48 / 52
エピローグ(1年後)
1.
しおりを挟む
待ち合わせをした花屋の前に、彼女は先に来て待っていた。
黒いコートの下にグレーのスーツを着ている。服装に迷ったけれど、自分もスーツで来てよかったと、和臣は思った。
「お待たせしてすみません。」
そう言って店に入ると、
「お花が好きなので、早く来すぎてしまいました。」
彼女は悠然と微笑んだ。代議士の妻という立場からか、公人のような雰囲気がある。凛とした立ち姿、落ち着いた声色、安定した微笑み。人に見られることの多い女性だからこそ身についた所作が、彼女を一層美しく見せていた。
あまり似てないな、と和臣は思った。この女性がかつては部屋着で名木佐の家にいて、年の離れた弟たちと遊んだりけんかしたりしていたなんて、まるで想像がつかない。
「店長さんとお話ししていたら、さすがにお詳しいのでお任せで作っていただこうかと思ったのだけれど、いかがでしょう?」
綾人の姉、時佳がそう言うと、少し離れたレジに立つエプロン姿の店長が、和臣たちの方に控えめな笑顔で会釈してきた。
「お願いします。」
仏花の知識など和臣にはない。ここはプロに任せるべきだろう。
先日、名木佐家ゆかりの寺で、一周忌の法要が行われた。参列できる立場にないのは分かっていたし、たとえ声がかかったとしても遠慮していただろう。そういう仏事に特別意味があると思えるような育ち方はしていない。
それでも、時佳から個人的に連絡をもらい、お墓だけでもお参りいただけませんかと誘ってもらったときには、素直にありがたいと思った。
和臣が初めて時佳に会ったのは、事故後に綾人たち負傷者が搬送され、入院していた病院の受付だった。
カミングアウトして勘当された時、年の離れた姉からも早く家を出ていくように言われたと綾人から聞いていた。そのため和臣は気後れしたが、意外なことに時佳は和臣と綾人の関係に理解を示し、微妙な立場と心情を斟酌してくれた。
よほど多忙なのだろう、和臣が時佳に会うのは連絡先を交換したその時以来、今日が初めてだった。
「仏さまが若い男性の方なら、菊よりもカーネーションの方が喜ばれるかもしれませんね。ちょうど早咲きのきれいなアイリスが入りましたから、さわやかなお仏花になりますよ。」
店長はそう言うと、ガラスケースの中から花を選び取り、慣れた手つきで三色の花束を二つ作って透明なセロファンで包んだ。
お喜びになるかもしれませんね。
まるで生きた人間にプレゼントするような言い方だ。実際、できあがった花束は和臣がイメージする仏花とは違い、花瓶に入れて部屋に飾っても違和感のない組み合わせだった。
「素敵。…… あの子も好きそうだわ。」
時佳はそう言って、少し寂しそうに笑った。
黒いコートの下にグレーのスーツを着ている。服装に迷ったけれど、自分もスーツで来てよかったと、和臣は思った。
「お待たせしてすみません。」
そう言って店に入ると、
「お花が好きなので、早く来すぎてしまいました。」
彼女は悠然と微笑んだ。代議士の妻という立場からか、公人のような雰囲気がある。凛とした立ち姿、落ち着いた声色、安定した微笑み。人に見られることの多い女性だからこそ身についた所作が、彼女を一層美しく見せていた。
あまり似てないな、と和臣は思った。この女性がかつては部屋着で名木佐の家にいて、年の離れた弟たちと遊んだりけんかしたりしていたなんて、まるで想像がつかない。
「店長さんとお話ししていたら、さすがにお詳しいのでお任せで作っていただこうかと思ったのだけれど、いかがでしょう?」
綾人の姉、時佳がそう言うと、少し離れたレジに立つエプロン姿の店長が、和臣たちの方に控えめな笑顔で会釈してきた。
「お願いします。」
仏花の知識など和臣にはない。ここはプロに任せるべきだろう。
先日、名木佐家ゆかりの寺で、一周忌の法要が行われた。参列できる立場にないのは分かっていたし、たとえ声がかかったとしても遠慮していただろう。そういう仏事に特別意味があると思えるような育ち方はしていない。
それでも、時佳から個人的に連絡をもらい、お墓だけでもお参りいただけませんかと誘ってもらったときには、素直にありがたいと思った。
和臣が初めて時佳に会ったのは、事故後に綾人たち負傷者が搬送され、入院していた病院の受付だった。
カミングアウトして勘当された時、年の離れた姉からも早く家を出ていくように言われたと綾人から聞いていた。そのため和臣は気後れしたが、意外なことに時佳は和臣と綾人の関係に理解を示し、微妙な立場と心情を斟酌してくれた。
よほど多忙なのだろう、和臣が時佳に会うのは連絡先を交換したその時以来、今日が初めてだった。
「仏さまが若い男性の方なら、菊よりもカーネーションの方が喜ばれるかもしれませんね。ちょうど早咲きのきれいなアイリスが入りましたから、さわやかなお仏花になりますよ。」
店長はそう言うと、ガラスケースの中から花を選び取り、慣れた手つきで三色の花束を二つ作って透明なセロファンで包んだ。
お喜びになるかもしれませんね。
まるで生きた人間にプレゼントするような言い方だ。実際、できあがった花束は和臣がイメージする仏花とは違い、花瓶に入れて部屋に飾っても違和感のない組み合わせだった。
「素敵。…… あの子も好きそうだわ。」
時佳はそう言って、少し寂しそうに笑った。
0
あなたにおすすめの小説
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる