生きにくい私たちの純愛

なずとず

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 私は。私の感じたことを、整理するので手一杯だった。

 彼は、井土シノさん。私が死なせてしまった警察官の、一人息子である。これは間違いないとわかった。

 シノさんが私を知っていたことも、ほぼ間違いないだろう。偶然にしてはでき過ぎている。彼があえて私の個展を訪れたことも、彼が計画したに違いない。

 では、どうして、そうしたのか。

 ここからは、想像するしかない。感じるしかないのだ。じっと見つめて、作品の世界とひとつになる。深く深く受け入れて、そこから感じることを、私だけの答えとする。鑑賞にも通じる、その「感覚」こそが、シノさんからの答えでもあるのなら。

 私はシノさんとのこれまでを思い出し、彼の仕草そのひとつひとつまで見つめ、受け入れる。

 彼はいつも私に微笑んでいた。会いに来てくれ、食事を共にし、私をあの家から連れ出した。水族館では嬉しそうに魚のことを教えてくれたし、真実を話したとき、彼は涙ぐんで私を許すと言っていた。

 その関係に相応しい言葉など。事実などは、関係無い。私はシノさんと一緒にいる間、穏やかでいられた。心地よい関係だった。私はシノさんを知らないまま、恋をしていた。それはシノさんとの時間が、かけがえの無いものだったからに他ならない。

 私の感じたことが全て。シノさんはそう言った。ならば、私もまたシノさんを信じるべきだった。

「私は、何をしてるんだ……」

 暗い公園で、ひとり呟く。

 私にできるのは、シノさんに疑いを向けるのではなく、信じることだった。どうしてあの優しいシノさんが、あのような中傷のメッセージを寄越すなどと――。しかし、それをありえないと断じることは、今の私にはできない。

 それでも、それでも。

 このまま、シノさんと別れていいはずがない。

 私はベンチから立ち上がり、公園を駆けた。いつもシノさんの消えていく方へ向かってみたが、彼の姿はどこにもない。街並みはいつも通りで、道ゆく人々は等しく他人に無関心だ。

 ――いいや、違う。

 警察官は子供たちに目を配り、他の人々もちらりと目線を向けて気にかけている。老人が横断歩道を渡るのは、車の運転手たちが見守っていた。彼らは見ている。声をかけることは、無いとしても。彼らは決して、無関心ではない。

 だからこそ。声をかけてくれた、井土さんは特別な人で。そしてシノさんもまたそうなのだ。

 だというのに、私はシノさんの素性にこれまで無関心だった。シノさんが昼休みを終えて、一体どのビルに消えたのかも知らないのだから。

「……っ、シノさん……」

 私の声は、街並みの喧騒の中に溶けて、誰にも届かなかった。

 しかし。

 私には、シノさんへ伝えなければいけないことがあるのだ。

 なんとしても。伝えなければいけないことが。

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