1 / 7
共怨者
しおりを挟む「私の娘は、人様の人生を壊しました。なので、この場で晒します」
自分の子に制裁を与えるのは他の誰でもない。親の役目だ。
西村サエコの母親である私は、始業式に乗り込み、校長先生のマイクを奪った。そして岩のような決意を抱きステージに立っている。
数秒間、全員一時停止した。
「何をしてるんですか!」
誰が発したのか分からない声が、スターターピストルの代わりになり、一斉に動き出した。
教育者達は私を歯がいじめにし、マイクを奪おうとする。怒号が飛び交う中、地鳴りのような声を出し、もう一度みんなの注目を浴びた。
「二年三組 二十一番 西村サエコは『イジメ』という名の凶器でクラスメイトの人生を破壊しました。これは、嘘ではありません。私はサエコの母親です」
もう誰も止めようとはしない。
「ゴクリ……」
唾を飲み込む音が聞こえるほど静まり返っている。私はさらに続けた。
「私は娘を愛しているからこそ、この事実を告白しました。どんな理由があろうとも決して許されることではありません」
「西村さん、どうしてこんな事を」
案山子のようにボッタっていた校長先生がナビ音声のような機械的口調で問いかけてきた。
「こんな事?我が子が間違いを犯したら、正すのが親の務めではないですか。例えば、お友達のおもちゃを横取りしたとします。『人の物を取ってはいけませんよ』と教育しますよね?それと同じです」
生徒達は、赤ん坊のように喚く子、シンバルを叩く猿のぬいぐるみを連想させる子、銅像のように動かない子など体育館は檻を壊された動物園のようだ。録画機能がある目を向けている子は多数いる。その映像により更に目が増えるだろう。
「残念ながらサエコはこの場にいません。私が事実を公表すると宣言したことで精神を病んでいます」
サエコは暗闇で持ち主を失った人形のように一日を消化している。
『当然の報いだ』
『クズだな』
『変な母親のせいなんじゃない』
野球試合中の野次が飛ぶように言葉が行き交っている。
母親が娘を晒すという異常な状況になっても、人間は罵ることをやめられないらしい。なんて愚かな生き物なのだろう。私の娘も同類だ。
「この世の中は狂っています。どうして、被害者が逃げなければならないのか。加害者こそ離脱するべきなのです。よってサエコは一時、離脱します」
目的を果たし、無言でマイクを置きステージ裾に下がった。教育者達は異常者でも見るように刺さる視線を送ってくる。しかし、痛くも痒くもない。
靴に履き替えたところで少年に声をかけられた。
「どうして自分の子を守らないのですか。僕はあなたの様な人が母親でなくて良かったと心の底から思いました」
出口に背を向け少年に近づいた。
「私は、全身全霊で守っています。君は、優しくしてもらうことで、守られていると思っていますか?」
「晒し者にしている時点で、守っていないだろ」
少年の気持ちもわかる。サエコもきっとそう思っているだろう。
「悪行という種を撒くと、花を咲かせ種を作り、その種がいつか自分に降りかかってきます。そして、必ず報いを受けます。許しを乞うならば同じ立場にならないといけないんです」
「……母親だって子供の人生を壊してはいけないはずだ!僕はイジメの事実を信じてもらえなかったんだ!優しく守ってほしかったのに……」
少年は黒い過去を持っているようだ。物欲しそうな表情をしていたが、温かい言葉などかけたりしない。私には関係ないのだ。
レンズ越しの目を背に浴びながら体育館を後にした。
ドアのネジが外れそうなほどの音を立て、玄関を閉めた。サエコは自室の窓に真っ黒な画用紙を隙間なく貼り、光を遮断している。いつもは物音一つしない二階の部屋から、校内放送かと思う程の音量が流れ、動物の咆哮の様な泣き声も聞こえる。階段を駆け上がり、サエコの部屋を開けた。
「ウォォーー」
狭い部屋の中を行き来しながら髪の毛を毟り、肩を上下させながら吠えている。まさに獣だ。
机の上に開かれたパソコン画面には、マイクを持つ私が映っていた。群衆の中に紛れ込んでいた録画機能をもつ目たちは、私の期待を裏切る事はなかった。……ほんの少し、裏切りを願ったが無駄だった。
瞬く間に動画は拡散された。
『サエコはサイコ』
『鬼畜母親』などの言葉がトレンド入りし、黒い言葉が溢れた。
それでも私は後悔などしていない。種を撒いたのは、サエコ自身である。これから長い人生の中でいつか足を引っ張られるだろう。その為には乗り越えなければならないのだ。
……怨みは怨みを生む。この世界は『共怨者』で溢れている。 懲りたはずなのに、またこんな世界に憧れた自分を哀れに思う。 目を瞑り反芻し、判を押した事を後悔した。キッチンの引き出しを開け、赤い封筒に印刷された三文字を指でなぞった。
あの紙に刻まれた条件を、達成しなければよかったのだ。
……獣の咆哮をいつまで聞き続ければいいのだろう。果たして終わりは来るのだろうか……。
数日後--
僕はあの騒ぎを夢に見る。サエコさんのお母さんが放った言葉を、忘れられないからだろう。
『必ず報いを受けます』
それが、本当なら僕をイジメた奴らにも、制裁を与えられる日が来るということなのだろうか……。
世間では『鬼畜母親』と呼ばれているが、僕の心は部屋の明かりをつけた時のように、灯りがともった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
離れて後悔するのは、あなたの方
翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。
岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。
財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。
だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。
結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。
しかしそれは、一つの計画の為だった。
そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
死んで初めて分かったこと
ルーシャオ
恋愛
ヴィリジアの王女ロザリアは、大国アルデラ王国のエアル王子の婚約者として王城で暮らしていたが、エアル王子には罵倒され遠ざけられ続け、次第に周辺の人々も近づかなくなっていた。
しかし、エアル王子が故郷ヴィリジアを滅ぼしたことをきっかけに、ロザリアは何もかもを諦める。「殿下。あなた様との婚約は、破棄いたします」、そう宣言して、ロザリアは——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる