ただΩというだけで。

さほり

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アクアリウム

8.

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  できるだけ生々しい言い方をしたくない。乾は言葉を選び、痛みを伴う過去を吐露した。

「呼び出されたんです。ちょうど、あの日みたいに。子どもが大けがをしたと言われて、急いで駆けつけました。動転していて、全く警戒もしていなかったので、部屋に飛び込んでから充満した匂いにハッとしました。でももう、手遅れで…… 気がついたら、カズが…… 上の子ですが、小さな手でぽかぽか俺を殴っていました。倒れた母親を、俺が虐めていると思ったんでしょうね」

  乾が自嘲的に微笑むと、津田は目をそらすように前を向いた。遠い水槽の光が、その横顔に少しだけ届いている。

「あの子にまで危害を加えたりしなかったことだけは、不幸中の幸いでした」

  津田の横顔が、ぎゅっと険しく顰められた。
  それを見て、乾は己の失言に気づいた。不幸、なんて。命の誕生に使うべき言葉ではない。

「すみません。不適切でした」
「いや、いい…… 分かる」

  津田は顔を伏せて、胸に抱いた律の髪に鼻をうずめた。
  乾が見る限り、津田は律に溢れるほどの愛情を注いでいる。でもその出生の事情を考えれば、彼の誕生を手放しで喜べたはずはない。

  命は尊い。
  子どもに罪はない。
  理性では分かっていても、感情がついていかないことはある。
  自分の血をひく子ども達を特別かわいいとも思えず、自分は人間として何かが欠落しているのではないかと悩んでいたことを、津田なら分かってくれるだろうか。

「来週、子どもたちと会う約束があるんです。ちゃんと顔を見るのは、たぶん正月以来です。変な話、離婚してからの方が、子どもたちに会いたいと思うようになりました。子どもと妻をセットで考えていたのがいけなかったのかもしれませんね」

  離婚してからは、定期的に子どもたちに会う機会を持ちたい。乾の希望を、妻は快く受け入れた。
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