世界は何もくれないから 好きに生きていい

月澄狸

文字の大きさ
1 / 1

世界は何もくれないから 好きに生きていい

しおりを挟む
 長年使った扇風機は危ないとテレビで言っていた。
 そうか、買い換えなきゃなぁ……。

「シミやシワ対策にこのアイテム」
 そうか、買った方が良いのか……。

「安全のためには防災グッズ!」
 なるほど、集めておいた方が良いなぁ……。

「缶詰は爆発する危険があります」
 マジか、じゃあ溜め込むだけでなく定期的に食べなきゃな……。

「運動しないと健康に悪い」「軟骨はすり減るもの」
 運動は大事だけれど、いっぱい運動すると軟骨が早くすり減るの……?

「太陽は浴びた方がビタミンDが生成されるし心の健康にも良い」
 けれど紫外線はお肌の大敵で、皮膚がんの原因にもなるんだって?


「あれもこれも危険」
「これ一本で解決!」
「詐欺にご注意を!」
「現代社会は超便利」


 色んな危険を教えてくれる情報たち、ありがとう。
 おかげで知った方がいいこと色々知れたよ。
 見なきゃ一生知らないままだった。

 これからもっと色んなこと知るんだろうな。
 忘れないようにちゃんと覚えなきゃ。
 あれもこれも対策しなきゃ。
 でも……。


 そんなに大事なアイテムなら……命に関わるものならくれたっていいのに、くれるわけじゃないんだよね。タダでもらえるのは情報ばかり。

 で、また新しい何かが起こる度に、やらなきゃいけない対策が一つ増えるんだね。

 時間も労力もかかる。頭の容量だって色んなことにとられる。ジャンクフードを食べたくても健康のためにはあんまり食べない方がいいかなとなる。


 私が本当に覚えたかったことは……
 好きに使いたかった時間は……
 やりたかったことは……

 対策と雑音に押しつぶされていく。


 私は最後に何を思うんだろう。


 死なない程度に生かされる世界。
 すべては社会のために。


 私の今の願いは、やっぱり大金持ちになることだと思う。

 大金があれば、あれもこれも買い換えて、必要な物はどれも買って、危ないと思ったらすぐ逃げて、色んなことをする余裕もあるかも。死んでも後悔しないかも。好きに生きてもあまり迷惑かからないし。


 どうせ私が「大金なんていらないです。お金がなくたって十分幸せだから」と言ったところで、世界の貧困がなくなるわけでも、誰かが得するわけでも、災害がなくなるわけでも、環境破壊を止められるわけでも、弱肉強食じゃなくなるわけでもなし。

 私が生きて死ぬまでの時間などあっという間だ。世界は私が生まれる前も死んだあとも続いている。世界の問題は私のせいじゃない。余程のことがなければ、私が世界に影響を与えることはないだろう。


 小さい頃は「お金がすべて」みたいな意見を言う大人を見て「大人ってなんでこんなに心狭いんだろう」と思っていたけれど、ようやく分かった。

 私もそっちの人間だ。


 大金持ちになってしがらみから解放されたい。

 大金持ちになったらなったでしがらみがある……かどうかはやってみなけりゃ分からない。


 テレビも新聞もインターネットも、あれが危険これが危険って次々教えてくれて、世界の悲しくて恐ろしい現実をたくさん見せてくれるけれど、そこから救い出すためにお金をくれるわけではない。お金を払うのはいつもこっちだ。

 本当は地球上のすべての人間が飢えずに暮らせるだけの資源はあるらしい。そんな説もあるけれど結局不公平だし、人命第一と言っても人命を守るだけじゃやっていけないのが見え見えだ。

 本気で人命第一なら自殺者年間数万人のストレス社会をそのままにしておかないはずなのに、「現代はストレス社会だからこういった方法で回復しよう! ストレス発散しよう!」と、ストレスだらけであることが当たり前のように世界は回る。


「実はああじゃない、こうだ」
「いやいや違います」
「誤解です」
「あれをやってください、それをやってください、できればこれも」


 結局どれが正解でどれが間違いかよく分からないけれど、言い争ったところで分からないままだ。結論は出ない上に時間だけかかる。ますます疲れる。


 インターネットのおかげで「こんな考えの人もいるんだ」と多くの考えを知って、何でも誹謗中傷する人もいることを知って、色々な差別をする人が一定数いるということを知って、どんな言葉でも存在でも必ず誰かを不快にさせると知って、色んな立場の人に配慮しなきゃいけないと思って、暴走した人間の恐ろしさを知って、何もかも言いにくくなって。

 話し合える相手ばかりじゃないから兵器も必要。そういうことにまで反論できなくなって。


 もう何がおかしくて何がおかしくないのか、何に従うべきなのか、何を受け入れて何を拒否したらいいのか分からない。嫌なことは嫌と言っていい……の「嫌」ってどのあたりからだろう。何もかも拒否して良いのだろうか。

 従うべきは「自分の声」?
 世界は自分の声を削ぎ落とす仕様になっているんじゃないだろうか。
 おかしいのは私かもしれない。


 ニュースも世界も、人が死んでから動くよなぁ……。
 海や野山が滅びてから動く世界もあるかな。
 死ぬ前に何かできないのかな。


 ところでストレス社会の元凶は溢れるほどの情報と、それに付随する副作用なのだろうか。

 世界の問題を知ったつもりになって、実は私も含め全員何も知らなかったりして。勘違いだったりして。


 何も知らなけりゃ知らないなりにやっていけるだろうか。世界の仕組みも知らず、夢と理想と綺麗事だけを心から信じて。

 人はそれを迷惑と呼ぶかもしれないけれど。


 ああもう、なんでもいいからお金持ちになりたい。
 毎日映画や漫画を見て美味しいものを食べて、好きなときに出かけて、好きな場所でくつろいで、好きなだけ眠りたい。

 誰にも怒られずいじめられず、責任も負わず迷惑もかけず、何の心配もせずに、ひたすら好きなことや興味のあること、思いついたことを楽しみたい。次から次へと遊びたい。

 世界はもっと広いはずなのに、今のペースじゃ、やりたかった遊びを何もできないまま終わる。私のやりたいことは24時間365日、その時その時好きに過ごすこと。のんびりすること。できるだけ楽をすること。お金をたくさん得て、遊ぶことだ。

 出かけ、映画を見て、建物を見て、ゲームをし、美味しいものを食べ、自転車で走り回ったりネットで気の合う人と交流したりする。
 海で泳ぎたい。生き物に出会いたい。好きなだけ好きなように時間を過ごしたい。それでいて誰にも迷惑をかけず、指図もされず、意見を押し付けず押し付けられず、自由でありたい。

 遊んで暮らしたい、だからお金が欲しい。でも頑張りたくない。
 それを本気で願うのがそんなに悪いことだろうか。


 私が生きても死んでもきっと世界の問題は変わらないのに、私は世界の問題に遠慮して、問題のために何かをしなければならないだろうか。問題解決のために何も行動できないなら、せめて遠慮しておとなしくしているべきだろうか。

 空気を読まず自分だけ幸せになろうとする気持ちが不謹慎なら、肉や魚や野菜を見て「美味しそう!」と笑顔になるのは不謹慎じゃないのだろうか。毎日生き物の死ぬ世界では、楽しむことすら不謹慎になるじゃないか。

 誰も不謹慎という言葉を野生の生き物に使わない。虫や生き物や森が死んでも人は世界平和を願わない。人が願う平和は人のためだ。


 もう、自分さえ良ければいいのではないか。
 夢も理想も幸せも目的もみんな違うから。
 意見をぶつけ合ったって埒が明かないから。

 一生現実逃避できる力が欲しい。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

感想欄を閉じます

有栖多于佳
エッセイ・ノンフィクション
感想欄に悪口を書く人がいるので、閉じる決意が出来ましたと言う話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

24hポイントが0だった作品を削除し再投稿したらHOTランキング3位以内に入った話

アミ100
エッセイ・ノンフィクション
私の作品「乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる」がHOTランキング入り(最高で2位)しました、ありがとうございますm(_ _)m この作品は2年ほど前に投稿したものを1度削除し、色々投稿の仕方を見直して再投稿したものです。 そこで、前回と投稿の仕方をどう変えたらどの程度変わったのかを記録しておこうと思います。 「投稿時、作品内容以外でどこに気を配るべきなのか」の参考になればと思いますm(_ _)m

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...