背徳のアルカディア

さほり

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Gallina

7.

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「がんばったな」

 そう聞こえたのは、幻聴ではないだろう。毎日の産卵を誰かに褒められたことなどない。死ぬかもしれないという恐怖と労われた嬉しさが混ざり合って溶けて、閉じたまぶたの間から涙がこぼれた。

 大きな手がアゼルの頭を撫でたのは、眠りに落ちる寸前。額に感じた柔らかな唇は、寝る前に兄がいつもくれたおやすみのキスを思い出させた。


 目が覚めると、目の前にルシフェルの顔があった。びっくりして飛び退いたアゼルを笑い、彼が隣に寝そべっていた身体を起こす。

「よく寝ていたな」

 そう言われ、不思議な気持ちになった。考えてみれば長い間ひとりでいて特にすることもないので、睡眠時間を気にすることなどなかったのだ。

「兄がいるのか?」

 唐突に聞かれ、アゼルは弾かれたように顔を上げた。

「どうして……」
「寝言で呼んでいた。兄さん、と」

『兄さん』。その響きに胸が苦しくなった。言われてみれば、兄の夢を見ていた気がする。木漏れ日に透ける若葉と同じ、美しい緑の目をしていた兄。
 うつむいたアゼルに、ルシフェルが聞いた。

「どんな兄さんだった?」

 なぜそんなことを聞くのだろう。アゼルは彼に改めて不信感を抱いた。神が堕天使を使役するとは思えないが、もしかしたらアリアドネの手の者かもしれない。もしくは掟の番人がまだ、兄と自分の関係を探っている可能性もある。

「覚えていません。最後に会ったのは、ずっと前なので」

 ルシフェルの赤い瞳が寂しげに翳ったように見えたのは、気のせいだっただろうか。彼はただ静かにうなずき、また来ると言って青灰色ブルーグレーの翼を開いた。

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