ただΩというだけで。

さほり

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このまま目を覚まさなくても

9.

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「凛花は、向こうで待ってるよ」

  緩んだ津田の腕を離れ、佐伯は自分の背中側を指差した。霧がかかっているのか遠いのか、彼が示した方向には何も見えない。

  一人にして大丈夫なのか、と津田は思った。誰かがあの子を見てくれているのか。無鉄砲に走り回るあの子が、もし道路に飛び出したりしたらーー

  違う。
  凛花はもう中学生だ。苦しい家計から、制服を買ってやったんだ。忘れるはずがない。
  珍しくはしゃいで、くるくる回った凛花のプリーツスカートがコマみたいに広がって、それが忘れられずどうしても捨てられなくて……

「佐伯…… 」

  あれは、中学の入学式。そしてその一年後の、冷たい雨の日。凛花のそばに、自分のそばに、佐伯はいなかった。仕事じゃない。ずっといなかった。
  もう、あの時にはいなかった……

「ごめん」 

  佐伯が命がけで守った凛花を、死なせてしまった。
  守れと言われたのに。
  それが彼の、最期の言葉だったのにーー

  うつむく津田の手を、一回り小さい佐伯の手が引いた。彼はそのまま、津田をどこかに連れて行こうとする。背中を向けた彼がどんな顔をしているのか分からないが、きっと凛花のところに連れて行ってくれるのだろう。
  津田は導かれるままに、心許ない足を進めた。

  いつも強引でせっかちで、先に先にと行こうとする佐伯。彼の死後、その背中を追う夢を何度見たか分からない。どんなに走っても追いつけず、いつだって間に合わず、暗闇の中で目が覚めるたびに、激しい後悔に苛まれて一人で泣いた。
  一度だけ、追いすがって捕まえた腕の柔らかさに、ハッとして飛び起きたことがある。明け方の薄明るい部屋で津田が掴んでいたのは、幼い律の脚だった。

「律…… 」

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