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ほの明るいグレーに融ける
2.
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夢を見ていた。
初めて抱いたときの、綾人の夢だ。
見られることを恥ずかしがる綾人のために、部屋を真っ暗にして。ほとんど手探りで、経験のない硬い身体を抱いた。
つらそうな吐息も、何度聞いても痛いと言わない気遣いも、強張った身体も、全てが愛しくて。
疲れてぐったりと眠る綾人を、明け方の光の中でそっと盗み見た。
眠っていても痛むのか、眉を寄せたうつ伏せの寝顔も、初めて自分を受け入れてくれた小柄な身体も、ずっと大切にしようと心に決めたのに。
繋いでいたはずの手はいつのまにか離れていて、隣にいたはずの綾人がいない。
俺がちゃんと大切にしていれば、しっかり手を繋いでいれば、ずっとそばにいられたはずなのに……
「和臣、ごめんね。オレもう、行かなきゃいけないみたい…… 」
夢の中に響いたその声が、現実の綾人のものだと気づき、和臣は跳ね起きた。
綾人は裸のままシーツに座っている。夢の中とは違う「ナギサ」の姿に、一瞬意識が混乱した。
綾人は和臣と目が合うと、困ったような顔で弱く笑った。腕を差し出して見せられ、和臣は思わず息を飲む。右腕はすでに失く、左腕も肘から下が半分透けていた。
言葉を失い、綾人の腕を見つめていた和臣が目を上げると、綾人は全てを悟ったような顔で微笑んでいた。
明け方の部屋は、夢の中と同じようにほの明るいグレーで。
綾人のふわふわした髪も、小鼻のピアスも、胸の火傷の跡も、すべては白と黒の濃淡だった。
怖いくらいにきれいだ、和臣はそう思った。
きれいだ。
消えてしまう。
綾人が、ナギサが、消えてしまう――
自分の姿を見つめる和臣の険しい視線を、綾人は勘違いしたのかもしれない。透けた左手で和臣の両目を覆うと、静かな声で言った。
「目を閉じて。」
言われたとおりに目を閉じると、綾人に頭から抱きしめられた。綾人の裸の胸が、頬に当たる感じがした。消えかけた腕が、和臣の頭の後ろに回された。
「和臣、ありがとう。」
和臣の鼓膜に、心地よい声が響いた。少しだけハスキーで、甘い。
綾人の声だ、と実感した。
「和臣がいなかったら、オレ、きっと、ずっと寂しいままだったよ。」
おそるおそる腕を回すと、そこには確かに綾人の背中があって、指先で背骨のくぼみを感じることもできた。それでも、力を込めて抱きしめたらだめだ、和臣はなぜかそう分かっていた。
「綾人…… 」
「オレ、和臣に何度も、つらい思いなんかさせたくなかったんだけど…… たぶん、ただ、ありがとうって、それだけ、伝えたかったんだ…… 」
綾人の身体がふいに離れ、気配までもが消えたような気がして、和臣は慌てて目を開けた。
「綾人!言ってなかった!…… まだ言ってなかったことが、あるんだ…… っ!」
綾人はまだ、目の前にいた。それが綾人だとわかっているのに、ナギサの姿に一瞬だけひるむ。
どんな姿になっても、帰って来てくれたことが、ただ嬉しく、愛しかった。
そのことだけは、伝えたくて。
「おかえり。」
綾人の目を見て、和臣は言った。
言いたいことは、他にいくらだってあるけれど……
綾人は瞠目した後、優しく目を細めて満面の笑顔を見せた。
「ただいま。」
その声を残して、綾人は消えた。
最後の泣き顔は、見なかったことにした。
綾人が最後まで、自分のために涙を見せずにがんばったことが分かっていたから、笑顔が堪えきれずに泣き顔に崩れる寸前に、消えたことにしよう。
和臣はそう思い、自分も歯を食いしばって涙をこらえた。
初めて抱いたときの、綾人の夢だ。
見られることを恥ずかしがる綾人のために、部屋を真っ暗にして。ほとんど手探りで、経験のない硬い身体を抱いた。
つらそうな吐息も、何度聞いても痛いと言わない気遣いも、強張った身体も、全てが愛しくて。
疲れてぐったりと眠る綾人を、明け方の光の中でそっと盗み見た。
眠っていても痛むのか、眉を寄せたうつ伏せの寝顔も、初めて自分を受け入れてくれた小柄な身体も、ずっと大切にしようと心に決めたのに。
繋いでいたはずの手はいつのまにか離れていて、隣にいたはずの綾人がいない。
俺がちゃんと大切にしていれば、しっかり手を繋いでいれば、ずっとそばにいられたはずなのに……
「和臣、ごめんね。オレもう、行かなきゃいけないみたい…… 」
夢の中に響いたその声が、現実の綾人のものだと気づき、和臣は跳ね起きた。
綾人は裸のままシーツに座っている。夢の中とは違う「ナギサ」の姿に、一瞬意識が混乱した。
綾人は和臣と目が合うと、困ったような顔で弱く笑った。腕を差し出して見せられ、和臣は思わず息を飲む。右腕はすでに失く、左腕も肘から下が半分透けていた。
言葉を失い、綾人の腕を見つめていた和臣が目を上げると、綾人は全てを悟ったような顔で微笑んでいた。
明け方の部屋は、夢の中と同じようにほの明るいグレーで。
綾人のふわふわした髪も、小鼻のピアスも、胸の火傷の跡も、すべては白と黒の濃淡だった。
怖いくらいにきれいだ、和臣はそう思った。
きれいだ。
消えてしまう。
綾人が、ナギサが、消えてしまう――
自分の姿を見つめる和臣の険しい視線を、綾人は勘違いしたのかもしれない。透けた左手で和臣の両目を覆うと、静かな声で言った。
「目を閉じて。」
言われたとおりに目を閉じると、綾人に頭から抱きしめられた。綾人の裸の胸が、頬に当たる感じがした。消えかけた腕が、和臣の頭の後ろに回された。
「和臣、ありがとう。」
和臣の鼓膜に、心地よい声が響いた。少しだけハスキーで、甘い。
綾人の声だ、と実感した。
「和臣がいなかったら、オレ、きっと、ずっと寂しいままだったよ。」
おそるおそる腕を回すと、そこには確かに綾人の背中があって、指先で背骨のくぼみを感じることもできた。それでも、力を込めて抱きしめたらだめだ、和臣はなぜかそう分かっていた。
「綾人…… 」
「オレ、和臣に何度も、つらい思いなんかさせたくなかったんだけど…… たぶん、ただ、ありがとうって、それだけ、伝えたかったんだ…… 」
綾人の身体がふいに離れ、気配までもが消えたような気がして、和臣は慌てて目を開けた。
「綾人!言ってなかった!…… まだ言ってなかったことが、あるんだ…… っ!」
綾人はまだ、目の前にいた。それが綾人だとわかっているのに、ナギサの姿に一瞬だけひるむ。
どんな姿になっても、帰って来てくれたことが、ただ嬉しく、愛しかった。
そのことだけは、伝えたくて。
「おかえり。」
綾人の目を見て、和臣は言った。
言いたいことは、他にいくらだってあるけれど……
綾人は瞠目した後、優しく目を細めて満面の笑顔を見せた。
「ただいま。」
その声を残して、綾人は消えた。
最後の泣き顔は、見なかったことにした。
綾人が最後まで、自分のために涙を見せずにがんばったことが分かっていたから、笑顔が堪えきれずに泣き顔に崩れる寸前に、消えたことにしよう。
和臣はそう思い、自分も歯を食いしばって涙をこらえた。
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