飛べない狸の七つ芸

月澄狸

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札束風呂

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 やべーほどの暑さ。地面に膝と手をついたら、手も膝も焼け落ちそう。
 けど何もしなくても、太陽に焼き尽くされ、皮膚が溶け落ちそう。しかし屋内ももはや……。

「うわー」
 叫び声とともに火の手が上がる。今度はなんだ。

 もう誰も原因だの何だの突き止めようともしない。それどころではないのだ。誰に聞いても「想定外」だの「原因不明」だの。家電が爆発しただか、新素材が発火しただか、もう知らん。

 政府が設置した巨大パネルに映るおっさんが、「今年こそ最高の少子化対策……」とか言ってる、その前で、幼子を抱いた女性が倒れている。が、誰も手を差し伸べようとも、生死を確認しようともしない。暑すぎてハエも沸いてない。


 誰かが落としただか投げ捨てただか、もはやどうでもいいゴミのように扱われたカネが、地面にところどころ散らばっている。俺はそれをかき集めた。カサカサと熱風に舞う、クシャクシャになった紙幣を、手で抑えつけて捕らえる。小銭も拾う。外国のカネも拾う。意味もなく、ひたすら拾う。手が焼けても拾う。

 ……あ、ギザ十。

 なんとなく集めたりしたこともあった。懐かしさに、涙がこぼれ落ちる。
 あの頃はまだまだ平和だった。夜の歩道橋から車道を見下ろして、ここから飛び降りて車に轢かれたら死ねるだろうかとか妄想したあの頃でさえ、まだどうにでもできたんじゃないか。

 そうだ、老後がどうとか難しいこと考えるから八方塞がりだったんだ。仕事なんか辞めたって、日雇いバイトとかで数十年、気楽に暮らせたんじゃないか。町が楽しそうなフリしているうちに、散々遊び歩けば良かった。


 ギザ十を握り締めてぼろ泣きする俺。
「そんなに泣くと死が近づきますよ」と声をかけてくる女性。
「やめろ、他人なんかに構うな、体力の無駄遣いだ」と隣の男性。
 去ってゆく二人。


 カネをかき集める。
 今となってはどうでもいい物体。
 昔は俺の生死を左右するかに思えた物体。

 でも多分そこまでじゃなかった。生活保護とか申請できたのかもしれない。よく知らなかった社会と、何かに怯え続けた若い頃。
 歯を食いしばり、時間を失い続け、頭を下げることで得たカネ。それが、さもどうでもいい物であるかのように、路上に転がっている。


 カネを集める。
 昔は命懸けで集めたカネ。
 人様の命より重かったカネ。

 人類が築き上げたものがどうでもいい物になるのは、文明が死にゆく最期のときだけなのか。
 それまで俺たちは、訳の分からぬものに縛られ続けたのか。

 くそったれ!


 崩壊した我が家に、抱えたカネを持って帰り、湯をためる機能を失った湯船にぶち込んだ。ジャラジャラと硬貨が音を立てる。思ったほどいっぱいにはならなかったが。

「札束風呂~!」
 ふざけた声で叫んでみる。……札クズと小銭であって札束じゃねーか。


 札束風呂もどきに浸かった俺は、体の水分が果てるまで、泣き喚いた。
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