ただΩというだけで。

さほり

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発情

10.

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  津田は、ドアから一番遠い壁際に、ほとんど伏せるように座っていた。怯えた顔をじっとこちらに向けてはいるが、意識が朦朧としているのか目の焦点が定まらない。
  牧村は彼の壮絶な状態に息をのんだ。

  額と、手錠で繋がれた手首から下が血で赤く染まっている。血がこびりついた顔は紅潮し、汗だくで息が荒く、明らかにひどい発情の最中だ。部屋のあちこちに血の跡がついており、自我を保つために自傷行為を繰り返したのだと分かった。

「もう、大丈夫です。あなたは安全です。いいですか、ゆっくり、近づくので、そのまま、落ち着いて。特効薬だけ打ったら、すぐに離れます」

  津田は返事をしなかった。疲労が濃く落ち窪んだ眼で、じっと牧村の方を見ている。
  手負いの獣に近づくような緊張感で、牧村は少しずつ歩を進めた。汗ばんだ手で、特効薬のカートリッジを握る。津田のむき出しの太腿に触れると、驚くほどに熱かった。

  カシュッ

  乾いた音がして、津田の身体がピクリと揺れた。今にも牙をむきそうな鋭さで牧村を見ていた津田の目が、長い睫毛に覆われる。
  安心したのだろう。緊張で硬直していた津田の全身から、力が抜けるのが見て分かった。

「もう、大丈夫ですよ。すぐに楽になると思います。落ち着いたら、下に降りましょう。救急車を呼びますので、まず病院に」

  牧村がそう言うと、津田から、長く深いため息が漏れた。力の抜けた身体が、ぐったりと床に伏せる。汗で濡れた茶色い髪が、無事だったうなじに貼りついていた。
  全身が水を浴びたように濡れている。シャツも下着も汗に濡れ、ところどころに血がついていた。

(こんなになってまで、よく、耐えたな…… )

  無粋な詮索をするつもりはないが、部屋には彼が自慰をした形跡がない。抑制剤ピルを絶たれ、マンションの外にまで漏れるようなフェロモンを放ちながら、自らの性欲を抑えたΩの彼に、牧村は驚きを隠せなかった。

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