ただΩというだけで。

さほり

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決断

29.

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  言葉を切った津田の目線の先には、お盆を持った店員が、タイミングを測るように立っている。
  乾と津田がテーブルについていた腕を引いて促すと、彼女は申し訳なさそうに
「失礼いたします」
  と言い、乾の前にうどんの乗ったお盆を置いた。

「こちらこそ、失礼しました」

  続けて津田の分のお盆を運んできた店員に乾が謝ると、うどんから立ちのぼる湯気のむこうで、津田がふっと笑った。

「その正座とか、お前のそういう丁寧なとこ、好きだよ俺」

  何気ないようなその声に、去り際の店員がパッと振り返った。彼女がまず津田を見て、視線を移してから笑いを堪えるようにうつむいて足早に去ったことで、乾は自分が間抜けた顔をしているのだと気がついた。

  記憶にある限り、というか言われて記憶に残らないはずはないのだが、津田から「好きだ」と言われたのは初めてだ。
  本人には全く気負いがなかったのだろう。
  彼の興味はすでに提供された蕎麦に移っていて、呆然と見つめる乾に気づいてさえいない。

(全くこの人は…… 
  人を喜ばせるようなことを、サラッと言うんだから…… )

  乾はだらしなく緩んでしまう顔を隠すように伏せながら、子ども用のお椀にうどんを取り分けた。



「律君、起きないですね」

  お椀に取り分けた分を残してうどんを食べ終えた乾は、津田の隣ですやすやと眠る仰向けの寝顔を覗きこんだ。

「食っちゃっていいよ、それ。お義父さんでなんか食べさせてもらったみたいだから、起きても腹減ってないかもしんねぇし」

  蕎麦猪口に蕎麦湯を注ぎながら、津田が目でお椀を指す。
  こういうとき、津田は勘定書をもらって席を立つ直前に、流し込むように律に取り分けたものを食べる。乾がそれに倣おうと手をつけずにいると、意図を察したのかそれ以上は何も言われなかった。
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