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第88話 努力をアルゴリズムにした高校生たち
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8月12日、朝。
セミが鳴き止まない。
外の空気はもう熱気そのもので、アスファルトから立ち上る陽炎が、夏そのものを映していた。
今日から始まる。
俺たちの“挑戦”が。
―
玄関のチャイムが鳴った。
「おーい、佐久間ー! 朝飯買ってきたぞー!」
勢いよくドアを開けると、コンビニ袋を片手にした佐藤大輝が立っていた。
汗でシャツが張りついているのに、どこか楽しそうだ。
その後ろには、キャップをかぶった相川蓮。あくびを噛み殺しながらスマホをいじっている。
「……眠そうですね、相川先輩」
「朝から活動とか聞いてねぇんだけど」
「夏休みですよ、先輩」
「夏休みは寝る期間だろ」
「違います、動く期間です」
「お前、真面目すぎて寿命縮みそうだな」
そんな何気ない会話に、緊張していた心が少しだけ緩む。
3人で集まるのは、もう何度目かになる。
けれど――今日だけは違った。
話す内容も、空気も、顔つきも。
遊びでも、思いつきでもない。
“本気のスタート”だった。
―
リビングのテーブルに、ノート、付箋、色ペン、タイマーを並べる。
扇風機が唸り、カーテンの隙間から朝日が差し込む。
床に転がる延長コードとノートパソコン。
どう見ても“高校生の部屋”だ。
けれど、俺たちにとっては――これが“最初のオフィス”だった。
「で? 今日から“会社ごっこ”の初出勤か?」
相川がニヤニヤしながらパンを頬張る。
「ごっこじゃないです。今日から“第一段階”開始です」
「はいはい、“正式業務開始”ね」
「わかってるならその言い方やめてください」
笑い声が混じった。
緊張も、焦りも、どこか遠くに消えていく。
この空間だけは、信頼できる空気があった。
―
俺は立ち上がり、模造紙を広げる。
ホワイトボード代わりに丸を3つ描いた。
1. 今日どれくらいやったか
2. 今の気分
3. 一言メモ(“楽しかった”“ちょっとむずい”など)
「10人の子どもに、2週間だけ“手書きログ”をつけてもらいます。
目的は“続く形”を探すこと。数字じゃなく、“心が折れにくい書き方”を見つける」
「“折れにくい”か……いい言葉だな」
相川がつぶやいた。
その声には、どこか遠い記憶のような響きがあった。
「で、子どもはどっから集めるんだ?」
佐藤がアイスコーヒーをすすりながら言った。
「佐藤は陸上クラブのコーチしてるだろ? 自主練で来てる子に声をかけてくれないか」
「5人くらいなら、すぐ集まると思う」
「俺は妹の友達を3人ほどあたってみる。あと2人は……相川先輩、お願いできますか?」
「甥っ子がいる。たぶんいける」
「ちょうど10人。小学生と中学生、半々くらい。偏りもない」
「親の同意は?」
「“自由研究の協力”って名目で許可書を作りました。報酬はクオカード500円とアイス一本」
「予算は?」
「ノートと文具で3,000円。クオカードで5,000円。飲み物と軽食で2,000円。
合計15,000円。これは“試験運用費”ですね」
「へぇ、ちゃんと区分けしてんのか」
相川が笑った。
「数字が現実ですから」
俺は笑いながら、模造紙に「試して、確かめる」と書き込んだ。
―
午後。
玄関に並ぶ10冊のノートと10本のアイス。
照りつける夏の光の中、子どもたちが次々に集まってくる。
「ありがとう!」
「頑張るね!」
「これ、ぼくの自由研究にしていい?」
小さな声。小さな笑顔。
その一つひとつが、俺たちの仮説を確かめる“生きたデータ”だった。
ノートを手渡す瞬間、どの子の目も輝いていた。
それを見て、佐藤がふっと笑う。
「……こういうの、いいな」
「なにが?」
「“人を動かす企画”ってやつだよ。ビジネスって言葉使わなくても、ちゃんと熱が伝わる感じ」
―
3日後。
回収したノートを広げると、そこには色とりどりのメモが並んでいた。
“今日はつかれた”
“でも、つづけたら楽しかった”
“先生に見てもらえた”
“シールたまると気持ちいい”
「“むずい”って言葉、ほとんど出ねぇな」
相川がつぶやく。
「“疲れた”のあとに、“でも楽しかった”が続く子が多い」
「“やった感”じゃなく、“見てもらえた感”で頑張れるんだな」
「……努力ってさ、たぶん孤独の中じゃ育たねぇんだよ」
佐藤の声が低く響く。
俺はノートのページを閉じながら、小さくうなずいた。
(――確かに。俺も、そうだった)
数字が伸びなくても、評価がつかなくても――
ログを誰かが見てくれた瞬間、人はもう一度立ち上がれる。
“見てもらえる努力”は、どんなデータよりも強い。
―
夜。
カップラーメンの湯気が立ち上り、部屋の灯りが少しオレンジ色に滲む。
扇風機が、ゆっくりと回っている。
静かなリズムの中で、3人は無言のままカップをすする。
「お前さ」
相川がカップを置いた。
「“努力のデータ”って言ってるけど、結局“心の温度”を測る実験なんじゃねぇか?」
「……そうかもしれません」
俺は湯気越しに、笑った。
「数字に見えないものを、どうにかして形にしたいんです」
「そういうの、嫌いじゃねぇ」
「珍しいですね。いつも皮肉しか言わないのに」
「バカ言え。お前らの目が本気だからだよ」
佐藤が笑ってカップを置いた。
「じゃあ、次は何するんだ? “第2段階”だろ?」
「うん。2週間分のデータを取ったら、いよいよアプリにする。
手書きログをデジタル化して、“続く言葉”をAIが分析する。
Project Re:Try――ようやく形になる」
「腹いっぱいの夢を形にしていくか……」
「いいですね、その言い方」
「かっこいいだろ?」
3人の笑い声が、夏の夜に滲んでいった。
その瞬間だけは、世界のどこよりも眩しかった。
―
蛍光灯の下でノートを閉じると、ページの端に書かれた一文が目に入る。
“努力は、見てもらって初めて力になる。”
それは、俺たちが描いた「未来の設計図」だった。
誰かに認めてもらうことを恐れていたあの頃の俺に、
今なら胸を張って言える。
努力は、誰かの視線を受けて初めて“進化”する。
数字でも称号でもなく、心の動きが記録される世界を――
俺たちは、この手で作り出そうとしている。
(――証明してみせる。
努力が、数字じゃなく“想い”で繋がる時代を。)
ノートパソコンの電源を落とすと、
液晶に映った俺たちの顔が一瞬だけ光に溶けた。
Project Re:Try――
この世界に、もう一度“TRY”を。
―
【Project Re:Try:試して、確かめる/第一段階レポート】
◆日時:8月12日
◆目標:10人テスト完遂(2週間)
◆進行状況:実施中(Phase.01)
◆目的:
「続けやすい“努力記録”の原型を見つける」
“努力のデータ化”ではなく、“努力の共感化”を目指す。
◆メンバー構成:
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):32.5/耐久力(継続性):34
構想力(知力):34.2/共感力(魅力):45.2
SP:20/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO /現場統括/信頼度78)
・相川蓮(CTO/開発・解析/信頼度53)
◆対象者:中学生5名・小学生5名(協力者)
◆試験内容:「手書き努力ログ」による2週間の継続テスト
◆試験報酬:クオカード500円+アイス1本
◆支出:ノート・文具3,000円/報酬5,000円/軽食2,000円
◆予算合計:15,000円(残資産:1,523,000円)
◆観察結果(中間):
・“疲れた”のあとに“でも楽しかった”が多発
・“やった感”より“見てもらえた感”が継続の原動力
・努力の持続要因=「誰かの視線の存在」
◆次段階予定:
Phase.02「手書きログのデジタル化」
→ AI解析による“続く言葉”の抽出と分類開始予定。
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
セミが鳴き止まない。
外の空気はもう熱気そのもので、アスファルトから立ち上る陽炎が、夏そのものを映していた。
今日から始まる。
俺たちの“挑戦”が。
―
玄関のチャイムが鳴った。
「おーい、佐久間ー! 朝飯買ってきたぞー!」
勢いよくドアを開けると、コンビニ袋を片手にした佐藤大輝が立っていた。
汗でシャツが張りついているのに、どこか楽しそうだ。
その後ろには、キャップをかぶった相川蓮。あくびを噛み殺しながらスマホをいじっている。
「……眠そうですね、相川先輩」
「朝から活動とか聞いてねぇんだけど」
「夏休みですよ、先輩」
「夏休みは寝る期間だろ」
「違います、動く期間です」
「お前、真面目すぎて寿命縮みそうだな」
そんな何気ない会話に、緊張していた心が少しだけ緩む。
3人で集まるのは、もう何度目かになる。
けれど――今日だけは違った。
話す内容も、空気も、顔つきも。
遊びでも、思いつきでもない。
“本気のスタート”だった。
―
リビングのテーブルに、ノート、付箋、色ペン、タイマーを並べる。
扇風機が唸り、カーテンの隙間から朝日が差し込む。
床に転がる延長コードとノートパソコン。
どう見ても“高校生の部屋”だ。
けれど、俺たちにとっては――これが“最初のオフィス”だった。
「で? 今日から“会社ごっこ”の初出勤か?」
相川がニヤニヤしながらパンを頬張る。
「ごっこじゃないです。今日から“第一段階”開始です」
「はいはい、“正式業務開始”ね」
「わかってるならその言い方やめてください」
笑い声が混じった。
緊張も、焦りも、どこか遠くに消えていく。
この空間だけは、信頼できる空気があった。
―
俺は立ち上がり、模造紙を広げる。
ホワイトボード代わりに丸を3つ描いた。
1. 今日どれくらいやったか
2. 今の気分
3. 一言メモ(“楽しかった”“ちょっとむずい”など)
「10人の子どもに、2週間だけ“手書きログ”をつけてもらいます。
目的は“続く形”を探すこと。数字じゃなく、“心が折れにくい書き方”を見つける」
「“折れにくい”か……いい言葉だな」
相川がつぶやいた。
その声には、どこか遠い記憶のような響きがあった。
「で、子どもはどっから集めるんだ?」
佐藤がアイスコーヒーをすすりながら言った。
「佐藤は陸上クラブのコーチしてるだろ? 自主練で来てる子に声をかけてくれないか」
「5人くらいなら、すぐ集まると思う」
「俺は妹の友達を3人ほどあたってみる。あと2人は……相川先輩、お願いできますか?」
「甥っ子がいる。たぶんいける」
「ちょうど10人。小学生と中学生、半々くらい。偏りもない」
「親の同意は?」
「“自由研究の協力”って名目で許可書を作りました。報酬はクオカード500円とアイス一本」
「予算は?」
「ノートと文具で3,000円。クオカードで5,000円。飲み物と軽食で2,000円。
合計15,000円。これは“試験運用費”ですね」
「へぇ、ちゃんと区分けしてんのか」
相川が笑った。
「数字が現実ですから」
俺は笑いながら、模造紙に「試して、確かめる」と書き込んだ。
―
午後。
玄関に並ぶ10冊のノートと10本のアイス。
照りつける夏の光の中、子どもたちが次々に集まってくる。
「ありがとう!」
「頑張るね!」
「これ、ぼくの自由研究にしていい?」
小さな声。小さな笑顔。
その一つひとつが、俺たちの仮説を確かめる“生きたデータ”だった。
ノートを手渡す瞬間、どの子の目も輝いていた。
それを見て、佐藤がふっと笑う。
「……こういうの、いいな」
「なにが?」
「“人を動かす企画”ってやつだよ。ビジネスって言葉使わなくても、ちゃんと熱が伝わる感じ」
―
3日後。
回収したノートを広げると、そこには色とりどりのメモが並んでいた。
“今日はつかれた”
“でも、つづけたら楽しかった”
“先生に見てもらえた”
“シールたまると気持ちいい”
「“むずい”って言葉、ほとんど出ねぇな」
相川がつぶやく。
「“疲れた”のあとに、“でも楽しかった”が続く子が多い」
「“やった感”じゃなく、“見てもらえた感”で頑張れるんだな」
「……努力ってさ、たぶん孤独の中じゃ育たねぇんだよ」
佐藤の声が低く響く。
俺はノートのページを閉じながら、小さくうなずいた。
(――確かに。俺も、そうだった)
数字が伸びなくても、評価がつかなくても――
ログを誰かが見てくれた瞬間、人はもう一度立ち上がれる。
“見てもらえる努力”は、どんなデータよりも強い。
―
夜。
カップラーメンの湯気が立ち上り、部屋の灯りが少しオレンジ色に滲む。
扇風機が、ゆっくりと回っている。
静かなリズムの中で、3人は無言のままカップをすする。
「お前さ」
相川がカップを置いた。
「“努力のデータ”って言ってるけど、結局“心の温度”を測る実験なんじゃねぇか?」
「……そうかもしれません」
俺は湯気越しに、笑った。
「数字に見えないものを、どうにかして形にしたいんです」
「そういうの、嫌いじゃねぇ」
「珍しいですね。いつも皮肉しか言わないのに」
「バカ言え。お前らの目が本気だからだよ」
佐藤が笑ってカップを置いた。
「じゃあ、次は何するんだ? “第2段階”だろ?」
「うん。2週間分のデータを取ったら、いよいよアプリにする。
手書きログをデジタル化して、“続く言葉”をAIが分析する。
Project Re:Try――ようやく形になる」
「腹いっぱいの夢を形にしていくか……」
「いいですね、その言い方」
「かっこいいだろ?」
3人の笑い声が、夏の夜に滲んでいった。
その瞬間だけは、世界のどこよりも眩しかった。
―
蛍光灯の下でノートを閉じると、ページの端に書かれた一文が目に入る。
“努力は、見てもらって初めて力になる。”
それは、俺たちが描いた「未来の設計図」だった。
誰かに認めてもらうことを恐れていたあの頃の俺に、
今なら胸を張って言える。
努力は、誰かの視線を受けて初めて“進化”する。
数字でも称号でもなく、心の動きが記録される世界を――
俺たちは、この手で作り出そうとしている。
(――証明してみせる。
努力が、数字じゃなく“想い”で繋がる時代を。)
ノートパソコンの電源を落とすと、
液晶に映った俺たちの顔が一瞬だけ光に溶けた。
Project Re:Try――
この世界に、もう一度“TRY”を。
―
【Project Re:Try:試して、確かめる/第一段階レポート】
◆日時:8月12日
◆目標:10人テスト完遂(2週間)
◆進行状況:実施中(Phase.01)
◆目的:
「続けやすい“努力記録”の原型を見つける」
“努力のデータ化”ではなく、“努力の共感化”を目指す。
◆メンバー構成:
・佐久間陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):32.5/耐久力(継続性):34
構想力(知力):34.2/共感力(魅力):45.2
SP:20/スキル保持数:31
・佐藤大輝(COO /現場統括/信頼度78)
・相川蓮(CTO/開発・解析/信頼度53)
◆対象者:中学生5名・小学生5名(協力者)
◆試験内容:「手書き努力ログ」による2週間の継続テスト
◆試験報酬:クオカード500円+アイス1本
◆支出:ノート・文具3,000円/報酬5,000円/軽食2,000円
◆予算合計:15,000円(残資産:1,523,000円)
◆観察結果(中間):
・“疲れた”のあとに“でも楽しかった”が多発
・“やった感”より“見てもらえた感”が継続の原動力
・努力の持続要因=「誰かの視線の存在」
◆次段階予定:
Phase.02「手書きログのデジタル化」
→ AI解析による“続く言葉”の抽出と分類開始予定。
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
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