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バーニー・スプルース【1】
バーニー・スプルース③
「バーニー、アレは一体何なんだ? ウィスタリア嬢はどうした」
カレンと腕を絡ませて登校したことは瞬く間に学園の話題になっていたが、この時の僕はまだそれを知らない。
だが教室にもカレンを連れたまま入ったため、それを見た友人のジャンが席に着くや否やすっ飛んできたのだ。
直接話しているのはジャン一人だが、背後に見える生徒たちもこちらをチラチラと窺っており、話題の中心に自分が居ることを実感する。高揚する気持ちを押し隠し、僕は憂いの表情を見せた。
「ニーナには婚約解消を伝えたよ」
僕の言葉に周囲で聞き耳を立てていた生徒達が息を飲む。さながら舞台の主人公である自分と観客といったところか。
「何だって……?」
信じられない、といった様子でジャンが呟く様に、知らず頬が弛む。カレンをものにしたことを告げれば、目の前の友人も含め男たちは皆、悔しがるに違いない。
さあ、真実の愛のお披露目だ。
「カレン」
同じ教室内で僕同様に皆の注目を集めていたカレンを呼ぶ。女生徒達の輪から抜け隣へやって来たカレンの腰を抱いて引き寄せた。
「婚約はアンバー家と結び直すことになったんだ。僕たちは──愛し合っている」
「バーニー、皆の前で……恥ずかしいわ……!」
「ふ、可愛いな」
宣言してカレンと見つめ合う。ざわめきと驚きの声が上がった。嫉妬の瞳を期待して目の前のジャンに視線を戻せば、そこには予想していなかった反応があった。
「そうか……」
苦虫を噛み潰したような顔には、蔑みと、憐れみの表情が浮かんでいた。
◆
「悪いが、もう友人とは思わないでくれ」
あの後、話があるとジャンに呼び出された先でそう告げられた。
「そんなに……カレンのこと本気だったのか?」
「そんなわけがあるか! 理由はカレン・アンバーじゃない、ウィスタリア嬢だよ」
ジャンが嫌悪感を滲ませながら吐き捨てる。
「双方が納得しているなら仕方がないが、彼女がお前に一途なのは有名な話だ。婚約解消はスプルース側が一方的に言い出したものなんだろう?」
「……ああ。だが仕方なかった。カレンと出会って本当の恋を知ってしまったから」
「ハッ! 何が本当の恋だ。まさか宝石を捨てて紛い物を手に取るなんてな」
「紛い物だと!? カレンは養子でも庶子でもない、正真正銘の貴族令嬢だ!」
「たった二代の新興男爵家のな。王家の懐刀と呼ばれるウィスタリア家のご令嬢とは、本来なら並べるのも烏滸がましい」
「王家の懐刀……?」
「まさか知らないのか?」
「も、もちろん、ウィスタリア家が侯爵位を継いでいるのは知っているが……」
ジャンは心底、呆れたという顔で僕を見る。何かがおかしくなり始めていた。こんな視線を向けられるはずはない。魅力的で、女王のように取り巻きに囲まれたカレンと付き合えることは皆の憧れのはずで。
「ただ高位だというだけじゃない。ウィスタリア領はどこよりも王都に近い。わかるか? 王国に危機が訪れたとき、最後の砦となるのがウィスタリアの騎士団だ」
「だが平和な今どきはもっと事業を派手に起こして貢献する家こそが……」
「加えて! 豊かな領地で育まれる生産物は、王宮から庶民まで王都に暮らす人間の生命線なんだ。ウィスタリアが王都の隣で堅実に領地を守ってくれているから、輸送コストも掛からず食糧が賄える。それによって民たちの暮らしは守られてる」
僕は口をつぐんだ。ウィスタリアの価値をそこまでは考えていなかったからだ。だが、どこかでまだ、それは自分とは関係がないとも考えている。
高位だが地味。いかに影で王国を支えていようと、それが現時点で実感のあるフジーロ侯爵への評価だった。
言い返しはしないが納得もしていない。僕の表情を見て、ジャンがため息をついた。
「貴族の中にもウィスタリアを軽んじる連中は居る。だが侯爵以上の高位貴族ならば皆、理解しているんだよ。血筋だけの公爵家よりもよっぽど、王家があの家を重んじていることを」
王家、という言葉に息を飲む。
「ウチはしがない子爵家だが、文官として代々王家に仕える家系である以上、ウィスタリアと反目するわけにはいかない。お前との付き合いもこれきりだ」
言うだけ言って、ジャンはくるりと背を向けて去ってしまった。
「は、別に困るのはこっちじゃない!」
ずんずんと遠くなる背中に吐き捨てる。たかが子爵家の息子一人、失ったから何だと言うのだろう。だが、面白くはない。晴れやかな未来に水を差されたような。
この時の僕はまだ考えもしなかった。付き合いをやめると直接伝え、わざわざその理由まで教えてくれたジャンはまだ、親切だったのだと思うようになるなんて。
カレンと腕を絡ませて登校したことは瞬く間に学園の話題になっていたが、この時の僕はまだそれを知らない。
だが教室にもカレンを連れたまま入ったため、それを見た友人のジャンが席に着くや否やすっ飛んできたのだ。
直接話しているのはジャン一人だが、背後に見える生徒たちもこちらをチラチラと窺っており、話題の中心に自分が居ることを実感する。高揚する気持ちを押し隠し、僕は憂いの表情を見せた。
「ニーナには婚約解消を伝えたよ」
僕の言葉に周囲で聞き耳を立てていた生徒達が息を飲む。さながら舞台の主人公である自分と観客といったところか。
「何だって……?」
信じられない、といった様子でジャンが呟く様に、知らず頬が弛む。カレンをものにしたことを告げれば、目の前の友人も含め男たちは皆、悔しがるに違いない。
さあ、真実の愛のお披露目だ。
「カレン」
同じ教室内で僕同様に皆の注目を集めていたカレンを呼ぶ。女生徒達の輪から抜け隣へやって来たカレンの腰を抱いて引き寄せた。
「婚約はアンバー家と結び直すことになったんだ。僕たちは──愛し合っている」
「バーニー、皆の前で……恥ずかしいわ……!」
「ふ、可愛いな」
宣言してカレンと見つめ合う。ざわめきと驚きの声が上がった。嫉妬の瞳を期待して目の前のジャンに視線を戻せば、そこには予想していなかった反応があった。
「そうか……」
苦虫を噛み潰したような顔には、蔑みと、憐れみの表情が浮かんでいた。
◆
「悪いが、もう友人とは思わないでくれ」
あの後、話があるとジャンに呼び出された先でそう告げられた。
「そんなに……カレンのこと本気だったのか?」
「そんなわけがあるか! 理由はカレン・アンバーじゃない、ウィスタリア嬢だよ」
ジャンが嫌悪感を滲ませながら吐き捨てる。
「双方が納得しているなら仕方がないが、彼女がお前に一途なのは有名な話だ。婚約解消はスプルース側が一方的に言い出したものなんだろう?」
「……ああ。だが仕方なかった。カレンと出会って本当の恋を知ってしまったから」
「ハッ! 何が本当の恋だ。まさか宝石を捨てて紛い物を手に取るなんてな」
「紛い物だと!? カレンは養子でも庶子でもない、正真正銘の貴族令嬢だ!」
「たった二代の新興男爵家のな。王家の懐刀と呼ばれるウィスタリア家のご令嬢とは、本来なら並べるのも烏滸がましい」
「王家の懐刀……?」
「まさか知らないのか?」
「も、もちろん、ウィスタリア家が侯爵位を継いでいるのは知っているが……」
ジャンは心底、呆れたという顔で僕を見る。何かがおかしくなり始めていた。こんな視線を向けられるはずはない。魅力的で、女王のように取り巻きに囲まれたカレンと付き合えることは皆の憧れのはずで。
「ただ高位だというだけじゃない。ウィスタリア領はどこよりも王都に近い。わかるか? 王国に危機が訪れたとき、最後の砦となるのがウィスタリアの騎士団だ」
「だが平和な今どきはもっと事業を派手に起こして貢献する家こそが……」
「加えて! 豊かな領地で育まれる生産物は、王宮から庶民まで王都に暮らす人間の生命線なんだ。ウィスタリアが王都の隣で堅実に領地を守ってくれているから、輸送コストも掛からず食糧が賄える。それによって民たちの暮らしは守られてる」
僕は口をつぐんだ。ウィスタリアの価値をそこまでは考えていなかったからだ。だが、どこかでまだ、それは自分とは関係がないとも考えている。
高位だが地味。いかに影で王国を支えていようと、それが現時点で実感のあるフジーロ侯爵への評価だった。
言い返しはしないが納得もしていない。僕の表情を見て、ジャンがため息をついた。
「貴族の中にもウィスタリアを軽んじる連中は居る。だが侯爵以上の高位貴族ならば皆、理解しているんだよ。血筋だけの公爵家よりもよっぽど、王家があの家を重んじていることを」
王家、という言葉に息を飲む。
「ウチはしがない子爵家だが、文官として代々王家に仕える家系である以上、ウィスタリアと反目するわけにはいかない。お前との付き合いもこれきりだ」
言うだけ言って、ジャンはくるりと背を向けて去ってしまった。
「は、別に困るのはこっちじゃない!」
ずんずんと遠くなる背中に吐き捨てる。たかが子爵家の息子一人、失ったから何だと言うのだろう。だが、面白くはない。晴れやかな未来に水を差されたような。
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