ただΩというだけで。

さほり

文字の大きさ
上 下
371 / 417
春の足音

7.

しおりを挟む
「おうち?」

  突然聞こえた律の声に二人はビクッとして、視線を同時に布団へ向けた。
  いつから目覚めていたのか、律は仰向けの姿勢のまま、大きな目をキョロキョロさせて室内を見回している。乾と津田はどちらからともなく身体を離し、小さな魔王に微笑んだ。

「おうちだよ。なつかしいな」

  津田がそう答えると、律は「わぁっ!」と歓声を上げ、布団を蹴って飛び起きた。家を空けていたのはほんの半月なのに、律は嬉しそうに和室を歩き回り、壁を撫でたり押入れを開けたりしてはしゃいでいる。そしてふと窓辺に振り向くと、写真の乗っていた台の前に立った。
  頭の高さにある台の上を確かめるように、手のひらでペタペタと触る。それから不思議そうな顔で振り向いた律は、高い声で呟いた。

「ぉかーしゃ、ないよ?」

  律の動きを細めた目で追っていた津田が、スッと真顔になる。そして、困惑に揺れる目で乾を見た。肯定を、もしくは否定を求めて。
その津田の足元に写真立てを見つけ、律はパッと笑顔になった。

「ぉかぁしゃん!」

  幼いその声に、津田は瞠目して固まった。もう聞き違いではない。律は確かに、凛花の写真を見て「お母さん」と言ったのだ。

  トテトテと歩み寄り、凛花の写真立てを手に取った律は、満足げな笑顔でそれを掲げて見せた。

「ぉかぁしゃ、いた!」

  見開いた津田の目にみるみる涙がたまり、溢れた雫が頬を伝って落ちた。
  驚いた律が写真立てを胸の前に持ったまま、彼を心配そうに見つめる。頬を伝う涙はとめどなく溢れ、津田は声もなく両手で顔を覆った。

「ユキ…… ?どしたの?くび、たいの?」

  津田は顔を覆ったままかぶりを振り、細い身体を嚙みころした嗚咽で揺らした。

「大丈夫、痛いんじゃない…… 嬉しいんだよ」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,237pt お気に入り:450

身内から虐げられてる受けがスパダリに溺愛される話

BL / 連載中 24h.ポイント:362pt お気に入り:831

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:1,221pt お気に入り:2,625

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,327pt お気に入り:846

第二の人生は王子様の花嫁でした。

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:4,021

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:740pt お気に入り:859

処理中です...