ただΩというだけで。

さほり

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Ωが生まれない世界

4.

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  津田は一見不機嫌そうな顔で、言葉をつないだ。表情とはうらはらに、彼の言葉には優しさが満ちている。

「人は悲しみが多いほど、人にやさしくできる」
  そんな古い歌のフレーズを思い出した。
  乾が言葉もなく見つめるので、津田は照れたのか長い前髪をかき上げた。

「俺、別にいい人ってわけじゃないです。本音を言うと…… ほんとは、河野さんに謝ってほしいと思ってます。それをちょっと期待してる。いまさら、何が変わるわけでもないんですけど。もしあの人が、あれは悪いことをしたとか、そういうことを言ってくれたら、それを…… 佐伯に報告してやりたいんです。河野さんのこと、一番怒ってたのは、たぶん、あいつだから…… 」

  長い睫毛が津田の頬に影を落としている。死に別れて7年経っても、佐伯は津田の中ではずっと変わらずに愛しい存在なのだろうか。

「わかりました」

  乾は短くそう言うと、革張りのソファから腰を上げた。

「河野教授には、昼間の時間で打診してみます。大学に訪問することになるか、食事になるかは先方次第ですが、食事になった場合、接待交際費の件は、課長に相談しますがおそらく問題ないと思います」

  乾につられて、津田も立ち上がった。向かい合って立つと目線はちょうど真横。乾が一歩前に出れば、れるところに津田の唇がある。

「日時が決まり次第、お声がけします」

  乾は津田の唇から視線をはがし、ドアを開けて彼を先に通した。

  津田のうなじは茶色い髪に隠れていて、見えない。もう甘い匂いもしない。
  自分を誘っていない。

(俺、キスしましたよね…… ?)

  乾は先に立って歩く津田の後ろ姿に問いかけた。
  医務室でのことがあって、津田の態度は明らかに軟化している。あれがなければきっと、津田がこうして自分の事情を話して代替案を提示してくることもなかっただろう。
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