ただΩというだけで。

さほり

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ブラックキャップ

2.

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  半年前にこのアパートに越してきたときには、近くに豆腐屋があることなどまったく気にしなかった。最寄駅からの距離、途中に危険な大通りはないか、公園やスーパーの場所など、気にすることは他にたくさんあったからだ。

  ところが引っ越してきてからというもの、この豆腐屋のシャッター音がほぼ毎朝、津田の平穏な時間を奪う。眠れる小さな魔王を不必要に早く目覚めさせるのだ。

  布団を見ると、案の定「彼」はぱっちりと大きな目を開け、上体を起こしてこちらを見ていた。男同士、無言で見つめあうこと数秒。
  津田は目を合わせたまま、灰皿を手繰り寄せて煙草の火をもみ消した。ここで目をそらすと、朝から小さな魔王の機嫌を損ねることはわかっている。まだ半分残っていた煙草への未練から漏れそうになるため息は、残りの煙とともに鼻から吐き出した。

「おはよう、りつ。おいで」

  津田は両腕を広げて、迎える体勢が整ったことを示した。

「あいっ」

  満面の笑みを浮かべた律は高速ハイハイで距離を縮め、津田の目の前でよたよたと立ち上がり抱きついてきた。
  畳に膝をついて律を抱き取り、寝汗で湿った髪に頬を押し付ける。

(男って、赤んボのときから臭いよな…… )

  臭いと思いながらも頬がほころぶ。津田はそんな自分を可笑しく思った。

「今日も早起きだなぁ、律。おむつ替えたらメシにしような」
「あいっ」 

  どの程度理解しているのかはわからないが、律は期待に目を輝かせて大きくうなずいた。
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