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増えていく日々
約束が増えた日 ✴︎イラスト有
「イーサン殿下」
私とマドリーン様は揃って挨拶をする。休憩を迎えたばかりの廊下を、食堂へと急ぐ生徒たちが通り過ぎていく。
「ランチを一緒にどうかな」
初めて話し掛けられた日から、殿下は時おり、こうして一緒に居る時間を作ろうとしてくれる。その申し出を断る理由は何もない。
「もちろん……」
「申し訳ありません、私は約束がございますのでお二人でどうぞ」
私が了承するよりも早くマドリーン様は断りを告げると、ちょうどやって来た同じクラスのグループに合流して行ってしまった。
後に残された私たちは無言で顔を見合わせる。
「──気を遣わせてしまったかな」
「そうかもしれません……わね」
殿下が申し訳なさそうに呟く。しかし頬には隠しきれない喜びを滲ませていた。口角が微かに上を向いている。意外と表情が豊かなのだ。
その自然に溢れる喜びの感情に、ひどく安心する。口でどれほど大切だと言っていても、好意は無いのだと透けて見えていたかつての婚約者。彼には無かったもの。
◆
「ニーナさんは、芸術の単位は何を選択している?」
「美術史ですわ」
ひとつ上の学年であるイーサン殿下は授業内容や試験の対策についてなど、さりげなくアドバイスをくれる。
今回もテスト対策について話していたところで選択教科を訊ねられ答えたのだが、私の答えになぜかイーサン殿下はパッと顔を明るくした。
「それなら、良かったら一緒に行かないか?」
そう言って、殿下は胸ポケットから2枚のチケットを取り出した。テーブルに置かれたそれを確認すれば、美術展のチケットだった。
「セーブル! ちょうどレポート課題のテーマになっていますわ!」
展示会は美術史で現在学んでいる作家のものだった。資料だけでもレポートは書けるが、実物の絵を見ながら作品にまつわる歴史やエピソードを学べる機会があるなら是非とも行きたい。
「やはり今年もセーブルか」
殿下は食いついた私に満足そうに微笑む。
「このタイミングで王都で展示会をやってくれて良かった」
「殿下も美術史だったのですか?」
「いや、音楽の実技だったが、同じクラスの友人が頭を抱えていたのを思い出した。セーブルは年代によって作風がころころ変わるからまとめ難いと」
「では、私の選択が美術史ではなかったら……」
私が問いかけると、殿下は一瞬固まった後に、ゆっくりとジャケットの内ポケットに手を入れた。おもむろに差し出された手には、チケットが4枚。
王立楽団のコンサートチケットが2枚と、演劇のチケットが2枚。つまり。
「私の選択科目が演劇論だった場合はこちらの演劇、そして音楽実技か音楽鑑賞だった場合はこのコンサートチケットを出してくださった……?」
「そうだな」
コホン、と咳払いしながら殿下が気まずそうに肯定する。
どうしよう。
高貴な方にこんなことを思うのは不敬だけども、けれどもすごく。
すごくかわいいわ。この王弟殿下。
「ありがとうございます……」
言いながら俯いてしまう。頬が赤くなるのが自分でもわかる。例え殿下にとって打算的な関係だとしてもこんな、こんなに一緒に過ごす時間を作ろうとして貰ったことなど無かった。
バーニーの婚約者だった時、デートに誘うのはいつも私だった。
ドレスを見に行きたい、植物園を散策したい、食事に行きたい、観劇に行きたい。どれもバーニーは快く応じてくれた。けれど。
彼の方から一緒に居たいと言ってくれたことは、一度も無かった。
「ニーナさん」
赤くなって俯いてしまった私を見て、殿下が言う。
「その、良かったら、観劇も、演奏会も、一緒にどうだろう、か?」
私に釣られて殿下もほんのりと頬を染めている。
真実の恋を見つけたと言うバーニー。対して、私と殿下は恋を始めたわけではない。婚姻に良い相手を求めて巡り合った。
それでもお互いに歩み寄る気持ちがあれば、身を焦がす恋でなくてもこんなに温かな気持ちを持つことができる。
「はい、殿下。喜んで」
顔を上げて微笑む。自然と溢れた笑みだった。今はただ、増えていく約束が嬉しい。
なぜかイーサン殿下は、私と入れ替わるように俯いてしまったけれど。
私とマドリーン様は揃って挨拶をする。休憩を迎えたばかりの廊下を、食堂へと急ぐ生徒たちが通り過ぎていく。
「ランチを一緒にどうかな」
初めて話し掛けられた日から、殿下は時おり、こうして一緒に居る時間を作ろうとしてくれる。その申し出を断る理由は何もない。
「もちろん……」
「申し訳ありません、私は約束がございますのでお二人でどうぞ」
私が了承するよりも早くマドリーン様は断りを告げると、ちょうどやって来た同じクラスのグループに合流して行ってしまった。
後に残された私たちは無言で顔を見合わせる。
「──気を遣わせてしまったかな」
「そうかもしれません……わね」
殿下が申し訳なさそうに呟く。しかし頬には隠しきれない喜びを滲ませていた。口角が微かに上を向いている。意外と表情が豊かなのだ。
その自然に溢れる喜びの感情に、ひどく安心する。口でどれほど大切だと言っていても、好意は無いのだと透けて見えていたかつての婚約者。彼には無かったもの。
◆
「ニーナさんは、芸術の単位は何を選択している?」
「美術史ですわ」
ひとつ上の学年であるイーサン殿下は授業内容や試験の対策についてなど、さりげなくアドバイスをくれる。
今回もテスト対策について話していたところで選択教科を訊ねられ答えたのだが、私の答えになぜかイーサン殿下はパッと顔を明るくした。
「それなら、良かったら一緒に行かないか?」
そう言って、殿下は胸ポケットから2枚のチケットを取り出した。テーブルに置かれたそれを確認すれば、美術展のチケットだった。
「セーブル! ちょうどレポート課題のテーマになっていますわ!」
展示会は美術史で現在学んでいる作家のものだった。資料だけでもレポートは書けるが、実物の絵を見ながら作品にまつわる歴史やエピソードを学べる機会があるなら是非とも行きたい。
「やはり今年もセーブルか」
殿下は食いついた私に満足そうに微笑む。
「このタイミングで王都で展示会をやってくれて良かった」
「殿下も美術史だったのですか?」
「いや、音楽の実技だったが、同じクラスの友人が頭を抱えていたのを思い出した。セーブルは年代によって作風がころころ変わるからまとめ難いと」
「では、私の選択が美術史ではなかったら……」
私が問いかけると、殿下は一瞬固まった後に、ゆっくりとジャケットの内ポケットに手を入れた。おもむろに差し出された手には、チケットが4枚。
王立楽団のコンサートチケットが2枚と、演劇のチケットが2枚。つまり。
「私の選択科目が演劇論だった場合はこちらの演劇、そして音楽実技か音楽鑑賞だった場合はこのコンサートチケットを出してくださった……?」
「そうだな」
コホン、と咳払いしながら殿下が気まずそうに肯定する。
どうしよう。
高貴な方にこんなことを思うのは不敬だけども、けれどもすごく。
すごくかわいいわ。この王弟殿下。
「ありがとうございます……」
言いながら俯いてしまう。頬が赤くなるのが自分でもわかる。例え殿下にとって打算的な関係だとしてもこんな、こんなに一緒に過ごす時間を作ろうとして貰ったことなど無かった。
バーニーの婚約者だった時、デートに誘うのはいつも私だった。
ドレスを見に行きたい、植物園を散策したい、食事に行きたい、観劇に行きたい。どれもバーニーは快く応じてくれた。けれど。
彼の方から一緒に居たいと言ってくれたことは、一度も無かった。
「ニーナさん」
赤くなって俯いてしまった私を見て、殿下が言う。
「その、良かったら、観劇も、演奏会も、一緒にどうだろう、か?」
私に釣られて殿下もほんのりと頬を染めている。
真実の恋を見つけたと言うバーニー。対して、私と殿下は恋を始めたわけではない。婚姻に良い相手を求めて巡り合った。
それでもお互いに歩み寄る気持ちがあれば、身を焦がす恋でなくてもこんなに温かな気持ちを持つことができる。
「はい、殿下。喜んで」
顔を上げて微笑む。自然と溢れた笑みだった。今はただ、増えていく約束が嬉しい。
なぜかイーサン殿下は、私と入れ替わるように俯いてしまったけれど。
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