインを眺めている。その様子に父は鷹揚に笑った。
「話は聞いていた。君の言いたいこともわかるよ、スプルース君」
「はい……」
バーニーの返事に覇気はない。
「だがね、精霊の宿る麻だ、灯だなどと、いつまでも古い慣習をなぞるばかりでは、周辺の国から置いていかれてしまうとは思わないかい?」
父の言葉に、私は頷く。いつでも正しい言葉。聞いていれば絶対的な安心を得られる、正解の道。
「麻のドレスなど売り物にはならない。年に一度着るだけのそれに何の意味がある? 精霊に感謝をするのも良いが、そんな曖昧なものは私たちを豊かにしてはくれない」
父はじっとバーニーの目を見た。
「君も見ただろう。我がアンバー商会の仕入れた最上級の絹を。どう思った?」
「……見事な、ものでした」
バーニーが重い口を開く。さすがに、裕福な伯爵家で育った彼は、目は確かなのだ。
「あの絹で作ったドレスを見せたら、誰でも欲しがる。だが金のない低位貴族では買えない。目の肥えた高位貴族が居並ぶ場所で披露することが大事なんだ。わかるかね?」
「そうでしょうか……?」
「君はまだわかっていないようだ。人間の本質というものを」
頑ななバーニーの返事に父はため息を吐きながら頭を振った。
「建て前は所詮、建て前だ。あの絹を前にすれば、精霊の加護などという茶番のために麻を着ている自分が惨めになる」
「建て前……」
「必ず、夜会が終われば注文が殺到する。美しくありたい、隣人より豊かでありたいという人の欲にキリは無いのだから!」
父はニヤリと不敵に笑う。この表情をした父が賭けに負けることはない。
「それが商売だよ、スプルース君。この家の人間となるなら、学びなさい」
そう言い置いて、父は執務室へと戻っていった。私は勝ち誇った気持ちで隣を見る。バーニーはどこか諦めた表情で視線を落としていた。
もう私に、麻を着ろとは言わなかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、チャイロ男爵のイラストです。
絶対に需要がなさそうなところですみません…!
ちなみに今後も出ないのですが男爵の名前はホレス・アンバーです。
申し訳ないので「殿下を見守るモードの陛下」も付けました。
こちらも多分、今後も名前は出ませんが、陛下の名前はレズリー・バーミリオンです。
次回もよろしくお願いします!
「なあ、カレン。やっぱり彩耀の夜会には領地の麻を使った方が……」
「またその話!? しつこいわよバーニー!」
「けど!」
学園でニーナ・ウィスタリアに上手を取られたあの日から、バーニーとはうまくいっているとは言えない。
私はあの場で泣き出したバーニーに幻滅していたし、バーニーはバーニーで、嫡男を外されたスプルース家やら、もと婚約者やらに未練タラタラだ。
それでも、アンバーにとってこの婚約にはまだ価値がある。
嫡男を外されたからといって、実家から除籍されたわけでもない。スプルース家には緋色鉄の加工品という売り物がある。縁付くことでアンバーはさらに富を得るだろう。
私はため息をついてバーニーに向き直った。
「あのね、高位貴族から下位の騎士まで、王国中の貴族が集まる夜会よ? そんな機会にウチの商品を売り込まないでどうするのよ」
「普通の夜会じゃないんだ」
「精霊の話ならやめてね? そんなの信じてるのは幼い子どもくらいよ!」
なおも食い下がるバーニーの言葉を鼻で笑って一蹴する。
「私だって去年もその前の年も出てるのよ? 子どもの頃は領地の宴にも出たわ。豊穣を祈るって言っても、あの面倒な行列以外はただの夜会じゃないのよ」
「でも、王族や高位貴族に見られたら……」
「バーニー!」
「そのくらいにしなさい、カレン」
いつまでもうじうじと煮え切らないバーニーにうんざりする。思わず声が高くなったところで、父が部屋の戸口に立った。バーニーが気まずそうな顔でペコリと頭を下げる。
私たちが居るのは父の執務室に隣接する蔵書室だ。学園を卒業したら私の夫となる予定のバーニーは、父のもとでアンバー商会の仕事を少しずつ学んでいるところだ。
「スプルース君はまだ商売ごとには慣れていないのだよ」
父はバーニーを庇うように言って、蔵書室の中へ入る。私たちの前にある机に数枚の紙束が置かれた。
「カレン、夜会で着るドレスと宝飾品のデザインだ。隣国で一番売れているデザイナーに作らせた」
「まあ!」
父の言葉に、飛びつくようにして紙束をめくる。この国ではあまり見ない斬新なデザイン。
「豊穣の女神をイメージして作らせた。豊作を祈願する夜会にぴったりだろう」
「ええ! 本当」
言いながらチラリとバーニーを見た。精霊だのなんだのとごちゃごちゃ言っていたバーニーは、やはり物言いたげにドレスのデザインを眺めている。その様子に父は鷹揚に笑った。
「話は聞いていた。君の言いたいこともわかるよ、スプルース君」
「はい……」
バーニーの返事に覇気はない。
「だがね、精霊の宿る麻だ、灯だなどと、いつまでも古い慣習をなぞるばかりでは、周辺の国から置いていかれてしまうとは思わないかい?」
父の言葉に、私は頷く。いつでも正しい言葉。聞いていれば絶対的な安心を得られる、正解の道。
「麻のドレスなど売り物にはならない。年に一度着るだけのそれに何の意味がある? 精霊に感謝をするのも良いが、そんな曖昧なものは私たちを豊かにしてはくれない」
父はじっとバーニーの目を見た。
「君も見ただろう。我がアンバー商会の仕入れた最上級の絹を。どう思った?」
「……見事な、ものでした」
バーニーが重い口を開く。さすがに、裕福な伯爵家で育った彼は、目は確かなのだ。
「あの絹で作ったドレスを見せたら、誰でも欲しがる。だが金のない低位貴族では買えない。目の肥えた高位貴族が居並ぶ場所で披露することが大事なんだ。わかるかね?」
「そうでしょうか……?」
「君はまだわかっていないようだ。人間の本質というものを」
頑ななバーニーの返事に父はため息を吐きながら頭を振った。
「建て前は所詮、建て前だ。あの絹を前にすれば、精霊の加護などという茶番のために麻を着ている自分が惨めになる」
「建て前……」
「必ず、夜会が終われば注文が殺到する。美しくありたい、隣人より豊かでありたいという人の欲にキリは無いのだから!」
父はニヤリと不敵に笑う。この表情をした父が賭けに負けることはない。
「それが商売だよ、スプルース君。この家の人間となるなら、学びなさい」
そう言い置いて、父は執務室へと戻っていった。私は勝ち誇った気持ちで隣を見る。バーニーはどこか諦めた表情で視線を落としていた。
もう私に、麻を着ろとは言わなかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
感謝を込めて、チャイロ男爵のイラストです。
絶対に需要がなさそうなところですみません…!
ちなみに今後も出ないのですが男爵の名前はホレス・アンバーです。
申し訳ないので「殿下を見守るモードの陛下」も付けました。
こちらも多分、今後も名前は出ませんが、陛下の名前はレズリー・バーミリオンです。
次回もよろしくお願いします!
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